心と意識の存在証明 SideR
ループ初期のロゼなので、頭がいいです。
――はじめに『言葉』があって、次に『光』が生まれた
いつか、いつか、遠い昔のようで、近いような記憶。
私は科学者の『ヒューゴ』に尋ねたことがある。
「ねぇ、哲学的ゾンビについてどう思う?」
「また急な問いかけだなぁ」
ヒューゴは分厚い瓶の底のようなメガネをくいっとあげて言った。
彼の茶色の髪は、ぴょんぴょんとはねている。
羽織っている白衣も、煤汚れていた。
彼は魔法のある世界で科学を追求する、いわゆる変人なのだ。
だからこそ問いかけた。
『哲学的ゾンビ』
死んだ人が墓の中から生き返るゾンビとは違うもの。
アンドロイドとも違う。
哲学的ゾンビは人である。
『哲学的ゾンビ』は笑ったり、怒ったり、泣いたりする。
けれど、楽しいと思ったり、怒ったり、苛々したり、悲しいと思ったりしない。
”意識”のない存在。
ゲームでいうところのNPCのようなものだ。
私の創ったこの世界で生きている人たちは、果たして『哲学的ゾンビ』ではなく、本物の感情をもつ人なのか。
私は『創造主』なのに、それがわからなかった。
「ボク的には、哲学は科学と専門外だからなんとも言えないなぁ、もっと専門的な人に聞くべきじゃないのかな?」
「あら、私は貴方がこの世界で一番答えに近い人だと思ってるから尋ねたのよ?」
「……うーん。ボクなりの答えでいいかな」
「ええ。聞いてみたいわ」
「ボクは、アンドロイドを創った。名前は”ハル”。この子には意識があると思っているよ」
「どうしてそう思えるの?」
「……うーん。信じたいんだよね。心を持ってくれているって」
「つまり、科学的証明はできないのね」
「また分野が違うからねぇ。でも、そっちのほうが夢があると思わない?」
ヒューゴはそういって、目を輝かせていた。
「だって、ハルはボクが創ったアンドロイドだ。
でも子供のような存在だと思ってる。だから、自由に動いてほしいし、喜びも悲しみも痛みも怒りも、全部感じて生きてほしい」
「それは願いね」
「そうだね。だって、この証明は誰にも出来ない。
ボクがハルと同化するしか方法はない。それは危なっかしい」
「……うん。魂の同化なんて、危なっかしいわ。もし同化できたとしても、個体と個体が融合して、また元の個体に完全に戻れる可能性は不明だし」
たとえば2つのねんどをくっつけてみる。こねてこねて、一つにする。
すると2つは融合する。
けれど、それを元に戻せと言われたら、それはとても難しい。
「だから証明は難しい。それに例えば一人が哲学的ゾンビじゃなかったとしても、他の人が哲学的ゾンビじゃないという可能性は0じゃない。キリがないんだよ、この議論は」
「むむむ……」
「まぁ、全部を考えるから頭がこんがらがるんだよ。科学者や哲学者はそれを証明しないといけないから、難しいんだけど。お姫は別にそこまで研究したいと思っていないんだろう?」
「ええ。ちょっと気になったくらいよ」
「なら、さ、この世界独自の考え方でいこうよ」
「……?」
「信じるんだよ。この子は哲学的ゾンビなんかじゃないって」
「……そうしかないわよね」
ゲームのシナリオどおりに進むキャラクターたちに、正直私は寒気がしていた。
本当に彼らは『自分の意志』で結ばれたのだろうか――と、不気味でたまらなかった。
そしてこの世界の運命に導かれて、私はやっぱり破滅する。
確定した未来。
……でも、確定したと決めたのは誰?
――それは私だ。
何度も世界を繰り返して、この世界は『王子ルート』とか『騎士ルート』とか、そういう物語を本のようにまとめて閉じた、ゲームだ。
「……ねぇ、ヒューゴ。また一つ、仮説を作ったの。聞いてもらってもいいかしら?」
「ええ、どうぞ。『創造主』様」
彼は私を『創造主』だと知っている。
この世界の話を一番理解してくれそうな彼を味方につけたかったからだ。
「この世界をいま、確定させているのは私よね」
「知らないよ。ボクは世界を行き来できない。君と一緒に新しい世界に行くことはできない。だから、観測して確定させているのは、君だけだと思うよ」
「じゃあ、観測者が二人、三人になったら、どうなるのかしら」
「……少なくとも、君の精神的な負担は消えるよ。でも……そうだね、それはややこしいことになると思う」
「どうして?」
「君の見える世界と、他人の見える世界は同じとは限らない……から?」
ヒューゴも話していて、一個の仮説に気づいたらしい。
「あら、それこそまた話が最初に戻っちゃうわ。他人の見える世界が別世界なら、他人も意識を持っている証明になる。哲学的ゾンビのお話は解決だわ」
「『創作者』様にしかできない証明方法だね」
元々世界は、人と人の見えているものがあって、それが一致して確定する。
だから『創作者』は最初に《言葉》を作った。
そして次に《光》を作った。
するとどうだろう。
私が『光』を、誰かに説明することができる。
魔法も同じだ。
《火を》と唱えて、観測して、それが魔法として顕現される。
そうして、たくさんの共有をして世界は作られる。
この世界の登場人物はNPCじゃないのか。
証明をするためには、もうひとりの観測者を選ぼう。
「ヒューゴ、貴方は観測者に興味はない?」
「お姫に振り回されるのは勘弁してほしいね」
へへ、と笑うヒューゴ。
「ボクはボクで世界を創る。神様側になりたいんだ。だから現在の『創作者』である君の手は取れない」
「あら、残念」
きっと彼となら色んな議論を交わせただろう。
けれど、たしかに彼は生命を創る。神様側の人間だ。
もっと、もっと私の心をかき乱してくれる人がいい。
私の側に忠実にいてくれる人。
それなら、この物語の鍵を握る人物ではない人がいい。
「……嫌な顔で笑うね。ロゼ」
「あら、ひどい。これでも私は淑女なのよ」
「淑女というよりーーまさに悪役令嬢の顔だよ」
「ふふ……じゃあ、配役通りになっちゃったわね。ねぇ、ヒューゴ。また困った時に私の議論に耳を傾けてね」
「その時のボクは、今のボクじゃないけど、お姫の面白い話ならいつだって喜んで受けると思うよ」
ヒューゴはそう言って、カチャカチャとネジを回した。
また新しい魂を創るのかしら。彼はそういう『役割』だから。
「フェリックスとルーナが結ばれたから、もう少しでこのお話はおしまい」
本を閉じれば物語は終わる。
「……私は今から、今までのループの記憶を消すわ。そして、最初から始める。それなら、もっと純粋な顔で笑えるかもしれない」
「結果は変わらないと思うよ。だって君が作った世界だもの」
呆れ果てたようにため息をつくヒューゴ。
「ーーええ。だから、『観測者』を変えるわ。私じゃない、他の人に」
私は目を瞑る。暗い世界の中で、私は呟いた。
「《再構築》」
【科学者】ヒューゴ・スミス 17歳。ローゼリアのことは『お姫』と呼んでいます。
ローゼリアはお馬鹿設定ですが、頭がいい設定です(ややこしい)




