遠ざかる貴方の背中 SideR
アッシュに逆惚れ薬を盛って以来、彼との距離はあいてしまった。
あれほど飽きるくらい好きや愛しているを連呼していた彼が、なにも言わなくなった。
そして、ご飯にも付き合ってくれなくなった。
「アッシュ、一緒に晩御飯を――」
「何で? ルーナと食べなよ」
逆惚れ薬の効果がとても強かった。
ここまで拒まれるとは思わなかった。
そして私はここまで、私は彼から向けられていた愛情に救われていたのだと感じた。
逆惚れ薬の効果は一週間。
一日目で、私は既に心が折れてしまいそうだった。
◆
「どうしたんですか? 一緒に晩御飯を食べたいなんて……」
ルーナを部屋に招いて、一緒に晩御飯を食べることにした。
「……というかアレいないんですね。一体何処に……」
「彼に……薬を盛ったの」
「……はい?」
ルーナは目を丸くして驚いている。
「逆惚れ薬。私のことを嫌いになる薬」
「はぁあああ? 貴方はまたそうやって力技で彼の想いを否定するのですね」
「だって、だって、どうすればわからなくて。私が好きって言ったら、私も愛しているって言ったら、自分がどうなるかわかんなくって、心の整理をしたくて……」
「まぁ、めちゃくちゃ好き好き迫っていましたからね。怒涛の勢いでしたし。ちなみにその逆惚れ薬はどうやって入手したんですか?」
「自分で作ったわ。『アッシュの想いを抑える薬が欲しい~』って願ったら、できたの」
「《創造主》権限すごいですね、さすがチート。そして、どうですか? 薬の効果は」
「すごく強くて、晩ごはんも一緒に食べてくれなかった……」
「嫌いな相手とご飯は食べたくないですよね」
「……うぅっ」
「ローゼリア様、自分で自分の首を締めている自覚はお有りで?」
「うん。やりすぎたと思ってる……」
「薬の効果はどのくらいですか?」
「一週間よ……でも、もしかするとそのまま嫌いな思いが消えないかもしれない」
「……それで良いんですか?」
「嫌、だけど、だけどぉ……」
ルーナの言っていることは正論だ。
私は選択を誤り、またアッシュの尊厳を無視して、薬を飲ませて心を改変しようとした。
でもどうしても時間が欲しかったのだ。
「はぁ。わかりました。ご飯は私が付き合います。せっかくですし、一緒に和食祭りでもしましょうか」
ルーナはそう言って、優しく微笑んでくれた。
「和食祭り……!? う、うん! やりたいわ!」
この世界に来てから洋食ばかり食べてきたから、そろそろ和食が食べたいと思っていた。
「海鮮丼とか、肉じゃがとか、お味噌汁とかずっと食べたいと思っていたし……」
「では、決まりですね!」
こうして、私とルーナの和食祭りは決行されることになった。
――けれど、その日の夜。アッシュは毎日しに来てくれる「おやすみ」の挨拶もしてくれなかった。
そう仕向けたのは私。なのに胸が苦しくなる。
それから三日が過ぎた。
アッシュは私と目も合わせない。
私達は主従関係であったけれど、同時に義兄と義妹の対等の関係でもあるから、アッシュが今まで私の世話を焼いてくれていたのは、全部アッシュの配慮だった。
――その日、ルーナとアッシュが二人で話している光景をみた。
心がざわついた。
――四日目。
アッシュが他の女の子と話しているのを見た。
なにやら言い寄られているようだった。
アッシュは笑顔を浮かべていた。
今まで、私にしか向けてくれなかった笑顔を――知らない女の子に向けていた。
どうしよう。
心に太い針が差し込まれたような気分だ。
胸が苦しい。痛い。
もし――薬の効果が切れた後も、私のことを嫌いになられていたらどうしよう。
自分で招いた種なのに。
なんて私は愚かなことをしたんだろう。
毎夜、アッシュの夢を見る。
いつも笑って、私の言うことを聞いてくれた。
『お嬢』
彼の声が耳に残っている。
また、呼ばれたい。
今まで私は一方的に彼から愛を注がれてきた。
失ってからわかる。彼の想いの深さと、それに応えられなかった私の愚かさに。
やっぱり、私は彼が好きだ。
アッシュのことが好きだ。大好きだ。
これが愛じゃないなら、他に何を愛と呼ぶのだろうか。
『俺は貴方を慕っています。ずっと、ずっと。何度繰り返しても、貴方だけを想ってきました……想って、きたんだよ。ロゼ……』
アッシュの言葉が胸に染み込む。
私も同じだ。何度繰り返してもアッシュのことを想ってきた。
ヴィンセントルートで壊れた時、誰よりも愛おしいアッシュに汚れた姿を見られるのが嫌だった。
明日でちょうど一週間になる。
逆惚れ薬の効果は切れる。
そうしたら、またあの関係に戻れるのかしら。
いや、戻っちゃ駄目だ。
今まで何百回も繰り返してきた、この恋を――
ずっと彼に抱えてもらった想いへ感謝を――
一歩、踏み出して伝えないと。
翌朝、私はアッシュの部屋に手紙を挟んだ。
『お昼時、いつもの庭園で待ってます』
と一筆書いて。
そしてお昼時にアッシュはいつもご飯を食べている庭園に現れた。
「なんですか?」
彼の瞳は冷たかった。
あれ……薬はもう切れているはずなのに。
「えっと、あの……薬を盛ってごめんなさい。あれは本当に私が悪かったわ」
「……そうっすね。でもそのおかげで、お嬢の意思がわかりました」
アッシュの声はずっと冷たい。
こんな冷たい声で話されたことなんて、今まで一度もなかった。
「流石に嫌いになる薬を飲まされるほど拒まれたら、俺だって傷つきます。俺もただの人間ですからね。――もう主従ごっこは終わりにしましょう。ローゼリア様」
「ごっこ……」
「俺はもう貴方に縛られずに生きていきます。貴方に自由に動く権限をもらいましたし。俺はもう貴方を諦めます。……きっとしばらく引きずると思いますが、どうせそのうち消えるでしょう」
アッシュの黄金色の瞳が細くなる。
これは本当に怒っている時の顔だ。
「貴方は王子と結婚をし、俺は別の女性を見つけて結婚する。それでお互い別の幸せを見つけましょう」
淡々と告げられる言葉。私はボロボロと涙をこぼして、何も言えなかった。
自業自得だ。
彼の思いを拒み続け、薬まで盛ってしまった。
「では、次に会う時は、普通の家族として会いましょう。……さようなら。ローゼリア様」
「い……ぁ……」
好きというつもりだった。
でも、ここまで拒絶されて、好きなんて言えなかった。
好き。好き。アッシュが好き。
アッシュはそう言って去ってしまった。
私は彼の後姿に、小さな声で「……すき」と言った。
その言葉は、もう彼には届かなかった。
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