吟遊詩人とヒロイン SideL
――ローゼリア様を生き返らせるためには、冥府の国から魂を連れ戻さなければいけない。
そのためにはまず、吟遊詩人を探さなければいけない。
正直、吟遊詩人にはこの世界に転生して、一度も出会ったことがない。
ゲームでも出没はランダム。
ヒロイン権限を使ってでも会えるかどうか。
「私は《ヒロイン》ですから」
と胸を張って言ったものの、出たとこ勝負である。
最悪アッシュに殺されてしまうかもしれない。
目の前の男はそれすら軽々やってしまいそうなほど――殺気に満ち溢れていた。
◆
前にローゼリア様から聞いたことがある。
一度、吟遊詩人に出会ったことがあると。
その場所は学園からも近い公園だ。
私は公園まで、転移魔法を駆使して飛んだ。
深夜の公園には誰もいない。人の気配もない。
私は叫ぶ。
どうか祈りよ、届いて。神様。
「《ヒロイン権限》――ッ!!」
「うるさいな……」
その時、聞き慣れない声、か細い声が聞こえた。
その声は空から聞こえてきた。上を見上げる。
そこに――彼はいた。
彼の羽織ったマントは、満天の星々と同じ色をしている。
線が細くて、煙になって消えてしまいそうなほど、繊細な人。
灰色の髪に、灰色の瞳。目を奪われるほど美しい中性的な顔立ちをしている。
ゲーム上では幽霊のような存在だと表現されていたけれど、目の前の人物はまさしくその言葉を体現した存在だった。
――間違いない。
「……貴方に死ぬほど逢いたかったんです。吟遊詩人さん――いえ、オルフェウス様」
「おや、ボクのことを知っているんだね……あぁ、そうか。君はルーナか」
私はまだ名乗っていないのに、オルフェウスは私の名を言い当てた。
「何故私のことを知っているのですか?」
「君の魂が語っているから――」
「詩的な言葉よりも、はっきりとした言葉でお願いします」
「くっ、はは……吟遊詩人である僕の詩を否定するなんて。本当に君は面白い子だ」
何も面白くない。
私はいつでも本気だ。だから彼を逃さない。煙に巻かせない。
「《ヒロイン権限》私に協力してください」
使えるものは全て使ってやる。
そのつもりで私だけの魔法を唱えたのだけれど――
「……残念ながら、ボクにその魔法は効かないよ」
目の前の人物には効果がなかった。
――なんで? 攻略対象でしょう?
「……貴方、本当にオルフェウス様ですか?」
私の知っているゲームキャラとは違う。
吟遊詩人はもっと感情があった。
それなのに、目の前にいる人物には、それを感じない。
ゲームの登場人物じゃない? いや、容姿は全く同じだ。
それなら一体何者……?
――ストンと、ある考察が頭に落ちた。
「……貴方が神様ですか?」
「神様……と言うほど立派なものじゃないよ」
くすり、と笑って彼は答える。
「彼女――ローゼリアが《創造主》であり《観測者》ならば、ボクはいわゆる《管理人》というような存在だね。この世界の構築を補助している。本当なら《創造主》がしないといけない役割なんだけど……彼女は彼女で人生を楽しんでいるみたいだから」
「……そのローゼリア様は、お亡くなりになりました。それでもこの世界は続いています。何事もなかったように、淡々と時間は流れています。彼女の死は――それほどまでに軽いものなのですか?」
「当たり前だろう。彼女は人で、いつか死ぬ。
本来、彼女の領域はもっと上……俯瞰した世界にいるべきなんだ。
けれど彼女はこの世界に人として『い』ることを選んだ。
おもちゃのように創って、放棄した。
だからこうしてボクが《管理人》を代行している」
情報量が多くてくらくらする。
私の知っているローゼリア様は、正直もうちょっとお馬鹿な人だ。
いや、よく考えてみよう。
ローゼリア様じゃない。中身の人について。
文学の知識はズバ抜けていて、言葉を編むことがとても上手な方だ。
博識で、様々な世界を色々なシナリオで編み、絵で表現し、一人で作り上げている。
私は彼女の作るゲームが好きで好きでたまらなかった。
ずっと永遠にその世界に浸りたいと思う物語を紡いでくれる彼女は、辛い現実を生きる私にとっては、救いのような製作者だった。
「もうややこしい話はやめましょう。私はローゼリア様を助け出したいです。だから死者の国に連れて行ってください」
「そこに行けば戻れないかもしれないよ」
「全て覚悟の上です」
「一歩踏み間違えたら、地獄よりも酷い沼に落ちるかもしれないよ」
「私の中では親友のいない世界のほうが地獄です」
「ハッキリ言うね。そういう潔さは好きだよ」
そう言って、オルフェウスは私を抱きかかえた。
「扉を開くけれど、覚悟はできている?」
「えぇ、勿論」
そうして、私はオルフェウス様と共に死者の国へ向かった。
すごい壮大な話になってますけれど……
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