第4話 疑問
それからまたしばらく経ったある日。
数日前から、喉の調子の悪さが続き、急遽担当医に診てもらうことになった。
妙に慌てた様子の担当医が、お母様と爺やに何事かを話しているのを扉の外で聞いていた。
でも結局、風邪のひき始めだろう、という診断で、いつもの注射をされた以外は、簡単なビタミン剤を処方されただけのようだった。
でも医者が帰った後、ちょうどマリアが遊びに来て、それまで感じていた陰鬱な気分が吹き飛んだ。
「……?ヘレン、喉痛いの?」
「えぇ、風邪を引いてしまったみたいなの」
変な声でしょう?と聞くと、マリアは首を横に振って
「ううん、なんだかハスキーでカッコいいかも。女の子にカッコいいなんて変かもしれないけど、その声も好き……かも」
「そ、そう?……じゃあマリアがそう言ってくれるから気にしないようにする」
「うん、風邪を引いててもヘレンはヘレンだよ」
「ふふ、ありがと」
風邪をうつすといけないから、その日はあまり長くは遊ばずに、夕方になる前にマリアと別れた。
いつも一緒に遊んくれるマリアと私。
マリアと別れた後も、はっきりとは分からなかったけど……何か違和感を感じているのを否定できなかった。
「……お嬢様。お嬢様。夕食の支度が出来ております」
「いい。いらない」
「ではせめてお薬だけでも……」
「ただのビタミン剤でしょう!?ただの風邪ならそのうちこの声も戻るのでしょう?放って置いて!」
私はマリアに感じた……いや、ずっと感じていた「違和感」を思い返していた私は、どうしても屋敷のの大人の人たちとは顔を合わせなくなくて、つい当たってしまった。
私とマリアは同性。
でも、なんだろう。
よくよくマリアを思い返すと、私と彼女では体つきが違う気がしてきた。
もちろん肌を見せ合うようなことはしないけれど、同じような背丈のはずなのに、体つきの柔らかさが、私とはどこか違っているように思えた。
それに私の身体は、マリアと同じようだけれど、それでもマリアの手足よりも、私のほうが筋張っている気がする。
……個人差の範囲なのだろうか。
今日マリアから指摘された、ハスキーだね、という声。
担当医がお母様と爺やに何か話していたこと。
何か、引っかかっていた。
「何か隠されている……?」
そもそも生まれつきの病気って何のことなんだろう。
そういえば、一度も詳しくは教えてくれたことが、ない。
もういい加減、教えてくれてもいい頃だ。もう私も小さな子供ではない。
なのに、何故……?
このときになって初めて、私は、私自身のことを疑い始めた。
今まで、私はお母様、爺やたちに育ててきてもらった。お医者様にも、すごく小さな頃からずっと注射を打たれ続けてきた。
でも、それに疑問を持つことはなかった。信じていたから。
私に、嘘をついているなんて、そんな前提がなかったから。
でも、もし私に隠し事をしていたとしたら……?
それが、私が幼少期から友達がいなかったことや、ずっとこの屋敷から出してもらえなかったことと、何か関係していたとしたら……?
そして――
考えたくはないけど、私は、お母様と……一度だって一緒にお風呂に入らせてもらえなかった。
侍女さんたちは、脱衣を手伝ってはくれるけれど、それだけ。
――私は、自分以外の女の人の裸を見たことが、ない。同性なのに。
マリアに訊いたときだって、小さな頃はよく母親と一緒に入っていたと言っていた。
きっとそれが普通なんだろうと、マリアの様子から感じ取れた。
どうして?
その問いは、今まで何も考えずにこの屋敷に住んでいた私にとって、とても――とても重くのしかかった。
私は、誰なんだろう――
その日の夜から、あまり眠れない日が続いたのだった。