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第8話 私


「大丈夫?野盗に襲われたって聞いて、いてもたってもいられなかったけどしばらくこのお屋敷にも入れなくて……」

「……心配してくれて、本当にありがとう……ありがとう、マリア……」

「ヘレン……?」


あぁ、マリアだけだ。

こうして側にいてくれるだけで、私の心が、あれだけ荒んでいた心が――穏やかな水面へと落ち着いていく――


マリアの側で、しばらくの間、堪えきれなくなった涙を流し続けた。



「……もう大丈夫?」

「うん……ありがとうマリア、落ち着いてきた」


不思議だ。

マリアは、理由なく信じてもいい。信じられる。

そんな気持ちがしていた。


「ね、マリア……手を……握ってもらえない?」

「手?うん、いいよヘレン」


マリアにベッドの縁に座ってもらって、手を握ってもらった。


「……温かい……落ち着く……」

「ヘレンの手は冷たいね。私も気持ちいいよ」


きっと、爺やは何も具体的なことなんて言ってないはず。

ただ、私のために、来てくれた。それがとても嬉しかった。

だから、自然と話すことが出来た。

きっと、マリア以外の他の誰にも言えないから。


「……男だったの、本当は。私って」

「……ヘレン……」

「この間から、私、喉の調子が悪かったでしょう?それ以降、屋敷の人間も、何か私の裏で動いているような素振りで、でも私には何も知らされなくて。私は誰だろう、なんだろう、って思って……」


マリアの手を、もう一度強く握る。

全部、彼女には知ってほしいと思ったから。

話しながら感情が激しく揺れ動くけれど、マリアがいてくれると感じると、落ち着かせる事ができる気がしたから。


「前にね、マリアにお母様と一緒にお風呂に入るかどうか、って尋ねたじゃない?……私はね、本当に幼かった頃から今まで、一度もお母様と入浴したことがないの。いつも、服を着た侍女が手伝ってくれるだけ。寂しかったけど、そういうものだ、って言われてきたから、それを信じてた。今の今まで、私は、同じ女であるはずのお母様の裸さえ見ることが出来なかった。侍女たちももちろんそう。でも、当然だったのよ……だって、私は本当は男で、生まれつきの病気があるから、っていう理由で打ち続けていた注射も、私の男性化を抑えるための薬だった。全部……お父様が、私達の命を守るっていうことの引き換えに、私は、本当の名前や、性別さえも違う人生を、生まれたときから与えられてた。それを……私だけが、知らなかった。それがね……悔しくて…‥…いまさら男だって言われても……私は……この体も、この気持ちも、どっちにも行けない気がして……だとしたら、私の居場所は何処なんだろうって……」


嗚咽を堪えきれず、止まった涙がまた溢れ出すのをそのままに、マリアに全てを話した。

私が感じていた恐怖。不安。そして、真実を打ち明けられたときの、戸惑い。現状を理解した今の、「何者でもない」という虚無感。


マリアが、手を強く握り返してくれた。

慈しむように。

慰めるように。


「……私は、ただの田舎娘で……ヘレンのお家の近くの森にも、偶然迷子になって入っちゃって。でも、それで私は、すごくきれいな貴族のお嬢様とお友達になれた、って思ってた。嬉しかったんだ、私。それからヘレンと色んなお話をして、遊んで。一緒に時間を過ごして、あぁ、あの偶然がなければ、こうしていられないんだな、って思うと、あの時、あの場所でヘレンに会えたことは、私にとっては運命的だった。それくらい、ヘレンとの時間が好き……」


目を閉じて、マリアは私と繋いだ手を、大事そうに頬に寄せて、そう言ってくれた。

嬉しくて……涙で視界が歪むのもそのままにして、彼女の言葉に耳を傾けた。


「私ね、ヘレンの今の声、実はドキドキするくらい好きなんだ。少しだけハスキーで、ちょっとだけ低い声。ヘレンは……声が変わるの、嫌なのかもしれないけど……」


好き、という言葉が突然聞こえて、びくっと握っている手が震えた。


「本当に?……気持ち悪く、ないの?」

「どうして?ヘレンはヘレンなのに。私にとっては、ヘレンが本当は男の子でも、関係ないんだよ。私は、ヘレンっていう、一人の友達のことが、大好き」

「……ま、マリア……マリア……ぐす……うぅー……」


本当は、他の誰よりも、マリアに嫌われることが、この世で一番怖かった。

だって、私の、ただ一人の友達だから。

ただ一人、閉じ込められた私の世界の中で、私に手を差し伸べ続けてくれていた人だから。


きっと、私が居場所を失うということは、マリアを失うことだったんだ。

だから、自分の体のことを――秘密を、受け入れてくれることが、こんなにも嬉しいんだ。

私が、私でいていい。そう言ってくれているのだから。


「ヘレン……誰にも何も教えてもらえずに、体の変化に戸惑って、不安で……その気持ちを、私は、私に分けてほしい。だって……男の子とか女の子とか関係なく、それって怖いことだもの。急にそんなことを言われても、分からなくなっちゃうよね。誰からも自分の本当のことを秘密にされて生きてこなければいけなかったなんて……ごめんねヘレン……ヘレンの、そんなにも辛い悩みを、知らずにいたなんて……」


ううん。

十分すぎるくらい、もう助けてもらったよマリア。

私の居場所。私の、マリア。


「マリア……いいの、あなたが謝る必要なんてない。私は……マリアが私のことを受け入れてくれることが、こんなに嬉しいことだなんて、知らなかった。それくらい、あなたという存在が、私に許された居場所になっていたんだ、って改めて思ったの。私が……私が本当は男でも、本当に、いいの?もう男でもないし、どんなに薬を使っても、本当の女の子じゃないのに?それでも、私と一緒にいてくれるの……?」


するとマリアは――

窓から差し込む夕焼けがよく映える、今までで一番、きれいな笑顔で笑ってくれた。


「もちろんよ!だって、ヘレンはヘレンだもの」


その言葉が

私のすべてを救ってくれた。


そっか。

私は、私でいいんだ。


あなた(マリア)さえいれば、私はきっと、どこへだって行けるから。


私の居場所は、あなたなんだよ。


嬉しくてしばらく泣いた後、そう伝えた後の彼女の嬉しそうな顔。


マリアへのこの感情が、何なのかはまだよくわからない。

でも、言葉にしたいと、思った。


「マリア」


見つめ合い、マリアの瞳の中に私が映っているのを見る。


「大好きだよ、マリア」


互いに握る合う手が熱くなるのを感じながら、彼女のはにかんだ笑顔が嬉しく感じた。



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