第102話:困った師匠たち
「なるほど……これだけの射程と精度、それと曲射ができるのであれば、基礎は十分でしょう」
あれー?曲射は基礎に入るのだろうか?
「では、まずは複数射から教えるとしましょう。最初は2本の矢を同時に平行に射られるようにするところからです。慣れたら3本、次は4本です。それが安定したら次へ進みましょう」
「わかりました。2本の矢はどう持つのがいいのでしょう?」
「2本の場合は人差し指、中指、薬指の間に矢の根元を挟むのが、一般的ですね。3本の場合は、さらに薬指と小指の間に挟み、4本の場合はさらに親指を使うことになります」
一般的とは一体……普通なの?この世界の弓師は、みんな普通に2本ずつ射るの?まさか、複数射も基本とか言わないよね?
くぅ……さすがに最初からは当たらんか……すっぽ抜けなかっただけでもマシかー……
とりあえず、片方だけでも当たるようにしながら、もう1本も当たるように修正するしかない、か……?
最終的に下の矢をメインにして、上の矢はそれに乗せるような感じで射ると安定した。
だが3本でやったらダメだったので、結局全部の矢を同時に、そして個別に射る形になった。わけがわからない?それは仕方ない。私にもわからん!途中から「こんな感じか?」と感覚だけで微調整していったから、説明不可能である。
「ここをこうして、こうやって、こんな感じで、こう射るの!」とか説明されたとしても、私だってそれじゃ理解できんわ!でも、他に説明のしようがないから、諦めるか、独自解釈してもらうしかないなー……
その後も4本に増えーの、4本を同時に別の的に当てーの、4本全てを別の方向へ曲射させーのと、この時点で、なんとなーく他のC級冒険者が諦めた本当の理由は、こっち側だったのではなかろうか?と少しわかった気がした……
さらには連射に始まり、反復横跳びしながら射ち続けるとか、走りながら射ち続けるとか、滑り(引っ張られ)ながら射ち続けたり、挙句の果てには、200m先から放たれるメリルさんの連射を避けながら、メリルさんを射るという、実戦的すぎる修業もありました……(私の弓の有効射程距離は140mなんですが……)
他にもお互いに走り回りながらの連射だったり、弓を引いた状態で足技での攻防とか、回し蹴りをしながらの0距離射撃とかもありましたねー……
なんでも、この修行用に作った特殊な矢らしく、めっちゃ痛いけど刺さらない、地球でいうところの制圧用のゴム弾の矢バージョンみたいなやつなので、遠慮なく撃ち込まれました……酷い目にあったので、あとで作り方を(素材も含めて)吐かせようと思います。
なお、矢を避けようとすると蹴られるので、どっちにしても痛いことには変わりがない。両方捌けるようになるのに、かなりの時間を要しました……
ようやく弓の再修業も終わり、今度こそと思った矢先に師匠連中が揃って現れ、無慈悲な未来を私に告げる。次は私VS師匠軍団らしいですよ……?
うおぉぉぉぉぉぉぉっ!ふざけんな、バカヤローッ!!おま、お前ら、人のことを何だと思ってやがる!私は暇つぶしのおもちゃじゃねーんだぞぉぉぉぉぉぉっ!!
などと、さすがに本心はぶつけられんが、一応抗議はしてみる所存。
「あのー、皆さん?メリルさんだけでも、あれだけボロボロにされたというのに、全員相手とか何を考えているのですか?勝負にすらならないって、わかりきっているでしょう?」
「いやいや、大丈夫じゃ。しっかり手加減はするからの」
「どこが大丈夫なんですか。興が乗ったら手加減の意識が頭からすっぽ抜けるのは、再修業時に確認済みですよ?」
「今回は他にもいるから、周りを見ればすぐに気付くから大丈夫だって」
「むしろ周囲に充てられて、全員我も我もと暴走に拍車が掛かると思うのですが?」
「え、えっと……そう、まだ対集団戦はやってなかったからな!ソロで旅をするならこれも必須だろう?」
「ええ、そうですね。ですが、メリルさんの放った雨あられの如き攻撃密度を超える集団が、その辺にいるとでも?」
「そ、その、だな……そう!盗賊とかはそれぞれがいろんな武器を持って襲ってくるからな。その対策としてだな……」
「……それで?」
「え……?」
「それで?」
「…………それで、だな………自分たちも広い戦場で縦横無尽に暴れたいんじゃあっ!引退してからというもの、碌にすることもなく暇だったんじゃ。それで久々に呼ばれてきてみれば、これじゃろ?昔の血が滾ってきてな……」
「だからといって、私を山車にしないでください。遊び相手なら、そこに同レベルの人たちがいるでしょう?」
「こんな老いぼれ共は嫌じゃ!活きが良くて目に見える速さで成長する若者の方が、戦っていて楽しいに決まっとるじゃないか!」
「儂からも頼む。儂らのような老いぼれは、若者の成長を見るのが唯一の楽しみと言ってもいいくらいじゃ。しかも、それを間近で見れるなど、こんな機会はそうそうないのじゃ。老い先短い儂らへの手向けと思うて、手合わせしてはもらえんか?」
「……あと100年、200年経ってもお元気そうな気がしますけどね?」
「あ、そうだ。今、駄賃代わりにと、生産組にお前専用の装備を作ってもらっているんだ。ちゃんと、素材や対価は支払っているから、ただ働きさせてるわけじゃないぞ?だからな、その、お駄賃をあげるので、自分たちと遊んでくれないか?」
はぁ~……もう、なんだろうね?この人たち……
孫と遊ぶために、年金使い果たすおじいちゃんおばあちゃんか?
しかも、さっきまで活き活きしてたのに、なんだか全員しょんぼりしてるし……やれやれ、困った師匠たちだ。
「はぁ……仕方ありませんね。ですが、いくらここが修行場として優れているとしても、この大人数で暴れるわけにはいかないでしょう?」
「あ!それなら、あたしたちの実験場を使えばいいよ。あそこなら余程のことがない限り、結界は破られないし、仮に結界ごとぶち破る大技使っても、周りに何にもないから思う存分暴れられるよ!」
「手加減するのでは?」
「………カヅキにだけは手加減するけど、周りは気にしないで済むってことで……お願いします」
「やれやれ、ですね。お駄賃を作るための時間も必要でしょうし、その間だけですよ?」
「うおぉぉっ!やったぞ!よし、どれだけ時間掛かってもいいから、一番いいやつを作るように言ってくる!」
「そこっ!余計なこと言いにいかなくていいからっ!」
あーあ……すっ飛んでいっちゃったよ……まぁ、いいか。いろいろ教わったからね。これくらいのことで喜んでもらえるなら、少しくらいは付き合おう。
私が修行のお礼として、何か渡そうとしても受け取らない気がするので、丁度良かったのかもしれない。さすがにこれで最後だろう。
最後であってくれと思いながら、私たちは実験場へ移動するのだった。