愛している証明(1)SideR
いつか、いつかもう忘れた遠い昔の記憶。
「ねぇ、なんでフランケンシュタイン博士は、怪物の恋人を作らなかったのかしら」
「またそんな話をするんだね。お姫は」
学園内に鳥かごのような温室がある。
そこには様々な花が咲き誇っている。薔薇も紫陽花も向日葵も山茶花も。季節問わずに咲き誇っている。
その温室の隅に、ヒューゴの実験室がある。
科学部を立ち上げたのも、『魔法』の学校に『科学』は必要ないと却下され、一人ほそぼそと人造人間の制作に没頭しているのだ。
「私は怪物視点で話を見てしまうのよ。あの物語って、フランケンシュタイン博士が怪物の恋人を創ったら、それで怪物は幸せになって、どこかの山奥でひっそり二人で過ごすと思うわ。でも博士は恐怖に負けて作らなかった」
「……君が記憶から『創り出して』くれた本だよね。ボクも読んだんだけど……ボクは博士の気持ちが少しわかるな」
「でも貴方は自分の創ったアンドロイドを作ろうとしてるじゃない?」
「……うん。でも同時に恐怖も感じているんだ」
「なんで?」
「なんでかといわれると、そうだなぁ。たとえばこのアンドロイドが完成した時は、ちょっと怖いと思う。人間と同じものをこの手で生み出すなんて、それは神の領域だからね」
「……あら。でも女性は、妊娠して十月十日で子どもを産むわ。その理論だったら女性はみんな神様よ」
「……ややこしいちゃちゃをいれるなぁ、お姫は」
眉間に皺を寄せたヒューゴをみて、私は笑った。
「たとえば、博士は怪物が美しかったら、彼を受け入れたのかしら」
「それはそれで、怖くて受け入れられないと思うよ」
「……なんで?」
「不気味の谷っていう言葉があるんだけどね。機械を人間に寄せれば寄せるほど、不気味に思えるんだ。精巧なマネキンとかちょっと怖いと思うでしょ?」
「確かにそうね……じゃあ、女性が子どもを産むのは許されても、手で創るのは許されないのはなんでなのかしら」
「……道徳の授業だね。ボクは創りたい側だから、きっと他の人達と違う答えを出すと思う」
「どういう答え?」
「人の手で生み出された命は、今いる人よりも優秀な上位種になって、人を滅ぼす可能性があるから」
「上位種?」
「たとえば、撃たれても死なないとか」
「ゾンビみたいな」
「お嬢は本当にゾンビが好きだね」
「例えが思い浮かばなかったのよ。むむ。で、それの何が悪いの?」
「……お嬢もボク寄りの考え方をするね。猿が人に進化したように、いつか人はなにかに進化するかもしれない。でも、そうしたら旧人類はどうなる? 自分よりも上の人がいたら」
「……家畜人ヤプーみたいに、虐げられるかもしれないわね……」
「例が本当に酷いよ……」
ため息をつくヒューゴ。
ヒューゴには私の好きな本を一通り『創って』読んでもらっているから、大体の話の元ネタはわかってくれる。
だからこそ議論のやりがいがある。
「結局、人から何かへと進化する間のボクたちは、それを待つしか無い。新しい人類をボクは創り出せるかもしれないし、産まれるのを待つしかないかもしれない。でも結局は愛がなければ新しい人類だって生きられないんだよ」
「……愛?」
「そう。フランケンシュタイン博士だって、物語に出る盲目の老人みたいに目が見えなかったら、怪物を愛せたかもしれない。そうしたら怪物も恋人を作ってもらって、雪山で二人ひっそり暮らせたかもしれない」
「……ヒューゴはアンドロイドを愛せる?」
「それは創り出してからじゃないとわからないね。でも、産まれてくるからには、幸せを感じて生きてほしいと、思うかもしれないし、おぞましいものを創ってしまったと恐怖するかもしれない。できるなら、前者がいいな」
いつかの昔を思い出す。
あの時のヒューゴはアンドロイドを創り出していた。
そして哲学的ゾンビについて、心がある方が夢があると言っていた。
私はこの世界を生み出した。
言葉を編んで、創り出した。
「ねぇ、ヒューゴ。愛ってどうやったら証明できるのかしら」
「おや。お姫は愛されたことがあるだろう? 両親に抱きしめられたり、好意を向けられたりしたことがあるだろう?」
「……でも、この世界の人たちは私が創った人たちよ。
『私を愛している』なんて言われても、わからない。私が設定した感情なのかもしれない。本当の私は誰にも愛されていないかもしれない」
「……お嬢は愛されるのが怖いんだね」
「えぇ。愛って、何なのかしら。たとえ愛していると言われても、私が無意識にそうセッティングしたのかもしれない。そんな不確定なものは怖くて受け入れられないわ」
「お姫はこの世界の人を信じられないんだ」
「うん、きっと神様と人はわかりあえないわよ。永遠に」
「……うぅん」
ヒューゴは瓶底のようなメガネを持ち上げて、私の顔をじっと見てきた。
メガネを外したら美しい顔がはっきりと見える。
「お姫は自分で見えない壁を作っているね。愛の証明っていうのはもっと単純なものだと思うよ」
ヒューゴは分厚い手袋をつけたまま、私の両手を握りしめた。
そして、そのまま手をヒューゴの胸元に当てさせられた。
「愛なんて、目で見えるものじゃない。……信じるものなんだよ」
◆
いつか、いつかヒューゴは言っていた。
でも私は信じられない。
だってこの世界は私が創ったおままごと。
そこに登場する人物が、意思を持って動いているのかなんて、わからない。
――私を愛しているなんて、信じられない。
愛しているという証拠が目に見えないから。
※家畜人ヤプーは検索しないでください。
過去編たためなかった……。
ヒューゴは本枠の本編に出てこないのに、対話させると面白いのでちょこちょこ突っ込んでみました。
今回の議論になっている本は
『フランケンシュタイン』『家畜人ヤプー※』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』です。
真ん中以外はオススメの本なのでぜひ読んでください!
気に入っていただけましたら、★★★★★評価お待ちしています。
またアルファポリス様等にてランキング参加もしておりますので、
広告の下にあるボタンをぽちっと押して頂けると励みになります。
コメント・感想・誤字脱字報告も随時募集しております!是非ともよろしくおねがいします!




