第190話:驚かそうとしているわけでは・・・
そんなことを考えながら歩いているうちに、目的の部屋に到着したようだ。室内にいるのがメリルさんとメイドさんのふたりだけなのは、空間認識でわかっているので、以前のようなことは起こるまい。
短いやり取りの後で入室を促され、それに従い室内へ入る。
「ただいま戻りました。メリルさん」
「おかえりなさい、カヅキ。予想よりも随分と早いようだけど、目的は達成できたのかしら?」
話しながらも仕草で椅子を勧められたので、それに従いヴェルを背中から降ろして着席すると、待ち構えていたかのように飲み物が目の前に用意される。この人、どんな動きをしても全く音がしないのはすごいと思う。無音行動のスキルでも持っているのだろうか?
「ええ、まぁ……とりあえず、3人で暮らせる家と温泉、それと畑などの生活に必要なちょっとしたものは無事に作り終えたのですが、これ以上は人手がないと辛そうだと思ったので、ふたりを迎えに来ました」
「なるほど……温泉とやらは無事に完成したのですね。それは何よりです。ところで……先程背中から降ろした大蛇は随分と大人しいですが、もしかしてカヅキの新しい従魔ですか?」
「はい。この子はヴェノムサーペントのヴェルです。目的地へ向かっている最中に、何故かこの子だけが周囲を取り囲まれて袋叩きにあっているのを見つけたので、見捨てられずに助けたら懐かれました」
「ヴェノムサーペント……ですか?それにしては、かなり小さいですが……もしかして、子供なのですか?」
「どうなんでしょう?一応、こちらの言葉はある程度理解できているようなので意思疎通はできますが、ある程度以上の長文になるとダメなようですし……子供、それもかなり幼い子供に言い含めるように、ゆっくりと短い言葉で話した方が良く伝わります。そう考えて子供と接するようにしてきましたが、まさか体格的にも子供っぽいとは思いませんでした」
「ふむ……私が冒険者だった頃に、ダンジョンのかなり奥の方で遭遇したことがありますが、体長だけでも倍以上だったはずです。当然ですが、太さもそれに比例しており、その凶悪な特性に加えてかなり凶暴だったこともあって、苦戦したのを覚えています」
「そうだったんですね。帰って来る際にもヴェルの同族がいないか探してはみたのですが、同族はおろかサーペント種自体に出会わなかったので、ヴェルの出自は完全に謎に包まれています。最初から大人しい上に、サーペント種としては異常ともいえる賢さらしく、明らかに通常の個体ではないと水の上位精霊も言っていましたね」
「そういえば、上位精霊とも関りを持ったのでしたね。その様子だと、よい関係を築いているようですね。上位精霊から助言をいただけるものなど、歴史上の人物を含めてもそうそういないというのに、本当にカヅキには驚かされてばかりですね」
別に驚かそうとしているわけではないんですけどねー……
「不思議なのは、フィアにしろヴェルにしろテイムスキルがないにも関わらず、何故か従魔になってることなんですよね。相手が一緒に居たいと思ってくれれば、自動的に従魔になるんでしょうか?」
「そもそも、魔獣が人間と一緒に居たいと思うこと自体が、まずあり得ないでしょう。その子のように絶体絶命の窮地から救ってもらった場合でも、そういった感情を持つことは極稀でしょう。もしかしたら、最初のテイマーとは、カヅキのような人だったのかもしれませんね」
「その割に、私にテイムスキルが生えませんけどね。まぁ、そんなことがあってヴェルが従魔になったわけですが、さすがに大蛇を連れて街中に入ったら騒ぎになると思い、日が暮れてから街の外壁を乗り越えて来たので、こんな時間になってしまいました」
「なるほど。確かに人に見られれば面倒なことになったでしょうし、正しい判断だと思います。警備の質に疑問が出てきましたが、今はそれはいいでしょう。その子も大人しい気質のようですし、問題ないでしょう」
「あとはルリとフェルシアさんですが、連れて行っても大丈夫でしょうか?」
「ええ、もちろんです。頼まれていたルリの教育も、基本的なことに関しては既に終わっています。予定よりも随分早いお迎えになったために、専門的なことまでは習熟に至っていませんが、十分に仕上がっているといっていいでしょう」
「そうですか。ありがとうございます。おかげで助かりました。これはそのお礼というわけではありませんが、北の森の奥、死の森に関する調査書のようなものです。どうぞ」
そう言って、死の森の情報を書き連ねたレポートのようなものをメリルさんに差し出す。レポートというよりも、採取可能物の配置傾向や効能一覧と、狩りの対象となる獲物の名前とドロップ一覧みたいなやつだけどねー。
ほとんどの敵は遠距離からの一撃で倒してばかりなので、どんな攻撃をしてくるかとか、生命力はどれくらいなのかとかはわからないんだよ……フィアたちの正確なステータスも不明なので、後半の私が手出しをしてない方の敵も、データを書くことは控えておいた。
「実際にそれぞれの遺体も拾ってきているので、これは後で……明日にでも保管場所を言ってもらえれば、そこに一通り収納しておきますので、直接確かめてください」
「わかりました。これは後でゆっくりと読ませていただきますね。今日はもう遅いですし、疲れてもいるでしょう。部屋はそのままにしてありますから、今日のところはゆっくりと休んで、また明日話すとしましょうか」
「そうですね。それではお言葉に甘えさせていただきます。それではまた明日。おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい」
そう挨拶をして退室し、いつもの部屋に戻って寝ることにした。