敬愛している証明(1)SideA
初期アッシュ視点の過去編です。
悪い夢を何度も見た。
主人であるローゼリアが、斬首刑にあう夢を。
俺は知っていた。彼女は何もしていなかったことを。
ルーナとかいう女がまず王妃になった。
ローゼリアは愛妾となった。ルーナはローゼリアに全てを押し付けて、悪事も働かさせた。
そして、ルーナに魔法で危害を加えようとしたという罪を『捏造』されて、彼女は断罪された。
あの、斬首の音が忘れられない。
「あれ……」
目が覚めた時、俺は涙を流していた。
怖い夢だった。二度と見たくない光景だった。
身体を動かすと、いつもと何かが違う。全体的に小さい。
鏡を見つめると、俺は13歳の姿に戻っていた。
時間が巻き戻ったのか、俺だけが巻き戻ったのか。
ここが、俺が13歳の頃の世界なら――と、俺は慌ててローゼリア様の私室に向かう。
無礼だけれど、ノックもせずに、そのままドアを開けた。
そこには金色の髪の少女――ローゼリア様が幼少期の姿で佇んでいた。
幻かと思った。
陽の光を浴びる彼女は、まるで妖精のようで。
金色の髪がキラキラと光り、宝石のようにキラキラとした青い瞳が俺を見つめた。
「ローゼリアお嬢様っ!?」
勢いで抱きしめてしまった。
ある。いる。ここに。ローゼリア様が。俺の主人が。
熱を感じる。吐息を感じる。鼓動を感じる。
幻ではなく本物のローゼリア様が、俺の目の前にちゃんと存在している。
「……ところで、貴方、誰なの? 名前を教えてほしいわ」
お嬢様は、小鳥の声のように、可愛らしい声で尋ねてきた。
「――俺はアッシュ。アッシュ・ウイル・ウォルフガングです。貴方の従者です」
俺が名乗ると、彼女は背伸びをして、俺の頭を撫でてきた。
「な、なんですか?」
「いや、貴方が泣いていたみたいだから」
「俺は男だから泣きません。でも――本当に夢でよかった」
◆
ローゼリア様は俺にとって主人であり、友人でもあった。
俺は彼女の遠い遠い筋の親戚であるが、あまり裕福とはいえない家で育った。だから家族からクライン家に奉公に出されたのだった。
クライン家の旦那様も奥様も、お嬢様にいい友達ができるわと喜んでくださった。
お嬢様はとても聡明な方だった。
妃教育のためといって、たくさんの本を読んでいた。
「元々、本を読むのが好きなの」
ローゼリア様はそう言って、明るい笑顔を浮かべた。
この人が、将来またあんな目に合うと考えるとゾッとした。
なんとしても守り抜かないと。そう思って俺ができることをした。
魔法は勿論、剣術。武術。全て稽古をつけてもらいながら、主人を守るために努力を重ねた。
全てはローゼリア様を守るために――
お嬢様の部屋に行き、紅茶を振るまう。
まだうまく淹れられないから、渋みがでたり、逆に薄すぎたりするけれど、それでもお嬢様は美味しいといって飲んでくれた。
「ねぇ、アッシュ。毎日泥だらけで傷だらけで帰ってくるけど、何をしているの?」
お嬢様は俺の顔を覗き込みながら言った。
「ちょっと、いろいろと」
「悪い人にいじめられてたりしない? 大丈夫? もしアッシュをいじめるやつがいたら、私がぶん殴ってやるわ!」
「お嬢様が、ぶん殴る……ですか?」
令嬢とは思えない発言で、俺は唖然とし、思わず笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。俺は男ですから。自分の身は自分で守ります」
「男とか女とか、そんなのは関係ないわ。アッシュ、服を脱いで。傷口をみるから」
といって、お嬢様は無理やり俺のシャツに手を伸ばしてきた。
「ちょ、ちょっ、ちょっと! お嬢様っ!?」
俺は慌てて逃げて、シャツを押さえた。
とんでもないことをするお嬢様だ。
「……剣での切り口が多いわね。まだ治ってないものもあるみたい。これじゃ動くたびに痛いでしょ?」
「まぁ……でも耐えきれないほどではありませんし」
