世界の強制力(5)SideL※
残酷描写があります。
私だけが使える魔法を詠唱した瞬間、ヴィンセントは手を離してくれた。
ようやく身体を動かせるようになった。
「……そういう魔法が使えるんだ。さすがヒロイン様」
アッシュが嘲笑う。
「『創造主』の権限ほど強いものではないですけどね……その本、渡していただきます」
「いいよ、どうぞ」
本当はもう一度ヒロイン権限を使って、アッシュから本を奪おうと思っていた。
けれど、思ったよりあっさりアッシュは本を渡してくれた。
本を開く。
そこには赤いインクで、歪んだ文字で様々なことが書かれていた。
『許さない』『殺してやる』『苦しめ』『死んでしまえ』『許さない許さない許さない』
どのページを捲っても憎悪の感情でうめられていた。
「……これは誰のものですか?」
「イザベラのものだね」とアッシュが答えた。
「イザベラは死んでいるはずじゃ……」
私が口にした瞬間、ヴィンセントがこちらを睨みつけてきた。
「姉上は死んでいない! だが、心を壊されてしまったんだ! この男によって!」
ヴィンセントの憎悪はアッシュに向けられていた。
今から口にする言葉は慎重にいかないといけない。
アッシュもブチギレているし、ヴィンセントは混乱し、憎悪の目でアッシュを睨みつけている。
――考えろ。考えろ。考えろ……。
ヴィンセントルートを潰したアッシュ。
そして詠唱もなしに弾き飛ばされたヴィンセント。
この二人の間には何らかの契約が結ばれているのではないか?
エドワードルートでエドワードが怪盗を辞めた理由は、義賊をする必要がなくなったから。ちなみにこっそりヒューゴルートも確認したけれど、ヒューゴはアンドロイドの実験をする資金を調達できず、苦悩していた。
それは何故?
――考えろ。思考の海に潜れ。
「傷つくなぁ。本当は死ぬ病を抱えてた彼女を治してあげたのに」
アッシュは空っぽな笑みを崩さない。
「そんなの……貴様の適当なデマだろうッ! 姉上の身体はずっと健康だった。精神はお前に壊されたが!」
なるほど。
推論を一つ。
アッシュはイザベラを利用した。
どんな方法かわからないけれど、イザベラを囮にされたヴィンセントは、彼女を解放して貰う代わりにゲームで出てきた服従の呪いを受けた。
そしてアッシュはイザベラの病気を治した。
けれど発病前だったから、数年後に命を落とすなんてヴィンセントは知りもしない。
そして、イザベラは利用された時に精神を壊し、ヴィンセントは一方的にアッシュを恨んでいる。
けれど呪いには逆らえず、アッシュの傀儡になっている。
――つまり裏社会の真の支配者はアッシュということ……?
目の前にいる男なら、それくらい簡単にやってのけそうだ。
ぞっとする。
ローゼリア様、こいつは一番付き合っちゃいけない男です。
ヤンデレ通り越して魔王になってます。
「イザベラの場所は――」
アッシュが転移の魔法を唱えようとする。
私も転移魔法は使えるけれど、アッシュほど広範囲に飛ぶことはできない。
だからまた彼の腕にしがみついた。
「《転移》」
そして――私とアッシュは塔にたどり着いた。
ヴィンセントルートでいつも使われる塔。海際にある場所。
きっとここにローゼリア様はいる。
「ついてこないでくれるかな?」
「嫌です。最悪ヒロイン権限を使ってでもついていきます」
「……そのヒロイン権限ってなんなわけ?」
「いわゆるラッキー効果です。『偶然意図した相手に出会えたり』『感情を改変』させたりする力です。さっきのヴィンセントのときは『怒りの感情を抑えてもらいました』」
「……異常スキルだね」
「チート魔王に言われたくありません」
塔の中は異様に静かだった。
誰の声も聞こえない。波の音だけが聞こえる。
私とアッシュは塔の階段をのぼる。
――何でこんなに静かなの?
気味が悪い。
嫌な予感しかしない。
どうかこの予感が外れてほしい。
いつものように、彼女には笑顔でいてほしい。
塔の最上階――そこの扉を開ける。
ドアの向こうでは漆黒の髪の女性が倒れていた。
顔立ちがヴィンセントによく似ている。この人がイザベラ……?
肌が青白い。脈を確認する。
――死んでいる。
「ロゼっ!」
その時、悲鳴のようなアッシュの声が聞こえた。
私は檻の中に視線を向ける。
そこには虚ろな顔で――
『小鼠が、キューキューうるさいこと。そもそも代表に選ばれるほどの魔力がないってことは、努力が足りていないんじゃなくて?』
血の気のない手足が服の隙間から覗いていて――
『――は、恥ずかしいの! 今更、なんて言えば……!』
嫌な予感は残酷なことに当たってしまう。
『る、ルーナ? ねぇ、教えて? 好きな人いるんでしょ?』
アッシュの叫ぶような声も、何も聞こえない。聞きたくない。
これはまやかしだ。こんなのを信じたらだめだ。
「《解除》」
アッシュが檻の鍵を外す。
そして彼女を抱きとめる。
彼女は全く反応をしなくて――
信じたくない。
こんなのが運命だなんて。
ローゼリア様の命の炎は消えてしまっていた。
ラブコメって言ったの誰だよ……
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