【IF END2】かみさまの砂浜とあしあと SideA
第9章4話 呪いを解くお約束でルーナが戻ってこなかったら――というもしものお話です。
幾夜明けても、ルーナは戻ってこなかった。
きっと失敗したんだろう。
……俺はもう彼女を手にすることができないのだろうか。
あの微笑みを、もう一度見ることは出来ないのだろうか。
『アッシュ、ロゼはどうなるの?』
キッドが俺の足にしがみついてくる。
――あぁ、そうか。
そうだ。そうすればいいんだ。
彼女のいない世界で俺は生きることが出来ない。
正攻法が通じないのなら――
春夏秋冬の花が咲き誇る学園の温室。
そこの隅に隠れるように、彼は実験している。
「うぁあっ! き、きみは?」
「はじめまして。ヒューゴ先輩。あなたの研究に協力させていただいても宜しいでしょうか?」
器があるなら、あとは中身を入れればいいんだ――
◆
半年後――
ヒューゴの実験は完成し、ロゼの器に魂を入れてもらった。
今日、ロゼは目が覚める。
起きたら、彼女はなんて言うだろう。
いつもみたいに微笑んでくれると嬉しい。
「おはよう、アッシュ」
ロゼはそう言って、微笑んでくれた。
俺のロゼは微笑んでくれた。
俺は彼女を抱きしめ、涙を流した。
もう二度と会えないと思っていた。その彼女が、いまここにいる。
いくら抱きしめても、彼女の身体は冷え切ってしまっている。
口づけても、口内まで氷のように冷たくて……。
ヒューゴの言葉を思い出す。
「いちおう言っておくけれど、これは禁忌だ。死者を生き返らせるなんて。僕は魂を作るけれど、彼女は生きた死体として君のそばにいる形になる。定期的にメンテナンスをさせてね」
生きた死体でもいい。
ローゼリアが側にいてくれるなら。
「あ、アッシュ。腕、とれちゃった」
生きた死体になったロゼの身体は非常に脆かった。
少し扱っただけで、腕がとれたり、首がもげたり。
「ごめんね、アッシュ」
「いいえ、お嬢のためですから」
彼女は謝ることが多くなった。
俺はメンテナンスにヒューゴの元へ彼女を連れて行く。
「うん、魂も安定しているね。どうだい? 彼女の様子は」
「そうっすね。少し脆いところが気がかりですが……」
「ちゃんと、本物になっているかい?」
「……本物?」
俺はヒューゴの質問に首を傾げた。
「もう。彼女を生き返らせるに当たっての注意事項でいっただろう?」
「あの時は必死でしたから」
「……まぁ。そうだね。僕に実験を完成させないと殺す、みたいなプレッシャーを毎日かけてきたもんね」
「――話を戻しますが、本物っていうのは?」
「あくまで君の記憶を辿って、僕が創った魂だ。だから彼女自身が蘇ったわけじゃないって言っただろう?」
そんなことを言っていたような。
「その顔じゃ、すっかり忘れてたんだね。うん、でも『本物』と『偽物』の区別がつかないならいいことだ。それはつまり『本物』にかなり近づいている――『本物』になりつつあるということだしね」
ヒューゴは牛乳瓶の底のような大きなメガネをくいっとあげて、言った。
――何を言ってるんだ。目の前にいる彼女はどうみても、ローゼリアそのものだ。
人前で彼女の身体についてバレるのは、よろしくない。
学園は退学し、塔の中で二人で暮らす。
誰にも見られないところで、彼女のお世話をする。
ロゼはもうご飯を食べる必要がなくなった。
だから俺の紅茶を飲んで「美味しいわ」と目を輝かせることはなくなった。
あれだけ要求してきたお菓子作りも、もう必要なくなった。
「ロゼ。本当に君が生きていることが嬉しいよ」
「私も、アッシュと一緒にいることができて嬉しいわ。……アッシュはいつも私のことを助けてくれる。何があっても、どんな時でも、私を助けてね。私はアッシュがいないと生きていけないし、なにもかも全てを犠牲にして私のそばにいてくれる貴方が、好きだわ」
「――っ」
その瞬間、肌が粟だった。
俺のロゼはそんなことを言う人か?
