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四、鬼ヶ島(エピローグ)

「村長殿、ただいま戻りました」

 島で大男が果てた翌朝。

 かつて大男を助けた、とある漁村の村長を尋ねる者がいた。

「おお、太郎殿、無事戻られましたか」

 太郎と呼ばれた青年は、ええ、と頷いた。

 腰に日本刀を提げ、額には鉢巻をしており、足元には従順な猟犬を従えていた。

 なんでも親孝行の為、功名の為に諸国を旅して、悪人を懲らしめているということだった。

 どうも立ち振る舞いや服装などが、一村民のものとは思えなかった。

 しかし貴族であるとするならば、そのような危険な真似をする必要があるとも思えない。

 村長は彼がおそらく地方の良家出身であるとアタリを付けていた。

「して、どうであった?」

 村長は身を乗り出して太郎に訊ねた。

「確かにありましたよ。今女たちが村の男衆を呼びに行ってますから、今日中に全て運び出せると思いますよ」

 太郎は淡々と答える。

 そうであったか、と村長は大層喜んだ。

「で、鬼はどうされましたかの」

「死にました。首を持って来て証明としたいところでしたが、荷物が多かったのでそのままです。どうするかはご自由に。村長にお任せします」

 太郎は続けた。

「それで、頼まれていた物を少し持ってきました。これでよろしいですか」

 ちゃぽん

 太郎は足元の膨らんだ麻袋から、小さな瓶を取り出した。

 村長のしわが一層深く歪んだ。

「おうおう、それじゃそれ、その匂いは間違いなく本物じゃあ」

 手を打って村長ははしゃいだ。

 太郎はその瓶を村長に渡すと、また平坦な顔で訊いた。

「なんなのですか、それは」

「酒じゃよ、酒」

 村長は栓を抜いて中を覗き込みながら応えた。豊潤で脳の奥を刺すような香りが、太郎の鼻に届いた。

「太郎殿も、一杯飲んで行かれますかの?」

「いえ、私は──」

 太郎は断り、そして訊いた。

「村長殿、お尋ねしたいのですが」

「なんなりと」

「私が斬ったのは、本当に鬼なのですか」

 一瞬、村長の表情が固くなった。

 瓶を持つ手が震える。

 何を、と村長は言った。

「何を仰いますか、あれはつい数年前からあの鬼ヶ島に住みついた鬼にござります。この村からこの秘伝の酒を奪うだけでは飽き足らず、ついに女子どもをかっさらってゆく悪鬼にございます。それともなんでしょう。太郎殿は我々が嘘をついていると仰るか。あれは悪鬼じゃ。言葉の通じぬ悪鬼じゃ。仮にじゃ、仮にじゃぞ、あれが善の鬼だったとして、それを確認せずに殺したのは太郎殿であろう。村は実害を被っておる。荒れ果てた畑を見たであろう。使われなくなり朽ち果てた舟の山を見たであろう。痩せ細った皆を見たであろう。攫われた者を見たであろう。それでもあれを──」

 熱くしゃべるあまりむせたのだろう。

 村長はごほごほと嫌な咳をした。

 その隙をついて、太郎は言う。

「いえ、そういうつもりではありません、非礼をお詫びします。ただ、あれを鬼と呼び功勲にしてよいかと、その確認のつもりで言ったのです」

 それを聞いた村長は、なんじゃ、と言って溜め息を吐いた。

 村長は気を取り直したように言った。

「それで太郎殿、約束の褒美じゃが──」

「それでしたら、適当にもらいましたのであしからず。この袋に入っている金を貰って行きます。島にはまだたくさんあるのでそちらはご自由に」

「おお、そうかそうか。ところで太郎殿、一杯呑んで行かんか──」

「先程も申した通り、要りません。これから一度実家へ戻り、再び国を巡るつもりですので」

 再びの誘いを断って、太郎は足元の麻袋を担ぎ上げた。

 二言三言村長と交わし、太郎は村を後にした。

 村長の家を出る際に、浅ましい笑い声が太郎の背に振りかかった。

 太郎は振り返らなかった。

 一日限りの繋がりだ。

 この小さな村のことは、いずれ忘れるだろう。

 太郎の記憶にも、この国の記録にも残らないだろう。

 ただ、あのことだけは忘れられそうになかった。

「なあ」

 山道を歩きながら、太郎は猟犬に話しかけた。

 一本の牙を失った猟犬が、くぅんと応えた。

「あの男は本当に鬼であったのかなあ」

 それはただの独白なのかもしれなかった。

 少なくとも、言葉が分からなかったのは事実だろう。

 本当であれば猟犬をけしかけ、その隙に怪我を負わせていろいろと訊くつもりだったのだ。

 ただ、思ったよりも鬼は身体が大きく、そして頑強だった。

 それでも、対峙した時に礼を通したのだ。

『私は吉備国の太郎という者だ。同国の村人より略奪をする鬼がいると聞いた。何か弁明はあるか』

 それに対して、鬼は何も答えなかった。

 答えなかったのか、応えられなかったのか。

 今となっては分からない。

 相手は太郎と比べ一尺以上背が高かった。

 油断する訳もなく、沈黙は肯定と捉え成敗したが、果たしてそれは正解だったのだろうか。

 ──村長の言ったように村人たちが疲弊していたのは事実だ。

 皆やせ細り、中には涎を垂らす者もおり、また村長のように震えの止まらなくなる者もいた。

 しかし。

 しかしだ。

 攫われたという女子どもに、怪我という怪我もなかったのはどういうことか。

 彼女たちは助け出された後、鬼に対する恨みより、村に戻れた喜びより、鬼に略奪されたというモノを取り返すことを気にしていたのはどういうことか。

 そして村長の震え。あれは鬼に対する怒りだったのか、それとも何か別の要因があるのか。

 一体何がどうなっていたのか。

 果たして、あれで村人たちは救われたのだろうか──?

 いずれにせよ、と太郎は思う。

「外の者である私には、考えても分からぬのであろうがな」

 太郎が溜め息を吐くと、犬がびゃうと吼えた。

 それに目を丸くして、太郎は、ははは、と笑った。

 ざ──

 風が、木漏れ日を揺らす音がする。

 ざざん──

 太郎の耳に、遠くの、どこか遠くの潮騒が聞こえた。



近年出てきた「鬼は被害者、桃太郎は悪」という論調に対し、鬼退治には他の要因もあるかもしれんじゃろがい! と無駄な想像力にて作られた、リメイクとは名ばかりの作品になります。あくまでフィクションではありますが、雉と猿はさすがに従えられないだろうと、役割を削らせていただきました。

なお、テーマとして「酒」を使わせていただきましたが、それが伝わらない、伝わりづらいという指摘を外部にていただきました。当方の描写不足になります。申し訳ありませんでした。

拙い作品ではございましたが、最後までお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。

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