「意地っ張り」
お嬢様はそう言って、頬を膨らませた後、俺の胸元に手を当てた。
「《治癒》」
そう唱えた。
すると身体の痛みが消えた。傷口だけでなく、体力も戻ったし、筋肉痛も治った。
「すごいっ! すごいですね、お嬢様! 回復魔法なんて上級魔法使いしか使えないのに。
「……あ」
やってしまった、という顔を浮かべたお嬢様。
「アッシュ、お願い。私が回復魔法を使えることは黙ってて!」
「え、でもすごいことですよ! 旦那様や奥様にお伝えしたほうが――」
「ううんっ! 私は静かに、平凡に過ごしたいの! だからこれは二人だけの約束にしてほしいわ!」
お嬢様はそう言って、薬指を立てて、俺のほうに手を伸ばした。
「なんですか?」
「約束のおまじない。アッシュもこの小指に自分の指を絡めて」
「は、はい……」
お嬢様の手は思ったよりも白く、細く、小さかった。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」
「ぶ、物騒な詩を歌いますね……」
そしてまたお嬢様は「あ、やっちゃった」と小さく呟いた。
◆
それから5年後――
ローゼリアは魔法学園に進学した。
俺は2年前に入学したから、ローゼリアは2個下の後輩ということになる。
「制服、似合ってますね、お嬢」
――気安く呼んでいいわよと、お嬢様に言われたから、俺はお嬢様のことを「お嬢」と呼ぶことにした。
「ちょっと胸元がきついけど、仕方ないわね。ねぇ、アッシュ。今の私、ちゃんとお嬢様に見える?」
そう言ってお嬢はくるりと一周回ってスカートの端を掴んだ。
可愛かった。そして綺麗だった。
でも素直に褒めるのが恥ずかしかった。
「……うーん。ちょっと、胸が出すぎじゃないですか?」
「どこみてんのよ! 変態!」
そう言って、ローゼリアは俺のことを足蹴にした。
夢の中の時よりも、ずっとローゼリアは笑顔が多くて、生き生きとしている。
何よりも、楽しそうだ。
俺はこの笑顔を一生守り抜きたい――そう思っていた――のに。
学園を二人で登校した時――なびく銀色の髪を見つけた。
――ルーナ・アリス・ハリソン。
脳裏に焼き付いている。あの銀色の髪。夕日色の瞳。
……あいつが全てをめちゃくちゃにした。
「どうしたの? アッシュ。怖い顔をしているわ」
「…………いえ、なんでも無いですよ」
ルーナのことは夢の中の出来事だと思っていた。
でも、こうして彼女は存在している。
もしかして、あれは夢じゃなくて、本当に起こったことなんじゃないか。
でも、そんなこと誰にいっても信じてもらえないだろう。
妄想だと馬鹿にされて終わりだ。
とりあえず、あいつとフェリックスをくっつけないようにしないと――
そう思って、俺はお嬢とルーナを近づけさせないように。フェリックスとも接点がないように、動き回った。
けれど、気づけばルーナはフェリックスではあく、彼の側近である騎士と恋愛関係に堕ちた。
それなら夢の通りにならない。
そう安心していたのに。
またロゼは死罪になった。
騎士とベタベタするルーナに嫉妬して、魔法を暴走させた。
そしてそれをルーナが反射させてしまい、王子が大怪我を負う被害が出た――らしい。
詳細は見ていないからわからない。
でもお嬢はそんな人じゃない。
なにか別の理由があるはずなのに。
そしてまた斬首台にのぼるローゼリアを見た。
ひどく痩せて、目も淀んでいる。
そして罪状を読み上げられた。
その間――ずっとローゼリアは俺を見つめていた。
そして、小さく口を動かした
あ、り、が、と、う。
こうしてまた俺は主人を失った。
音が、斬首の音が。彼女の笑顔が。彼女の最期の微笑みが忘れられない。
俺は自分で首を切って、死んだ。
――そして、また目覚めた。
13歳の姿で。
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