愛している証明(7)SideL
私たちはアッシュの部屋で話をすることになった。
ローゼリア様がアッシュのことを好き好き大好き超愛しているんだけど、これまでの関係が狂ってしまうんじゃないかと、うにゃもにゃしていると。
そこまではいい。もううっすらわかりきっていたことだから。
問題はアッシュの心の闇だ。
昨日の話し合いの時も、過去の話を聞き出した時の顔。嫌悪感丸出しだった。
いままで相当恐ろしいものを見てきたに違いない。
きっとゲームでは描かれない壮絶な部分を。
特にヴィンセントルートなんてひどいといったら……。
そんな彼が抱えている闇。それがまともな闇なのか、異常な闇なのか。それを知りたい。
もしも後者なら、私は彼とローゼリア様の恋を応援しない。
どんな手段を使ってでも彼と引き剥がす。
ローゼリア様に借りて、監視役の第三者を持って、私はアッシュの部屋の扉を開いた。
アッシュの部屋には、必要最低限のベッドや机等の最初に置いてある家具のみで、他にはなにも置かれていなかった――いや、枕元にローゼリア様の幼い時の写真が置いてあった。
「……失礼します」
私はアッシュの部屋に足を踏み入れ、ダッシュでローゼリア様の幼い頃の写真を取りに行った。
「あっ、ちょっ! くそっ!」
アッシュが扉を締めている瞬間だったので、彼も油断しきっていた。馬鹿め。
そこに映っていたのは、金髪の妖精さんだった。
「ぐはぁ! ローゼリア様幼少期からこんなに可愛かったんですか? もうこれは国宝レベルですよ……もっとないんですか?」
「あるけど……」
「見せてください」
「……嫌だよ。大事なアルバムによだれを垂らされたくない」
アッシュは本気の嫌悪感をこちらに向けてきた。
うん。なるほど。
あとで探し出すか、ローゼリア様に直接見せてもらおう。
そして焼きましして、部屋にポスターとして貼ってみよう。
「意外とシンプルな部屋なんですね。もっとローゼリア様の肖像画とか、写真とかがベタベタ貼ってあるかと思いました」
「ロゼがいつでも入れるようにしたいから。……それで、君の本当の用事は俺の部屋をのぞくことじゃないだろう?」
「えぇ。あなたのことを知りたいんです」
私はにやりと笑ってみせた。
すると、彼は心底嫌そうな顔をした。本当に彼は自分の大好きなお嬢様以外には結構素直な顔を見せるんだなと思った。
「ぶっちゃけ聞きます。私がローゼリア様の部屋を入るまで何をしようとしていたんですか?」
「どうしてもわかってくれないようだから、わからせるためのキスを少々」
「『キスを少々』なんて聞いたことない単語を言わないでください! というか、今までローゼリア様に手を出したりしてませんよね?」
「それは、ループ前も含めて?」
ぞくりと、背筋に寒気が走った。彼の黄金色の瞳がすっと細くなる。
「いいえ。今の世界で、です」
「……口には二回だけ」
――してんのかーーーい!
そりゃこのわんこのような従者がキスくらい我慢できるとは思ってなかったけど、もうしちゃったのかい。
「ちなみにそれはいつ?」
「君に言う必要が?」
「ローゼリア様にアッシュ様はケダモノだと吹き込みますよ」
「……ロゼが10歳の時。俺が13の時」
それを聞いた瞬間、ほっとした。
小さい頃のキスなら、ごっこ遊びの一環だろう。
なら私の可愛いローゼリア様はこの獣にまだ食べられていない。
「あと、無茶振りされた時のご褒美に頬にキスをたまにしてもらうくらい」
「なにそれ私もしてもらいたい!」
ぶっと鼻血が出そうになった。
きっとローゼリア様はぷるぷるしたチワワのような感じで迫ってきて、ちゅっとほっぺにキスしてくれるのだろう。
あぁあああっ! 考えただけで身悶える。私にもしてほしい。
「……で? それ以上は?」
「してないよ。俺も本気で拒絶されたくないからね」
「ふむ」
ということは、強引な手は使いたくないと。
でも、なんかひっかかる。
アッシュに6周目のループについて聞いた時、彼は言葉を濁していた。
『お嬢が死なないように、この周囲から隔離させました。名目上では亡くなったことにして、塔で過ごしていただきました』
――これである。
「ずばり聞きますけど、6周目、7周目、貴方はローゼリア様を監禁していたのではないですか?」
私が聞いた瞬間、彼の眉間がぴくりと動いたのを見逃さなかった。
「黙秘権を使ってもいいかな」
「それはイエスと認めると?」
「いや、君の想像に勝手に任せるだけだよ」
――こいつ絶対ローゼリア様を監禁してやがる!
私は確信した。
二次元ヤンデレ大好きっ子だった私の直感だけど、こいつは黒で間違いない。
つまり、最終的に詰まったら監禁する可能性も有りと、私の中でアッシュの要注意人物度が上がった。
「ローゼリア様を監禁したいという気持ちはありますか?」
「俺以外の誰も見てほしくないという想いはあるね」
「ローゼリア様が貴方を拒絶したり、逃げたり、遠くに行こうとしたら?」
「その時は説得して、一緒についていくか――うん。そういう感じかな」
こいつ最後をぼかしたけど、俺から逃げるなら閉じ込める気満々なやつだ。
なるほどなるほど。
何年も片思いをこじらせると、人はこうなるんだなぁ。
これはローゼリア様も手を焼きそうだ。
「では逆に貴方を好いてくれていたら?」
私が尋ねると、彼は固まってしまった。
――え?
