第1話 ヘレン
深緑。
どこまでも続く緑。
私が住むお屋敷は、森の奥深くにあり、あたり一面が緑に囲まれている。
首都のような賑わいはないけど、不便を感じたことはない。
お屋敷の外には、お許しがないと出ちゃいけないけど、お母様や爺や、他の侍女さんたちと一緒に住んでいるから。だから毎日が楽しい。
本当は……お父様も、もっと私に会いに来てほしいのだけれど、お母様からも、ものすごく偉い人だから、無理を言ってはいけないと言われてる。お父様のお仕事はとても大切で忙しいんだって。
でも、お母様だってもっともっとお父様と一緒にいたいはずだから、私も我慢してる。
実はね、お母様のペンダントの中に、生まれたばかりの私を囲む、お父様とお母様の写真が入っているのを、知ってるんだ。
だから私は寂しさを隠して、家庭教師の先生のいうこともちゃんと聞いて、体育の先生の、武術の訓練にも一生懸命打ち込んでる。この国の建国の歴史っていう、難しい教科も頑張って覚えてる。それが、いつかお父様を助けることに繋がるんだって教えてくれたから。
それに――怖いお医者さんの「注射」だって、いつも我慢してる。
どうして注射なんか打つの?って、お母様に聞いたことがあったけど、私を悪いものから守ってくれるって教えてくれたんだ。
「ヘレン。あなたは他の子どもたちにはない、『特殊な病気』があるの……だから他のお友達と、一緒に仲良く遊べるようになろうね」
優しくお母様にそう言われると、「うん!」と言うんだ。
本当は、最初にそう言われたときはよくわからなかったけど悲しくて、私は他の子とは違うんだ、って泣いちゃった。
でも、お母様もみんなも優しくて、だから心配させたくないから……
だから、私は強がって、いつも元気よく振る舞っていた。
今まで一度も、会ったことがない「友達」――
その「友達」というものが、とても光り輝いているように思えたんだ。
私を、助けてくれる気がしていた。
大きなお屋敷に住んでいて、侍女のお姉さんたちがいっぱいいて、お勉強を教えてくれる先生たちも、たくさんいて。お父様とお母様の次に大好きな爺やもいて。
私は、きっと恵まれた人間なんだろうな、って、何となく感じてた。
比べる人がいなかったけど、何となく、私と同じような人がそう多くはいないだろう、ってことは感じてた。
お母様から、お父様はこの国のとっても大切なお仕事をしてるんだ、っていつも聞いてたから、会えた時にたくさん褒めてもらえるように、いっぱい頑張るようにしてた。
本当はもっと甘えたいし、もっともっと一緒にいたい。
だけど、お母様にそう言う度に、「お父様を困らせてはだめよ」って言い聞かせられるんだ。
そう言っているときのお母様は、とっても苦しそうなお顔をするの。
だから、私は、あまりそのことは言わないようにした。だって、大好きなお父様とお母様を、困らせたくないんだもの。
私も、いつかお父様をお手伝いできるようになりたいな。
そしてたくさんお友達を作って、みんなでお父様のお仕事を助けるんだ。
そうすれば、きっとお父様のお仕事も楽になって、もっとこのお屋敷に戻ってきてくれる。
幼い頃、本当にそう思っていた。