表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/220

第138話:泉に現れるもの


まったりと伐採し終わってから、工房に入って原木と切り株を木材にしたり、ご飯を食べたり、ごろごろしたりしながら深夜になるのを待って、工房の外に出る。


外に出ると、小さいとはいえ森の中にある泉なだけあって、それなりの数の生物が集まっていたので、フィアと一緒になって殲滅しました。フィアの近くにいる敵には手を出さずに、それ以外の敵を射貫くだけの簡単なお仕事です。泉付近が片付いたら、この後の月光花の採取に備えて(無事現れてくれればだけど)、ここから知覚できる範囲内にいる敵も一掃してきました。


フィアが倒した死体を全部回収し終わっても、月光花はまだ現れていなかった。時間的にも少し余裕があるようなので、穴を掘ってそこに血が流れ込むようにして血抜きと解体をしてると、ほんの少しだけだが、月光花が現れた。


現れはしたのだが、さすがに少なすぎて採取するのを躊躇ってしまう。

別に月光花が不足しているわけではないし、ここにある僅かな数を根こそぎ採取しなければ、誰かが死ぬというわけでもない。現れた位置も泉の水際ぎりぎり、かろうじて月光が差し込む位置にだけだし、それ以外の私が切り拓いた場所には、1本たりともは現れていないところを見ると、水場付近の平地であっても、普段から月光が差し込まない場所では条件を満たせないらしい。


今日のところは、その条件が判明しただけで良しとしよう。

そう考えて、テントを出すために少し離れようとした時、泉に何かが出現したのが感覚でわかった。


『その花を摘みに来たのではないのですか?』


今の今まで、全く感知できなかった”ソレ”は、そう問いかけてきた。泉の”真上”に浮いているソレは、薄い水色の淡い光に包まれた女性の姿をしていた。

全身が水で構成されているような見た目といい、長く波打つような髪型といい、透き通った涼しげな声といい、見るからに水、または泉の精霊でございと言わんばかりの存在である。

突然の出現には驚いたが、危険も悪意もないようなので質問に答えることにする。


「そのつもりでしたが、あまりにも出現数が少なかったのでやめることにしました」


『どうしてやめるのです?あなた方、人間は数が少ないもの程、根こそぎ持っていくのではありませんか?』


うん。その見解は間違っていない。基本的に人間とはそういうものだから。でも、何事においても例外というものはあるものだ。


「確かに人間はそういう習性を持っています。ですが、中には全て採り尽くすことに抵抗を覚え、躊躇う者もいるのです」


『どうして躊躇うのです?必要だから探しに来たのではないのですか?』


「躊躇ったのは、今ここでその花を全て採取することで、この環境を壊してしまう可能性があると思ったからです。僅かな数を増やすよりも、ここでの採取を諦めてこの環境を維持したいと思ったから、そうしたまでです。それに、私はもう既に必要な分は手に入れています。ただ、手持ちがなくならないように機会があれば増やしておこうと思っているだけで、今でなくても良いのです」


『その花を全て摘んで行かれても、時が経てば元に戻ります。あなたが危惧しているようなことにはなりませんよ?』


「……本当にそうでしょうか?何かが壊れる、何かを失う可能性はいつだって存在しています。今まで大丈夫だったから、これからも大丈夫だなどという保証など、どこにもないのですよ?」


『どういうことですか?』


「それまで当たり前だったことが、突然なくなることなど珍しくはないということです。ほんの些細なきっかけで、それまで当たり前にあったものがなくなったりするんです。時には何の前触れもきっかけもなしに、突然大切なものが失われたりすることもあるのです。幸福も平穏も、いつだって簡単に壊れてしまう可能性を秘めているんです」


そう。いつまでも変わらぬものなどない。どんなに確かだと思えたことでも、歯車がひとつズレただけで簡単に壊れてしまう。

クソッ!なんでだ?!なんでこんなに心がざわつく?この精霊は何もおかしなことなど言っていない。ただ疑問に思ったことを問うてきただけなのに……


『…………あなたは、何か大切なものを突然失ってしまったのですか?』


っ!!

…………失ったものは……ある。少なくとも記憶を失っていることは確かで、きっとその中には大切だったものも入っているのだろう。それすらも思い出すことはできないが……

まずい、思考が良くない方に向かい始めている。何とか別の方に思考を向けなければ……


『ごめんなさい。聞かれたくなかったことを聞いてしまったのですね。少し気になっただけで、あなたにそんな顔をさせたかったわけではないのです。本当にごめんなさい』


その言葉と共に、視界が水色に染まり、少しひんやりした感触に包まれ、頭を撫でられる。おそらく、この精霊に抱きしめられているのだろう。なんでこうなった?

びっくりして、まずい思考が吹っ飛んだのは助かったが……前にもこんなことなかったか?


『辛いことを思い出させてしまったのですね。先の質問は忘れてください。答える必要もありません。今はゆっくりでいいので、心を落ち着かせてください。それまでずっとこうしていますから』


そう言って、私の頭を優しく撫で続ける精霊に対し、何と言えばいいのかよくわからなかったので、とりあえず、ここまでの流れを整理しようと思った。


まず月光花が現れ、その本数の少なさに驚き、採取を躊躇っていたら精霊が現れて質問された。答えているうちに心がざわつき始め、様子が変わったであろう私を心配した精霊に抱きしめられ、さらに頭を撫でられている、というところか……

いや、途中から流れがおかしい!主に私の心がざわついた辺りから!


あー……ダメだ。思考が纏まらん……多分、今はこれ以上考えてもまともな答えは出ないな……切り替えよう。切り替えて精霊と話をしないとな。この状況はとても情けないので、さっさと抱きしめを解除してもらわねば……


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