じわじわ、彼の顔が赤く染まっていく。耳まで赤く染まった瞬間、彼は自分の口元を手で抑えた。
「それは、嬉しくてたまらないけど……」
――ん?
思った感じと違う。
ローゼリア様は俺のことを好きで当たり前、みたいな反応が返ってくるかと思ったんだけど。
「ずばり、ローゼリア様があなたの思いを受け入れたら、あなたは何をしたいですか?」
「……え、セッ――」
「けほんごほん、ちょっとこの星靴の物語は全年齢向けなので、直接的な言葉は控えていただきましょうか」
恐ろしい単語が出そうだったので、食い止めた。
いや、そりゃアッシュも年頃の男の子だし、そりゃそうか。
「……いや、本当は触れるだけでもいいんだ。……手を繋ぐだけでも良い。キスだって、させてほしいし、……彼女からしてほしい」
アッシュは真っ赤な顔でそう言った。
――ピュアヤンデレキターーーーーーーーーーー―!!!!!
私の頭の中ではわっしょい祭りが始まっていた。
あぁ、なるほどなるほど。自分からはぐいぐいいくけど、押されたら、弱いタイプなのね。ふむ。
私の中のヤンデレ図鑑を開く。
こういうタイプのヤンデレは、現在ではまだ無害。
……でも、相手が本気で拒否した時、実力行使に出るタイプのヤンデレだ。
ローゼリア様のあの様子だと、うん、時間の問題だろうなと思った。
「キッドくん。どう思います?」
『ボクはこの二人の関係を見ていて、毎日砂糖吐きそうだよ』
「いや、本当にありのままを言ってくれましたね。ありがとうございます」
本当に。
この両思いなのにうまく言えない拗らせた関係。
好きあってるのに、好きって言えない関係……くそ、萌える。
「……ひとつ、ご提案があります」
「なに?」
「私が少し協力してあげます。貴方の恋を。……でも、ローゼリア様の嫌がることを無理やりしないと誓ってください」
「……………………どこまでならセーフなわけ?」
どこまで!? まさかそんな言葉が返ってくるなんて思わなかった。
「……んーーーーーッ! キスまでで」
と言うしかなかった。
「おっけー。それなら今まで通りだし、構わないよ」
「……あと、もう一つ。転生者だからわかるヒロインの立場で、ルートを一つ潰してあげます。そのための交換条件を申し立てたいです」
「まぁ、どのルートのことかは知らないけど、エドワードとヴィンセントと派生ルートは潰したよ」
「それ以外ですね。わかりました。やってやりましょう」
「じゃあ、交換条件は?」
「……ローゼリア様の幼少期の写真を、焼き増しでください」
「……………………」
絶対零度の目で睨まれた。けれど、私は引かない。
あの天使のようなローゼリア様の写真が欲しくてたまらない。毎日あの写真をみておはようって言って、おやすみって言って寝たい。
「………………わかった」
散々考えて、アッシュは頷いた。
よしっ! これで私の異世界ライフは更に潤う。
『ヒロインとして転生したけど、思いの外、外野の恋愛が楽しかったので、そっちのけで悪役令嬢と従者の恋愛模様を楽しみます!』というタイトルで本を出したいくらいだわ。
「では、私は早速動きます。写真の用意、お願いしますね」
「…………へいへい」
本当に嫌らしい。独占欲本当に強いなぁ。
こりゃローゼリア様も苦労……は、しないな。あのお嬢様、超超超鈍感だし。
私はアッシュの部屋をでて、ローゼリア様にキッドくんを返した。
「あ、あの、あの、アッシュに私がアッシュのこと……もにょもにょって言ってない?」
ローゼリア様は真っ赤な顔で慌てて聞いてきた。
きゃんきゃんっ言ってるポメラニアンみたいだ。可愛い。天使。
「言ってませんから、ご安心ください。そういう直接的なのは、本人同士以外に伝えられるというのは野暮ですからね」
「……はぅ」
ローゼリア様は背中からベッドに倒れ込んだ。
「では、私は用がありますので。ローゼリア様、アッシュ様との部屋を繋ぐ鍵は締めておいたほうがいいですよ!」
「……うん」
そう言って、私の目標は決まった。
ローゼリア様とアッシュの恋を応援する!
そのための一番の障害――は、本人同士の意思疎通なんだけど、もう一つある。
それは――フィリックス殿下との婚約関係。
「……さて、私が殿下に話しかけることはできないけど……ヒロインイベントを駆使して、殿下と出会ってお話をしましょうかしら」
フィリックスと話をして、ルートに入るわけではない。ただ、話をしたいだけ。
ヒロイン権限で、どうにかしてやろう。
全てはローゼリア様のために。
「はぁ。またぎゅって抱きしめたいなぁ」
ルーナちゃん、どんどん味が出てきて書いてて楽しくなってきました。
ロゼだとぼんやりぼかしていたところを、ぐいぐい突っ込んでくれます。
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