ヒロインと悪役令嬢(7)SideA
ひとまず、今日はそこで話が終わった。
気づけばもう時計が22時を回っている。
「じゃあ、ひとまず解散っつうことで」
俺は羊皮紙を丸めた。
「えぇ……大丈夫ですよ、私、寝間着を持ってきてるし、こうやって考えてるのが好きですから!」
「だーめーです」
ルーナは居座ろうとしたけれど、俺はそれを止めた。
でも……と頬を膨らますルーナを諌めたのは、意外にもローゼリアだった。
「ごめんね、ルーナ。あの……ちょっとアッシュと二人で話したいことがあるの。だから、今日はおひらきで」
そうして、ローゼリア破滅回避会議、第一回が終わった。
ルーナとの対話に集中していたからか、ロゼの顔色をきちんと見ていなかった。
ロゼは……何故か寂しそうな顔していた。
「……お嬢、ごめんなさい。辛い話をしてしまって。怖かったでしょう」
俺はロゼの手に触れる。彼女の手は冷たくなっていた。
「大丈夫よ。だってシナリオを書いたのは私だもの。ある程度わかってたし……」
ローゼリアは言いよどむ。
そして顔を上げて、俺の目をはっきりと見つめてきた。
青い宝石のような瞳が俺を見つめている。
「……私、アッシュに黙っていたことがあるの」
ロゼはそう言って、俺の手の上に、もう片手を重ねてきた。
◆
「私、しばらく熱でうなされてたでしょ」
「そうですね。まだ熱がありますか?」
「……ううん。大丈夫。ただ、その時に思い出したことがあるの」
どくんっと、心臓が跳ねる音がした。
「……何を、思い出したんですか?」
「えっと、なにから言えばいいのかな……。たくさんのことを思い出したわ。たくさんのローゼリアの末路を思い出したの」
「たくさんの?」
「ほら、3年前、吟遊詩人が言ってたこと、覚えている?」
『ぐるぐると、廻っている。自覚ある分も、ない分もあるみたいだけど……10や20じゃない。100は軽く超えている……』
そういえば、そんなこともあった。
「アッシュは今回のループで8回目って言ってたよね。
……でも、私が思い出したのは、10回や、20回じゃなくて、もっと。それこそ頭がおかしくなるくらい、たくさんのローゼリアの死を。
そして、その度にいつもアッシュは助けてくれて、ローゼリアを守ろうとしてくれていたこと」
「……なんで、思い出した時に教えてくれなかったんですか?」
俺は彼女に尋ねた。
すると、困った顔で
「怖かったから」と返ってきた。
「俺のことが怖かったから、ですか?」
「あ、いや、違うわ。そんなんじゃないわ。アッシュは怖くないわよ。だって、どの世界でも貴方はローゼリアの味方だったもの」
「じゃあ、なにが――」
「……私は」
ロゼの声は泣き出しそうなほど弱く、震えていた。
「貴方の助けたいと願っている『ローゼリア』じゃないかもしれない」
「……いいえ、貴方はローゼリア様です。俺が7回、いや、もっとかもしれない。何度も助けようとしました」
「私は異世界から来て、ローゼリアになったわ。最初からローゼリアだったわけじゃない」
「そんなのわかっています。俺は『創造主』である貴方に従事しているんです」
「……そう、ね」
何を言っても、ロゼには響かない。届かない。
絶対に超えられない境界線が引かれている。
「そう。私の大事な従者のアッシュ。
そして、私を助けてくれる友人のアッシュ。
……貴方の感情は『私が創ったもの』だわ」
ロゼは――創造主は悲しそうに笑った。
「最初に転生した時、私に寄り添ってくれる友人がほしいと思った。
それが従者のアッシュだった。
私はあなたを巻き込んで、何回も何回も世界を繰り返した。
どの世界でも、強制力があって、ローゼリアは破滅する。
けれど貴方と一緒に繰り返すことで、私はなんとか自我を繋いでいた。
でも、それは私のワガママで、貴方にはいつも負荷をかけてしまった……」
「どういうことです……?」
「繰り返し、何度も死んでしまうローゼリアを見て、どう思った?」
「……辛かったですよ」
「そうよね。それを何回も、何回も、ずっと繰り返させてしまった。
私が幸せになるために、貴方を利用してしまった。
だからまず先に、貴方が壊れた。そして私は貴方の記憶をリセットしたの」
「……それが、8回前の頃ですか?」
「ううん。それよりも前。貴方は何度も壊れた。私も何度も壊れた。私は償いとして、貴方に力を『付与』した。自由に動けるように。どこにでもいけるように。シナリオなんて気にしないように。……なのに、貴方は『ローゼリア』の側にいてくれた。本当にありがとう」
「そんな……今生の別れみたいに言わないでください」
「そう聞こえるかしら。……うん。まぁ、そんなものなのかもしれない」
ロゼの口元は笑っているのに、目からは涙がこぼれ落ちていた。
「貴方の感情は私が『設定』したもの。私が『創った』もの。偽物なの」
「違うッ!」
目の前にいる彼女が愛おしい。
でも、彼女は『創造主』だ。彼女が言う通り、この気持ちは作られたものなのか?
恋い焦がれる気持ちも、愛おしさも。
貴方を思うことで世界が輝いてみえたのも。
それを与えてくれた貴方が、否定するのか。
俺はベッドにロゼを押し倒した。
「俺は貴方を慕っています。ずっと、ずっと。何度繰り返しても、貴方だけを想ってきました……想って、きたんだよ。ロゼ……」
お願いだ。
否定をしないでくれ。
「ありがとう。アッシュ。……私は、貴方が好きよ」
ロゼは俺の首に腕を回して、キスをした。
この8回目の世界で、初めてのキス。
こんな形でしたいとは思わなかった。
「……アッシュ。どうか、もう『ローゼリア』から解放されて」
そう言って、ロゼは目を瞑った。
駄目だと思った。これ以上口に出させてはいけないと、俺は口づけを重ねる。彼女に言葉を紡がせないように。
「んっ……ちゅっ、んんっ……」
彼女は顔を赤くして、抵抗する。
けれど俺は彼女の身体を離さない。
もう逃さない。
俺から離れさせない。
学園が何だ。世界が何だ。ヒロインが何だ。悪役令嬢が何だ。『創造主』が何だ。
俺は俺で、主人は『貴方』だ。
6周目と同じ道を辿ろうといい。薬漬けにして、俺のこと以外を考えられないようにしてもいい。
俺から離れるなんて、絶対に許さない。
絶対に逃さない。離さない。
その瞬間、ひやりとしたものが、俺の腕に触れた。
短剣だった。
彼女はそれを――俺じゃなく、自分の首元に当てた。
俺は慌ててその短剣を取り上げた。そして、彼女から身体を離してしまった――
「……《再構成》」
『創造主』である彼女でしか使えない魔法を、ローゼリアは呟いた。
……ラブコメです。
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