第193話:それはやめてください
「少し脱線してしまいましたが、話を戻しますね。まぁそんなわけで、威圧を使ったら周囲からあらゆる動物が逃げだしました。それも結構な範囲までです。こんな風に恐怖に駆られて一斉逃亡が発生した場合、もし人の街が近くにあったら大惨事になるところですが、不幸中の幸いというか、既にそれなりの早さで数日ほど進んでいたため、街へ辿り着く前に沈静化すると上位精霊に教えていただいたので、余計な騒動は起きないと安心しました」
「そんなことがあったのですね。それにしても、死の森からの暴走ですか……実際にそれが起こったら、この街の守りではどうにもならないでしょうね……」
「その心配はないと思いますよ?おそらくですが、死の森の生物たちは環境に適応しすぎて、他の場所では生きられない可能性が高いです。そのため、本当にどうにもならない状況にならない限り、あそこから出てくることはないでしょう。別のことに例えるなら、魚が陸に逃げるような状況と同じくらいの確率な気がします」
「ああ、そういう感じなのですね。なるほど……どうりで、この街がこの立地で無事に済んでいるのか、わかった気がします。昔から、どうしてもっと南に街を作らなかったのかと疑問だったのですが、死の森自体を北側の壁として利用していたのですね」
「そうかもしれませんね。尤も、その場合はこの街を築いた初代の方は、この事を知っていたことになりますが……」
「その頃の資料が何処にもないので、いつからこの街があるのかは誰にもわかりません。元々はそれほど大きくもない村だったらしいことくらいしか、伝わっていません」
そこまで設定を練っていないのか、それとも隠されたストーリーがあるのか……ここの開発陣のことだから、その辺もしっかりしてそうなんだけどなー……曖昧になってるのも、それなりの理由があるのかもしれない。それも結構ヤバ目のやつな気がしてならん。藪をつついて蛇が出たら困るので、放置しておこう……
「ここに最初に村を作った人に、先見の明があったということでしょう。えーっと……それでですね、威圧によって動物が逃げ出し空白地帯ができるのであれば、威圧を放ったまま移動したら、進行方向にいる動物たちが勝手に逃げ出し、道を開けてくれるのではないかと思いまして、それを実行してみました。すると予想通りに、進行方向にいる動物たちがどんどん逃げ出してくれるので、怯えさせて申し訳ないと思いましたが、殺されるよりはマシだろうということで、そのまま駆け抜けることにしました」
「まさか、そのような文字通りの強行突破をしていたとは……普段大人しいあなたからは想像しにくい、とても大胆なことをしていますね」
「私も、まさかそんな道中になるなど、夢にも思っていませんでしたよ?ですが、この方法だと非常に早く移動できるので、このまま目的地に着くことだけを最優先にして、一度そこまで行って本当に温泉が湧くのを確認しようということになりまして、毎日走り続けることにしました。ただ、本当に走り続けるために、狩りも採取も全て放棄しなければいけなかったのが非常に心残りだったので、帰りはゆっくりと狩りと採取をしながらにしようと思いつつ走ってました」
「なるほど……それが異様なまでの時間短縮に繋がるのですね?」
「ええ。湿地に足を取られることなく、暗闇で道に迷うこともなく、毎日しっかりと休息と食事を取りながら、ひたすら走り続けた結果、1か月掛からずに目的に到着することができました。確か20日ちょっと掛ったと思います。予定では片道50日だったので、半分以下の日数で到着できたのが大きいですね」
「確かにそれだけで1か月ほど短縮はできますね。ですが往復で2か月短縮できたとして、残りの1か月はどこで短縮したのですか?そもそも、ひとりだけで長期滞在可能な拠点を作るということ自体が無茶な行為だというのに、その期間を短縮するというのは無理があるでしょう?」
至極ごもっともな意見です。私もこんなに早く完成するとは思わなかったんですよ?ただ、予想を遥かに超えてスキル効果がすごくてですね……異様な早さで完成したんですよ……
「そうですね。私も予定より遅くなることはあっても、早くなることはまずないだろうと思っていたんですけどね……こっち方面でも、例の過保護な方の影響が出てしまって、作業効率がとんでもないことになったんですよ……」
「そういうことでしたか……なんと言いますか、あなたも大変なのですね。ですが、時間を無駄にせず有効に使えたのですから、良かったのではありませんか?」
「その通りなんですが、なんというかモヤモヤするんですよね。楽に手早く作業が完了するのはいいんですが、これだと自分自身の力で作ったと胸を張って言えないと言いますか……まぁ、利用できるものを利用しただけと、割り切ればいいだけの話なんですけどね」
「納得がいきませんか?」
「一言で言えばそうなるでしょう。もうどうにもならないことではありますし、諦めて受け入れてはいるんですよ。なので、現在割り切る努力中といったところです」
「あなたは生真面目すぎるのです。あなたを縛るものは何もないのですから、もっとのびのびとしていればいいのです。他人の目を気にして、こうでなければならないなどと自分を縛る必要はないのですよ?」
「頭ではわかっているんですけどね。どうにも長年染みついた癖は、そう簡単に変えられるものではないらしく、苦戦しています」
「あなたに本当に必要なのは、心の底からあなたを愛し甘えさせてあげられる存在なのでしょうが……今はまだ受け入れられないのでしょうね」
「そう、ですね……そうかもしれません。今の私にとって、”そんなもの”は要らないし面倒でしかないと思えてしまいますから……」
「では、気長に待つとしましょう。気が向いたらいつでも言ってください。それまでに国中の娘から、あなたに相応しい者を調べておきますから」
「え……?それはやめてください。お願いします……」
いや、マジで!この人、本当にやりそうで怖い!そもそもこの性格や思考が治る保証もないんだからね!