第158話:対話(餌付け)開始
こういう対話において、第一印象というのは非常に大事だ。特に戦場などという命懸けの場所では、緊張や警戒などからくる猜疑心も重なって、友好的な関係を即座に構築するのは至難の業だ。
世の中には、その至難の業を当たり前のようにしてしまう、コミュ力お化けなどというおかしな存在もいたりするのだが、私はそんな化物ではないので、友好的な対話に持ち込むのが大変なのだ……
まずは、危害を加えるつもりがないことを示すために、治療を施し体調を回復させる。そうすることで「あなたを傷付けるつもりはありませんよ」とアピールするのだ。
傷を癒すという行為は、対象の心理的ハードルをかなり下げる効果を持っていると、私は考えている。生物は基本的に自身の命が最優先である。それ故に、その命を失うことに関係することは遠ざけようとするし、逆に命を繋ぐことに関係することは近付けようとする傾向がある。そして命を繋ぐ行為とは、治療だけでなく食事も含まれるのだ。
想定通り、治療を施すことによってハードルはある程度下がったようだ。それなり近付いても大人しくしているのが、その証拠といってもいいだろう。
普通、こんな状況で獣の類は大人しくなどしない。あのような状況に陥っていたのだ。満足に食事などできていなかっただろうに、目の前に大きな生肉を出されても、目で追ってはいるが奪い取る素振りも見せない。この子、実はかなり賢いのでは?
というか、冷静にこの状況を分析しているようにも見えるって、かなり凄いのでは?理性つよつよ知性増し増しサーペントですか?ヴェノムサーペント、パネェな……
生肉を持ったまま、ゆっくりとヴェノムサーペントの前に歩いて行く。全長は4mほどもあり、大蛇と言っていい大きさなのではなかろうか?私が小柄なこともあり、胴回りは私の胴より少し短いくらいの太さである。うん、私くらいの大きさだと、問題なく丸呑みできそうだねー……させないけど。
やはり賢いのだろう。そんな巨体の頭部を、私の頭の高さに合わせてこちらをジッと見ている。より正確に言うならば、私の顔と生肉を交互に見ている。焦らすのもアレだし、さっさと餌付けしてしまおう。異種族と仲良くなるには餌付けが一番だと、いろんなもので学んだからな。
「はい、どうぞ。食べてください」
そういった途端、一口で食べられてしまった……まぁ、そりゃそうか。口の大きさが違うもんなー……これは生肉よりも丸物出した方がいいか?
「まだありますが、今のような生肉と、皮も剥いでいない、内臓もそのままの遺体とどっちが食べたいですか?生肉なら右手側に、そのままがいいなら左手側に頭を動かしてください」
私がそういうと、すぐに頭を左側に動かす。知性すごくね?野良というか、野生なのに人語理解してる時点で異常なのかもしれん……
とりあえず、今は先に食料を出すことにしよう。まだ捌いてもおらず、不良在庫並みに大量に残っているフォレストウルフでいいか。
「はい、どうぞ」
フォレストウルフの遺体を取り出して持ち上げると、一度頭部を咥えてさらに持ち上げてから勢いよく噛り付いた。
ふむ……まだまだ食欲はありそうだし、まとめて出した方が喜びそうだが……足元がなぁ……よし、土台作るか。
「まとめて出すための土台を作るので、少し後ろに下がってもらえますか?」
こっち見て、多分首肯したのだろう、頭を少し動かしてから後ろに動いてくれた。ということで、アースウォールを少し弄って発動させる。
通常のアースウォールを厚めにして横倒しにした状態で発動することで、乾いた土台が完成する。その上にフォレストウルフの遺体を10体ほど乗せる。
「全部食べていいですよ」
「グルゥゥ」
おおぅ……初めて声聞いたな。サーペントの鳴き声って「グルゥ」なのね。今のはお礼だったのだろうか?一声発してから、それはもう嬉しそうに食べておられる。サーペントの表情なんて全くわからんが、不思議なことになんとなくわかる。なんでだ……?
あ、そういえばウルに聞きたいことあったな。今のうちに聞いておくか。
『ウル。この子、完全に人語を理解してるみたいなんですが、野生のサーペントって、みんなこんなに賢いものなんですか?』
『そんなことはありません。通常の野生動物並の知能しか持ち合わせないはずです。猪や鹿とさほど変わらないはずなのですが……やけに大人しく、聞き訳がいいのも気になりますね。この野生の魔物にあるまじき落ち着きといい、人語を話すことこそできませんが、人語を完全に理解し、指示に対し的確に行動できる知性は、まるでフィアのようですね』
え……?フィア?
言われてみると、確かにフィアに近い知性を感じる。ということは……まさかとは思うが……女神の仕業じゃあるまいな?
『つかぬことをお聞きしますが、これくらいの知性を持つ野生の魔物ってどれくらいいます?』
『人型の魔物ならそれなりにいますが、それ以外だとかなり限られますね。少なくともサーペント種には、これだけの知性を持つ個体はいないでしょう。進化を繰り返し、サーペントという枠組みを超えて、サーペントとは異なる別の上位種族にでもなれれば話は変わりますが……そもそもヴェノムサーペントという種族自体、通常進化にはない突然変異種族なのです』
…………はいぃぃぃぃぃっ?!
この子、突然変異なの?え……?でも、海蛇って毒持ち多いよね?猛毒持ってる毒特化の種族とか、普通にいそうなものなんだけど、いないの?
んー……ここまで特殊だと、ほんとに女神が絡んでいてもおかしくはない、気がするんだけど……そこのところどうなの?激しく首を振って否定してるイメージがきたけど……そうすると、本当に偶然?それにしては、いろいろと出来過ぎてる気がするんだがなぁ……まぁいい。そろそろ食事も終わりそうだし、対話再開といきますか。