第146話:情報の使い方
「お疲れ様でした。これで終わりです」
ようやく、未発見と思われる素材の確認と資料の作成が終わった。やはりというかなんというか、私が見つけたものは全て新素材だった。それも詳細鑑定でなければ判明しないものばかり。
月光花の茎とかも新素材ということになったが、この時になって初めて、既に知っている素材でも、部位によって異なる効果があることが判明したため、メリルさんが保有する様々な素材を全て再検査というか、詳細鑑定し直すことになったのだ。
まずフェルシアさんに鑑定してもらい、その後で私が詳細鑑定をすることで違いがないかを確認する。違いがあった場合はそれをマイアさんが記録し、メリルさんが纏めて資料として完成させる。こんなことを繰り返していたため、作業が終わったのは日暮れどころか夜も更けてからであった……
「お疲れ様でした。さすがに疲れましたね……」
「お疲れ様でした。よもや、これほど多くの素材が眠っていようとは……」
「ええ、3人ともお疲れ様でした。いろいろと判明したのは良いことだけど、これは国内のみならず、各国を含めた世界中で大騒ぎになるでしょう。そのため、公開する内容と時期は慎重に選ばねばなりません」
「そうですね……この騒動は少々どころではなく、新素材に関連する各研究者が血眼になって、素材と情報提供者を探し出そうとするでしょう。もちろん権力者や商人なども、金に糸目を付けずに我が物にしようと画策するでしょう」
「森を手当たり次第に荒らす、愚か者も増えそうじゃな……」
んんー……やっぱり、そうなるよなー……
まさか、これほど新素材が多いとは思わんかった……私が見つけたものだけでも結構あったのに、それに加えて、メリルさんが大量の素材を持ってきたもんだから、今まで見向きもされていなかった部位に、効果があることが判明した素材も、かなりの数になってしまった……
新たな素材がひとつ増えるだけでも、研究者からすれば相当な時間泥棒かつ資金泥棒となるのに、それが複数どころか2桁もあるのだ。並の研究者、特に個人勢にとっては寝不足&破産必至の厄ネタである。
とはいえ、この情報を独占していたところで、出せる結果などたかが知れている程度のものでしかない。それ故に公開して、より多くの人々に研究してもらわねば、せっかく見つけた素材も宝の持ち腐れになってしまう。
もう既に十分な量の各種装備を持っており、食料も十分過ぎるほどインベントリに蓄えられている私にとって、お金はそれほど必要ではないのだ。資材は買うよりも、自分で調達した方が品質が良いのだから、わざわざお金を出して買う必要はない。そのため、金稼ぎにそれほど興味はないのだ。どうせ、最終的に無人島を探しに行くのだから、使い道がなくなってしまうしな……
なので、全ての新素材の情報を、無償で放出してしまおうというわけだ。
だが、決して損をしようというわけではない。金を取らない代わりに、ただ働きしてもらうことになるだけだ。さらにいうと、世界各地に同時に公表することで、熾烈な開発競争を促そうというだけ。
この世界にも特許制度は存在するらしく、最初に登録したものが、その新薬の製作者として名が残り、特許料も発生する。そのため、公表と同時に多くの研究者が一斉に研究を始めるはずだ。なにしろ、名誉と金が同時に手に入るのだから、そういったものを望むのであれば、やらない手はない。
だが、急がなければ他の誰かがそれを成してしまい、せっかく巡ってきた機会を逃してしまうことになる。だから誰もよりも早く研究し、完成させなければならないという強迫観念に駆られ、必死に研究し続けることになるだろう。だが、より早くより良い薬が多くできるのであれば、それに越したことはないのだから、是非頑張って欲しい。
この世界の住人は、プレイヤーと違って死ねば終わりなのだから。命はひとつしかないし、深い傷はすぐに塞がなければ死んでしまうのだから。世話になった人たちもいるし、ここを離れる前にそれくらいしてもいいだろう。ああ、そういえば……薬といえば薬師ギルド関連は気に入らなかったんだよなー。マールさんのこともあるし、ついでにやってしまおうか……
「ええ、きっと私を探すでしょうし、それでメリルさんにも迷惑が掛かるかもしれません。なので、しばらく身を潜めようと思います。そのためにも、報告と公表は最低でも数日だけ待っていただけますか?」
「報告を遅らせることは別に構いませんが、公表とはどういうことですか?」
「わがままを許してもらえるのであれば、この新素材の情報は、報告と同時に世界各地へ無償で公表していただきたい。そして、多くの人たちに研究していただきたいのです。心得のあるものならば誰でも無償で新薬を開発できるように。できれば図書館にある初歩の調薬に関する知識も含めて」
「この情報を使えば、あなたは労せずして巨万の富を築くことができるかもしれませんよ?あなたがそれに気付かないはずがないのに、何故そのようなことを?理由を聞かせてもらえますか?」
「ええ、構いません。こうすれば、誰でも無償で調薬の研究ができるでしょう?作り方さえ知っていれば、窪んだ石と器と水があれば、最低限の物は作ることができます。例え、何も持たない孤児であったとしても。それだけで失われる命が減るかもしれませんし、生きる糧になるかもしれません。それと、運が良ければ大量の薬師が生まれるかもしれないでしょう?それこそ、管理など不可能なほど大量の薬師が。仮にほぼ全ての住人が、薬師とまではいかなくとも簡単な調薬をできるようになったなら、この世界はどうなるでしょう?薬師としてのスキルを持っていなくても、誰でも調薬できるのであれば、一体そのうちの誰がスキルを持っているのか、見分ける方法はあるのでしょうか?もしないとしたら、貴族が囲うために攫う薬師を、どうやって選別するのでしょう?街中の住人が調薬できるようになった場合、薬師ギルドは住人全員をギルドメンバーにするのでしょうか?できたとして、それら全員に仕事を割り振り、生活を維持させることができるのでしょうか?私は理不尽が嫌いです。望まぬ支配を否定します。それらを壊し得る手段があるのなら、やってみたいと思っています。これが理由です」
「なるほど……そういうことであれば、反対する理由はありませんね。そのように取り計らいましょう。あとは身を潜めるとのことですが、外出は控え、ここで修業でもするのですか?」
「いえ、明日にでもまた旅立ちます。今度はかなりの長旅になりますので、しばしのお別れですね」
「長旅ですか。どこまで行く予定ですか?」
う、うーん……やっぱり、そう言うよなー……でも、言い難いなぁ。教えたら猛反対されそうな気がするし。この過保護な人が、前人未踏の領域への一人旅を容認できるかといったら、できないだろうなー……どうにかして説得するしかないのだが、どうしよう……?