世界の強制力(3)SideA
「今晩はルーナのところに泊まるからっ!」
ロゼは顔を真っ赤にして叫ぶように言った。
ルーナ――ヒロインちゃんの名前が出たことに、少し苛立つ自分がいる。
まだロゼの心は俺で埋まっていない。
他者が入り込めるほど、余裕がある。
もっと依存させたい。もっと俺から離れないようにしたい。
時間はたっぷりある。
まだ、束縛はせず自由にさせてあげようと思った。
日が沈み、空が暗くなる。
そういえばロゼと過ごさない夜は久しぶりな気がする。
いつもどちらかの部屋で、キスをして、触れ合っていた。
一晩離れると考えるだけで、苦しくなる。
ロゼを俺中毒にさせたいのに、逆に俺のほうが中毒にされてしまっていた。
コンコン。
なんともいえない、悶々とした思いを抱えてベッドに蹲っていたら、ドアを叩く音が聞こえた。
もしかしてロゼが帰ってきた!? そう思って扉を開けるために急いで起き上がり、身なりを軽く整える。
コンコン、コンコン、ドンドン。
ノック音はどんどん激しくなる。
「アッシュ様ー! いるんでしょうー?」
扉の奥から聞こえた声は――ヒロインちゃんだった。
一気に萎えた。居留守を使おうと思って、ノック音を無視する。
ドンドン、ドンドン、ドンドンドンドンドンドンドンドン!
激しくなるノック音。
「いや、流石に近所迷惑――!」
俺はなし崩しに扉を開けた。
その先には、長い銀髪をポニーテールにまとめた、私服のルーナがいた。
「やーっと出てくれましたね。ローゼリア様を返してもらいにきました。今日は私と一緒に過ごすと決めてるんですからね!」
「――は?」
ローゼリアは2時間ほど前に、ルーナの部屋に行った。
それから姿を見ていない。
「君のところに来てないの?」
「……へ? どうゆうことです? いつもながらアッシュ様が離してくれず、こっちに来てないのかと――」
ルーナは驚いた表情を浮かべた。
「2時間ほど前に君の部屋に行ったはずだけど――」
「来てませんよ。……ん? どこかで捕まってるんでしょうか。エドワードとか、フェリックス殿下とか、そのへんに」
「……」
「無言でイラッとしないでくださいな。こっちまでピリピリ感が伝わってきて正直不愉快です」
ルーナはわざと俺を挑発するように言って、はぁやれやれと肩を落とす。
「今の反応を見るに、ローゼリア様をこっそり隠している……ということもなさそうですね」
「だからさっきから言ってるじゃん……」
「正直ヤンデレの言葉は信用できないんです」
「俺はヤンデレなんかじゃないけど……」
「は?」
ルーナは鳩が豆鉄砲を食らったような目で俺を見た。
「……いや、まぁもう、そこは……置いといて」
ルーナが自分の顎に手を当てて悩む。
「ローゼリア様、どこに行ったんでしょう。アッシュ様、追跡装置とかつけてないんですか?」
「残念ながら。追跡装置をつけると、ロゼの魔力でヒートアップしてぶっ壊れちゃうから、つけれてないんだよ」
「うわぁ……付ける気はあったんですね……」
「それより。俺を挑発しに来たわけじゃないだろう?」
「そうですね。フェリックス殿下とエドワード。ついでにレオナルドにも聞いてみましょうか。このへんは私が聞いてみます」
フェリックスに会うのには色々面倒な手順がいる。
彼は学生であるが、同時に第一王子だからだ。
ルーナはヒロインだから、気安く会えるけれど――
「アッシュ様はそうですね。私の寮の女の子たちに話を聞いてみてください。ローゼリア様を見てないかどうか」
「普通は逆だと思うけど」
男性が男性に話を聞く。
女性が女性に話を聞くのがベストだけれど、まぁそこはいい。手っ取り早い方を選ぼう。
何もなければいい。
ロゼが例えばルーナの部屋に行く途中で誰かと話し込んでいたり、野良猫を追いかけていたりするのならそれでいい。彼女のイレギュラーな行動はいつものことだ。
けれど、なにか嫌な予感がする。
「では、一時間後にここで待ち合わせしましょう」
「一時間で王子やその他諸々に会える?」
「そこは『ヒロイン』ですので、気にされなくても大丈夫です」
ルーナはぺったんこな胸元に手を当てて、どやっとした顔で言った。
◆
――一時間後。
俺の部屋の扉の前で、ルーナは三角座りをしていた。
「あ、アッシュ様!」
ルーナの表情には焦りが浮かんでいた。
「収穫はなかったみたいだね」
「……はい。そちらは?」
「こっちもロゼを見たって子はいなかった。嘘をついている様子の子はいなかったし……」
「全員には聞き取れていないんですよね」
「あぁ、そうだね。流石に一時間じゃきついよ」
「……でしたら、ちょいと私に心当たりがあります」
ルーナは立ち上がり、お尻をぽんぽんと叩いた。
「反ローゼリア様派閥があるのはご存知で?」
「どの世界でもあったよ」
反ローゼリア派閥。
簡単に言ってローゼリアのことが嫌いなお嬢様達の集まりだ。
王子が婚約者――その件についてふさわしいとかふさわしくないとか。
お茶菓子の代わりにロゼの悪口で盛り上がる集団。
その派閥から聞こえる悪口は、絶対にロゼに聞かせないようにしている。
「そちらは当たりましたか?」
「筆頭のお嬢様は当たってみた。自白の魔法もかけたけど、全然反応がなかったから――」
「さりげなくエグいことしてますね……」
ヒロインちゃんの顔は青白くなっていた。
「……正直、何らかの事件に巻き込まれている可能性が高いです。この3時間、何処にもローゼリア様がいないのですし……」
俺もそれは思っていた。
さすがのロゼでも夜中に3時間も野良猫をおいかけていたりはしないだろう。
何処かに隠されている?
……いや、もっと視野を広くして――
「学園の門番に聞いてみるか……」
「そうですね。学園内にいるとは限りませんから……」
俺とルーナは転移魔法を使って、学園の門番の前へ転移する。
「すみません。聞きたいことがあるんですが。金色の髪で青い瞳の可愛い女生徒を見ませんでしたか? 身長はこれくらいで……」
ルーナが話を聞く。身振り手振りで尋ねる。
俺は小さく自白の魔法をかけた。
嘘や誤魔化しは通じない。
「女生徒は見ておりませんが、一台の馬車が出入りしたのを見ました」
「何の馬車でした?」
ルーナが聞く。
「……普通に、学園に食材を届ける業者でしたので通しました。でも、なんだか今日は急いでいましたね」
「中は見なかったんですか?」
「学園に入れるパスポートを持った業者でしたから」
「……その業者の連絡先を教えて下さい。今日、本当に入荷があったのか聞いてみます」
ルーナは真剣な顔で、門番から聞いたことにメモをとっていた。
俺は別のことを考えた。
もしもロゼが学園の外に出ている――攫われてしまっていたら。
ヴィンセントという駒を通して裏の人間を動かしたほうが早い。
「《転移》」
俺は唱えた。行く場所はヴィンセントの元。
「あっ、ちょっ! 私もついていきますっ!」
魔法が発動する瞬間、ルーナが俺の腕にしがみついてきた。
こうなったら一緒に転移してしまう。
ルーナにあれこれ聞かれるのは面倒だ。邪魔するようなら眠ってもらおう。
何よりも俺は彼女の心配をしないといけない。
「……ロゼ」
俺は愛しい人の名を呟いた。
どうか、無事で。
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