第129話:西へ行かない理由
おはようございます。肌触り抜群の柔らかラグの上での目覚めはとても快調です。
フィアと一緒にご飯を食べながら、今日の予定を考える。
現在位置は、街から見て北北西くらい。あまり西側に足を伸ばしていないから、必然的に北側に多く進むことになる。
何故かといえば、単に西の町へ近付く気がないからである。まだこの世界でのプレイヤーとしての立ち回りや、フィールドでの活動に慣れていないので、下手にプレイヤーに出会ってしまうと妙な齟齬が出る可能性がある。そうなると、まず間違いなく面倒事が発生するので、今はまだ距離を取るのが賢明だろうと判断したのだ。
まずは足元を固める。何事においても基礎は重要。今はまだ地盤固めが終わっていない。この段階で大きく動こうとするのは間違いだ。碌に固まってもいない不確かな地盤の上で、物を積み上げようとしても崩れるだけだ。より高く積み上げようというのであれば、それを支えて余りあるほどの強固な地盤が必要となるのだから、この世界で最初にすべきことは盤石な足場作りに他ならない。
私はこの世界の知識の一端と、基礎となる生産技能と戦闘技能は身に付けた。だが、まだそれだけだ。地理も知っていることは上辺だけで、詳しいことはまるで知らない。他の町への正確な距離も時間も知らなければ、道中に何があるのか、どんな敵が出てくるのかも本に載っていたことしか知らないのだ。
本に載っているのは大雑把なことだけで、詳細な情報までは載っていない。
例えば、西の町への街道で、始まりの街から何m地点を基点に、どの方向に何m行ったところに何があるのか。それはどんなものでどんなことが起きるのかなど、一度通過、あるいは体験するだけでわかるような情報さえも、全くといっていいほど載っていないのだから、この程度の知識しか持っていないにも関わらず、その街道のことを知っているなどとは、口が裂けても言えるはずがない。
これほどまでに無知な状態で、どうして自身の足元が盤石だなどと思えるのだろうか?私にはまず無理な考え方だ。何の情報もないところに無策で突っ込むなど、無理無茶無謀の3拍子揃った愚行としか言いようがない。
確かに、状況によってはそうせざるを得ないこともあるだろう。しかし、わざわざ自分から無知な状態を維持して無謀なことをしようとは思わない。事前に情報を集められるなら可能な限り集め、急ぐ必要がないならじっくり対策を練ればいいだけだ。
ここまでは、不完全ながらも集められるだけの情報は集めてあるし、知覚系をフルに発揮することで敵より先に気付き、対策を練られているから何とかなっているだけで、不確かな情報しかない場所で危ない橋を渡っている自覚はあるのだ。
とはいえ、そうでもしないと盤石な足場作りに必要な情報が集まらないのだから仕方ない……
未知なる場所を探索するための危険度を減らすための情報を集めるための危険な調査のための安全を確保するための情報を集めるための…………無限ループになるからやめよう……
それはさておき、まずは足元、つまり始まりの街周辺の完全探索の方が、プレイヤーのいる西の町へ近付くことよりも重要度及び優先度が高いということだ。
というわけで、安全で面倒な西方面ではなく、危険で未知なる北方面へ行くことにしよう。一応、少しではあるが情報はあるわけだし、全くの未知というわけではない。街から近い比較的安全な範囲だけだけど……
何故その程度の情報しかないのかというと、この辺で燻ぶってるような冒険者では、危なくて奥の方へは行けないらしく、そのために情報が全然集まらないのだとか。この街に留まっているまともな冒険者はいなのかというと、ちゃんとそれなりの数がいるのだ。いるのだが……それは、もしもの時に備えての防衛戦力であって、街から離れるわけにはいかないのだそうだ。
まぁ確かに、いくら街周辺のモンスターが弱いからと言っても、一般人からすれば脅威であることには変わりないからね。はぐれたり追いやられたりで、強めのモンスターが街周辺に来ないとも限らないから、そうなってるんだろうねー。
そんなわけで、北側と北東側と東側は、直線距離で数kmほどしか調査されていないらしい。それでいいのか?始まりの街……
それにしたって、そこまで強めのモンスターがいるのなら、そいつらを目当てにした冒険者がいてもいいと思うんだがなぁ……得物の取り合いもない完全な独占状態になるなら、誰かしら張り付きそうなものだが、他にもここに常駐しない理由でもあるのだろうか?
とりあえず、外に出て北に、現在位置からだと東に向かうか。
急ぐ必要もないし、マップ埋めも兼ねて大きく蛇行しながら行きますかねー。採取もできるし、昨日行ってない場所なら蜘蛛もいるかもしれないから丁度いい。レアドロが何なのか知りたい……
今日は、街の北側を目指して移動することにしたので、罠はなし。罠を使うとなると、設置にも回収にも時間を食うから、長距離移動する際のついでの狩りには向かないんだよねー……
などと思いながら進んでいると、不意に空間認識の範囲が広がった。今はとにかく採取物と、アクティブな敵より先に相手を発見するために、探索と索敵に気を使っているからすぐに気付いた。半径が10m広がって440mになった。これでさらにマップ埋めが捗るようになったな。森の中での半径10m、直径で20mはかなり広い。この分のマッピングが減るのはかなり助かる。
それにしても……スキルレベルが上がるの早いな。43まで上がってるし、意識を失うほど過酷な状況でもないから、かなり時間が掛かるだろうと思っていたけど……もしかして、これがスキル経験値16倍の恩恵なのだろうか?その代わり、未だにベースはレベル2だけどね……