あの遺書を思い出す。
――あなたはあなたの未来を生きてください。
――もう一度いいます。どうか、振り返らないで。
「誰だ、お前は」
「ローゼリアよ。貴方の恋人のローゼリア」
「……ちがう。ロゼはそんなこと言わない」
一瞬にして世界が崩れる。
『本物』と『偽物』の境界――
どれだけ優れた代替品でも、一瞬の『違い』を見つけただけで崩壊する。
その日以降、俺は彼女を愛することができなくなった。
「アッシュ」
「ねぇ、アッシュ」
「好きよ、アッシュ」
彼女の姿で甘い言葉を語り続ける偽物。
見た目はロゼそのもので……。
ヒューゴも言っていたとおり、彼女は偽物だった。
――私はいつもどんなときも、魂だけになろうとも、あなたの側にいるわ。
ロゼは嘘つきだ。
俺が一番辛い時、いつも側にいてくれない。
◆
その日、夢を見た。
海岸に一人立つ夢だった。
俺の歩いたあとの砂浜には、いつも二人分の足跡があった。
けれど、稀にそれが一人分になる。
あぁ、これは俺の人生だ。
いつも隣にはロゼがいて、いつも手をすり抜けて遠くに行かれてしまう。
「アッシュ」
そこにはローゼリアが立っていた。
金色の髪に、宝石のような青い瞳。
そして、柔らかい微笑み。
彼女は真っ白いワンピースを着ていた。
「ロゼ……?」
「ええ、貴方のことが大好きなローゼリアよ」
「あの薔薇を降らせた?」
「そのことは……こほん、まぁいいとして」
彼女の頬が真っ赤に染まる。
間違いなく、彼女だった。
「どうして、どうして俺を置いていったんだよ」
俺はロゼを抱きしめる。
けれどぬくもりを感じない。あぁ、やっぱりここは夢の中なんだなと確信する。
「ごめんね。アッシュ、いつも一人にして。あぁ、もうこんなに痩せて。しっかりご飯は食べている? ちゃんと寝てる? あ、寝てないと夢なんてみないか」
ロゼはいつものように俺を心配してくれる。
「会いたかった。ずっと、ずっと――貴方のいない世界はがらんどうだった」
「もう、そこまで言うほどかしら」
「こうやって貴方に会えないなら、俺はもう死にます。自殺します」
「……本当にしそうね。うーん。だったら、これはどうかしら」
「なんですか?」
ロゼはスカートを翻し、俺から一歩離れる。
「こうして、夢の中で逢いましょ? 毎晩毎晩、夢の中なら世界は無限大だわ。いろんなことができるわ。逆さまに歩いたり、海を泳いだり、いろんなことをしましょ」
ロゼの瞳はキラキラ光っている。
あぁ、俺のロゼはここにいたんだ。
「あ。ずっと夢の中にいたいからって睡眠薬をいっぱい飲んだりしちゃだめよ。アルコールで酔って寝るのもだめ。そんなことをしたら、私は一生でてこないんだから」
「……はは、厳しいっすね、お嬢」
どこまでも俺を思いやってくれるロゼ。
その優しさは、ときに刃よりも鋭く、俺の胸を刺してくる。
「死んじゃだめ。そんな絶望しないで。たった一人恋人がいなくなっただけ。私がいなくても世界の歯車はちゃんと回っていくわ」
「鬼みたいなことを言いますね」
「鬼じゃなくて、魂だけの存在だから幽霊だけどね。うらめしや~」
ロゼはそう言って戯けて笑う。
俺は――
もう死ぬことも赦されなくなった。
昼間はロゼの肉体を愛し、夜は彼女の精神を愛した。
そうして、生きていく。
この残酷な人生を歩んでいく――彼女と共に。
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