第148話:旅立ち
「ということは、目的地に到着するのに最短でも2か月以上、往復となれば半年は掛かりそうですね」
「もっと延びると思いますよ?向こうに到着したら、まずいろいろと調査しなければいけませんし、最初から要塞は無理ですが、それでもある程度の土地の整備と、生活基盤となる住居なども必要になるでしょうから、結構時間掛かると思います」
こればっかりは仕方ない。到着して、はいお終いというわけにはいかないからね。一度行った場所なら、いつでもどこにでも行けるようになるわけではないのだ。
いくらゲームとはいえ、拠点として設定されている街や村などであれば、登録したら転移可能な施設があるのだろうが……前人未踏の森の中に、そんなものがあるはずもない。転移魔法でもあれば話は別だが、そんなものはない。少なくとも私は持っていないので、戻る前にある程度形にしておく必要がある。
その理由としては、こっちに戻って来る主な理由が、ルリとフェルシアさんを向こうに連れて行くためだからだ。
ピクニック気分で行けるような場所ではないだろうし、向こうに到着した時には疲労困憊になっている可能性もある。それを考慮するならば、最低でも安全な住居と小型の温泉施設くらいは欲しいので、それが完成してから2人を迎えに来ることになるだろう。
「そこまでするとなれば、次に会えるのは1年近く後になるかもしれませんね……そんなに長い間会えないのは寂しいですが、今回の新素材の件もあります。ほとぼりを冷ます必要がありますし、ギルドへ手回しするにも時間が掛かりますから、ある意味都合がいいとも言えます」
「ええ、そうですね。向こうで生活できるようになったら、ルリとフェルシアさんを迎えに来ます。要塞レベルにまで強化するのはそれからですね」
「3人だけで要塞を建築するつもりなのですか?」
「そのつもりです。あまり人数が多くても食べ物に困ると思いますし、なにより森での移動や戦闘に長けていないと、そもそも北の森を抜けられないのではないかと……」
ただでさえ、死の森と恐れられている前人未踏の領域に、ろくに戦闘訓練も受けていないだろう建築家を連れていくとか、いじめどころか処刑だと思うのだが……
まぁそれ以上に、人が多いと煩わしいってのがあるからね。2人を連れて行くのも、かつての処罰を兼ねているからであって、それがなければそのまま独りで引き籠ってもいいくらいなのだから……
「それもそうですね。こちらのことは気にしなくても大丈夫です。新素材のことも、こちらでいいように処理しておきますので、何も心配せずあなたは好きなことをしてください」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
はぁぁぁぁぁ……なんとかなったぁー……
一時はどうなるかと思ったが、なんとか乗り切れたな……ヤベーオーラが出始めた時は焦ったが、無事説得できたようでなによりである。
これで残すはモームさんだけになったな。明日はスゥ婆さんのところで野菜を買って、それからモームさんに挨拶をしたら、森に向けて出発だな。そうしたら、しばらくは念願の一人旅だ。ようやく人目を気にせず気楽に生きられる。
問題があるとすれば、北の森内部で何が起こるかわからんことくらいだが、メリルさんたちが作った、ぶっ壊れ性能の装備をフルで使えばなんとかなるだろう。あそこでは視覚が無意味になるが、空間認識もあるし、水の上位精霊のお墨付きもあるのだから、多分大丈夫だと思う。
他には早く目的地に着きたいが、同時に道中の素材も欲しいというジレンマが……エンドコンテンツに近いエリアで拾える素材であれば、かなりおいしいものばかりだろうし、是が非でも欲しいところだが……おそらく、街に近い手前側よりも奥の方がより質がいいのは想像に難くない。であれば、さっさと抜けて温泉を作りつつ、素材集めをした方が効率がいいか?
んー……うん、そうだな。到着優先にしよう。それで、2人を迎えに来る時に、じっくりと探索しながら移動することにしよう。温泉と住居が完成する頃には、その周辺での狩りに慣れているだろうし、街に近づくほど敵が弱体化していくわけだから、その分さくさく進めるようになるはず。
この時に、ある程度どの辺に何があるかがわかるだろうし、それ以上は温泉要塞が完成してからゆっくりと探索すればいいだろう。
とりあえず、今の段階で考えておくのはそれくらいかな?
必要なことは話したし、今日はこれで寝よう。おやすみなさーい。
「それでは、いってきます」
「ええ、いってらっしゃい。また会える日を楽しみにしています」
「いってらっしゃいませ、主様。お戻りになるまでには、拠点活動において必要な各種技能を習得しておきます」
「お気をつけて。お早いお戻りをお待ちしております」
翌朝、メリルさん、ルリ、フェルシアさんに見送られながら屋敷を出る。次に会うのは、最低でも半年以上先になることだろう。
さて、まずはスゥ婆さんのところへ行って、野菜をあるだけ買わねば。
「おはようございます。野菜と調味料の買い溜めに来ました。それと肉の買取はどうしますか?この後、街を出るので当分戻ってきませんから、次は半年以上先になります」
「ああ、おはよう。それじゃあ、もう少しだけ買い取っておこうかね。裏へおいで」
「わかりました」
そうして、話しながらも必要な売買をして、スゥ婆さんの店を離れる。次はモームさんのところだな。ほんとは朝食を控えてモームさんに備えようと思ったのだが、メリルさんに押し切られて朝食を食べることになってしまった。どうか何事もなく解放されますように……
「おはようございます。それとお久しぶりです、モームさん」
「おや、カヅキじゃないか!おはよう。今日はどうしたんだい?」
「いろいろと準備が整ったので、しばらく旅に出て来ます。戻るのは、おそらく半年以上先になると思います」
「そんなに長い間、旅して大丈夫なのかい?食事はきちんと毎日しっかり食べるんだよ?料理はできるようになったけど、狩った獲物の肉ばっかり食べてるんじゃないよ?」
「大丈夫ですよ。スゥ婆さんの店で野菜も大量に買ってきましたし、インベントリに入れておけば腐りませんからね。なくなったら補充しますし、そんなに心配しないでください」
「そうは言うけどねぇ……相変わらず、いつまで経っても痩せたまんまじゃないか。背も伸びてないし、そりゃあ心配だってするさね」
「だから、見た目は変わらないと何度も言っているじゃないですか……とにかく、しばらくこの街を離れることにしたので、ご挨拶に来ました」
「そうかい、寂しくなるねぇ……戻ってきたら、ちゃんと会いに来るんだよ、いいね!」
「はい、わかりました。それではいってきます」
「ああ、いってらっしゃい。必ず無事に帰って来るんだよ」
そう言ってモームさんと別れ、街の外へ向かう。さて、それでは行きますか。遥か彼方の、私だけの温泉郷を目指して!