第101話:弓の再修業
「ありがとう、カヅキ。それでは改めて弓師の戦い方を説明しますが、弓師の理想的な戦い方としては、敵の間合いの外、可能であれば知覚領域外から一方的に攻撃すること、さらにいえば初撃で一度に複数の敵を絶命させることにあります」
ソウデスネー……それができたら、誰も戦闘で苦労はしませんし、近接職がほとんど無用の長物になってしまうんですけどね……
「とはいえ、一度に倒せるのは精々数体がいいところです。敵の数がそれ以上だった場合は、残りに気付かれ間合いを詰められてしまいます。距離が離れている間は矢で射貫けばいいだけですが、至近距離まで近付かれると弓を引くこと自体が難しくなります。そのため、一人前の弓師は近接戦闘に持ち込まれても大丈夫なように、短剣もしくは格闘を身に付けていることが多いのです」
でしょうね……そうじゃないと接近された時点で負け確になってしまう。相手の移動速度によっては、早めに逃げ出しても間に合わないだろう。弓だけで戦えるのは、パーティなどを組んでいて常に守られてる時か、塀の上とかの敵が近寄れない場所にいる時くらいでは?
あと、さらっと言っていますが、一撃で数体撃破できるのが前提になってますよ?理想が通常になってませんか?複数攻撃は通常攻撃じゃないんですよ?
「そして、いざ短剣や格闘で戦うことになった場合、弓はその大きさ故に邪魔になることが多く、ほとんどの人は弓を放り投げることで、素早く近接戦闘の態勢に移ります」
そりゃまぁ、弓を背中に固定している間に接敵されたら、一方的にやられることになるからね。短剣を抜きながら弓を背中に固定するのに1秒しか掛からない、とかいう人でもなければ、弓は手放すだろうねぇ……
「ですが、私に言わせれば、弓師が弓を投げ捨てるなど言語道断、騎士が剣を投げ捨てるのと何が違うのかと言いたいくらいです。ですので、私があなたに教えるのは、常に弓を持ったまま戦い続ける方法です」
「弓を近接武器として扱う、もしくは弓を持っている手以外での格闘といったところでしょうか?」
「すぐに否定しないところが、カヅキの美点ですね。ええ、どちらかというと後者に近いですが、前者でもあります。上半身で弓矢をそのまま扱い、下半身で格闘をするが正解と言えるでしょう」
「不可能ではなさそうですが、かなりアクロバティックな動きを要求されると思いますが……」
「カヅキならば可能でしょう?まだ修業を始める前、まともに体を動かせるように慣れさせると、庭で数時間動き続けていたことを覚えていますか?あの時に、あなたならば私の戦い方を受け継げるかもしれないと思ったのです。かつて冒険者として名を馳せていた頃ですら、私の戦い方は誰からも理解されませんでした。それは天才だからできるだけで、普通の人間にできるわけがない、と……」
ああ、なるほど……確かに普通の感性であれば、そうなるのだろう。だが、少しおかしくないか?
「……その否定の言葉を吐いた人たちの中に、C級冒険者はいましたか?」
「え?ええ、いました。というよりも、むしろ弓を捨てず、意地になって持ったまま戦っているのはおかしいと言ったのは、C級冒険者たちですから」
「……そのC級冒険者たちも、努力し続けて普通の人たちではできないことをできるようになったのでしょう?C級は英雄と呼ばれるほどではないが、十分憧れの対象になり得る存在だと考えています。その時点で、普通の人間ではなくなっていることに気付いていなかったのでしょうか?」
「カヅキ……」
「普通の人間にできるわけがないことをしてきた人たちが、普通の人間にはできないからと否定するのはおかしいと思いませんか?そもそも、その人たちがC級まで上り詰めてきたのは、その先にあるB級を目指していたからではないのでしょうか?英雄などという、単なる天才では届かない存在を目指しておきながら、天才じゃないからできないなどと……一体、どの口がほざくのか。B級、つまり英雄を目指しているのであれば、天才を超える程度のことはできて当然なのでは?他者の才能を見て、越えられないと諦めるような挫折者の言葉など、覚えておく価値などありません。少なくともC級冒険者が吐いていい言葉とは思えませんね……」
「……ええ、そうですね。私も当時、その諦めの言葉を聞いて見限った覚えがあります。そして、それ以後は誰に教えようとも思うことはなかったのですけど、カヅキの動きを見て、可能性を見出してしまったようです」
さすがメリルさん、そんな気はしていた。後半は想定外だけど……
まぁ、気にしていないなら、それでいいか。それよりも、どうしてさっきからメリルさんがやたら活き活きしてるのか、その理由がわかった。失ったはずの可能性を見つけたからだったのね。
そして、今までの分が、全部まとめて私への期待に変換されて、すげーハードル上がってそうな気がするんだが……
「そうですか。では、そのC級冒険者たちが諦めた戦い方を、低レベルの渡来人が会得していると知ったら、一体どんな顔をするんでしょうね?」
「当時の者たちは既に大半が引退しているでしょうし、その顔を見ることは叶わないでしょう。もし、その機会があるのであれば、随分と愉快な表情を浮かべてくれそうな気はしますが、わざわざ見たいとも思いません」
「まぁ、そうでしょうね。そもそも私が冒険者ギルドに行く予定がないので、そのことを知る機会はまず訪れないでしょう」
「……カヅキは、今後もギルドへ行くつもりはないのですか?」
「今のところは……行けば何をするにしても、まずは登録をしないといけませんし、その際に司書のカードを出せば、少なからず騒ぎになるでしょう。複数のギルドに所属するとなればなおさら……」
「今回の修業により、ほぼ全てのギルドで相応の実力者として認められるでしょうが、あなたの性格を考えると逆効果ですね。ギルドカードの作成程度ならば、どうとでもなるのですが……」
なるんかいっ!まぁ、メリルさんだからな。ギルドマスターをここに呼んで、その場でカード作らせるくらいできそうだけど……
「受付嬢が見たら驚くでしょうね……その時点で、目立ってしまいそうな気がするので、面倒事に発展しかねません」
絡んでくるようなプレイヤーは、もう既に追放されていそうな気もするのだが、それでもやはり二の足を踏んでしまう……住人の方にそういうのがいないとも限らないしねぇ……
「ままなりませんね……ギルドに関してはこちらでも何か考えておきましょう。さて、それでは弓の再修業を開始しましょうか。まずは、今の実力の確認からです」
「わかりました。それではよろしくお願いします」
そして、予定外の再修業が始まるのだった。