第149話:精霊
街でやるべきことを全て終え、門を出て北へ向かう。
目立たぬようにと、いつもの南門を通り抜け西側からぐるっと迂回して、人目に付かぬように北の森へと足を延ばす。まだ昼間だというのに徐々に薄暗くなっていき、明るい場所からでは姿が見えないような暗さのところまで来ると、一度足を止める。
「水の上位精霊ウル、いますか?」
「ええ、ここにいますよ」
その声と共に、すぐ目の前にウルが現れる。やはり前回同様、全く感知することができない。空間認識でも、現れる瞬間までそこには何もなかったはずなのに……
「お待たせ致しました。どうにも精霊は感知できないようで……申し訳ありません」
「良いのですよ。そもそも精霊を感じ取れる人間など、極少数でしかないのですから。比較的精霊に近いエルフですら、適性の高い属性の精霊としか呼応できません。それを考えれば、カヅキは人間にしては十分に高い適正を持っていると言えるでしょう」
「え……?私に適性があるんですか?全く感じられなかったのに?」
精霊を見たのはウルが初めてだし、しかもわざわざ見える状態になってくれているから、精霊系統の適性はないものだと思っていたんだけど……
「この状態で見えてること自体が、その証です。この場に他の人間がいたとしても、カヅキが独り言を言っているようにしか見えないでしょう。エルフでも、適性があってようやくという程度でしょうか?」
「それはつまり、私はエルフの高適性者並の適性を有しているということでしょうか?」
「ええ、それもかなりの属性を保有していますね。苦手な属性はあるようですが、少ないですね」
なんじゃそりゃ……初耳なんですが?精霊が見えるようになる属性適性って何?そもそもエルフの中でも適性の高い人と同等っておかしくない?しかも複数属性って……
「それほど適性があるのであれば、何故今まで見えなかったのでしょう?あなたが現れるまで、精霊という存在を知らなかったのですが……」
「それはそうでしょう。精霊は普段、世界に溶け込んでいます。そのため、人間たちには認識できなくなっています。水の精霊を例に挙げると、人間は水を見た時、水と認識してしまうため、そこに溶け込んでいる水の精霊を認識できなくなってしまうのです。水の精霊はそこにいるのに、水が邪魔をして見えなくなってしまうと言った方が、わかりやすいでしょうか?そういった理由から、精霊から働きかけ、自身に意識を向けるように仕向けないと、人間たちが精霊に気付くことはないのです。そうしたところで、相手に適性がなければ気付かれることすらありません。人間が精霊を見るには、まず対象となる精霊に対する適性を持っており、その上でその精霊の方から意識を向けてもらえるように働きかけることが必要となるのです。我がカヅキに話しかけた時のように」
なるほど……つまり、精霊側からのアプローチがないと人間は気付くことができないのか。言い換えるならば、周波数やチャンネルのようなものか。
普段は全く違う周波数を使っているから交わることがない。精霊側はそれを操作してアプローチすることはできるが、人間側でそれを受け取れるのは対応する受信機を持っている人のみ。そして人間はその受信機を操作できないから、アプローチされるまで気付くことすらできないのだな……
「そういうことでしたか。いきなり認識できるようになるのは、あなたが私に合わせてくれたからなのですね」
「理解が早いのは助かります。ですが、そのあなたという呼び方が少し気になります。我にはウルという名があります。それをカヅキは知っているのに、何故名を呼ぼうとしないのですか?」
「え……?名前、ですか?」
あれ?なんかこんなこと、前にもあったような……
「そうです。我はカヅキのことをカヅキと呼んでいるのに、カヅキは我をウルとは呼ばないのが納得いきません。ですから、今後はウルと呼ぶことを求めます」
えー……なんでそうなるのさ……精霊って名前に拘りでもあるのか?女性の名前を呼び捨てにするのには抵抗あるんだけどなー……
あ!この状況ってエミーリアの時と似てるのか。会ったばかりなのに、呼び捨てを要求するという点では、同じではあるのだが……この人、人?精霊には称号の効果は発揮されないと思うのだが、どうしてこうなるんだろうな?
とはいえ、名前呼びするまで話が進まなそうなので、大人しく従うことにしよう。これから案内してもらうわけだし、多少の心労くらいで済むなら安いものだろう。
「わかりました。それでは今後はウルと呼ぶことにします。それでよろしいですか?」
「はい、よろしい。これから長い付き合いになるのですから、忘れないでくださいね」
何はともあれ、落ち着いたようだ。そうなると次は、これからどう行動するかについて話した方がいいな。
「それではウル。これからの行動方針なのですが、まずは目的地に真っ直ぐ向かおうと思っています。道中の狩りや採取にも興味はあるのですが、それは後からでもゆっくりできるので、優先すべきは場所の確認と拠点となる住居の建築と考えています。そのため、なるべく最短で辿り着けるように案内してもらってもよろしいですか?私も人目がないので装備を解禁して、手間取らないようにしますから」
そういって、装備を自作の物から、メリルさんたちが作ったぶっ壊れ装備に変更して、身に纏う。それこそアクセサリーの類も含めてのフル装備である。フィアにも敏捷増加と隠密系の効果があるアクセを装備させた。これで、ある程度はスルーできるのではないかと……場所が場所だけに気休め程度にしかならんだろうが、ないよりはましだ。
「これはまた、随分と大層な装備を持っているのですね。カヅキは人間の英雄だったりするのですか?」
「違いますよ。それどころか、私を知ってる人は驚くほど少ないと思います。これらの装備はその人達からの贈り物なんですよ。過保護だし、すぐに暴走する人たちですが、とても親切な人たちです。これらの装備は、その暴走の結果ですが、今はとてもありがたいです」
「そう。カヅキはとても慕われているのね。こっちの子もかなり特殊な育ち方をしているようだけれど、とても落ち着いた賢い子ね。本来、この種はもっと凶暴で落ち着きがなくうるさいのだけれど、それらの短所がない完全な上位存在になっていますね」
「ありがとうございます。この子の名はフィアと言います。いずれはコカトリスに進化してくれたらと思って育てています。もう既に疑似コカトリスと言っていい程の能力を備えていますが……強くて賢い分には問題ないと思って、そのまま育てることにしました」
「この子は余程のことがない限り、暴走することはなさそうですね。とても理性が強い。毒性がかなり高いですが、しっかり制御できているようですし、問題はないでしょう」
「それを聞いて安心しました。それでは行きましょうか」
「ええ、それではついて来てください」
そうして、私たちは死の森へと向かい始めた。