ヒロインと悪役令嬢(2)SideA
ヒロインちゃんとの対話後、ロゼは三日ほど寝込んだ。
念の為、治癒魔法をかけたけれど、ロゼの熱は下がらなかった。
ウイルス性の病気・体調不良ならこれで治るはずなのに、治らないということなら――
「知恵熱ですね、お嬢」
俺がそう言うと、ロゼはベッドの上で寝込みながらうんうん唸っていた。
いつもなら『うるさい』と軽口を叩いてくるのに、今日はない。
相当頭を使ったんだろうなぁ、と思った。
「お嬢、なにか食べたいものはありますか?」
「おかゆ。梅干しのったの。たまごも落としてほしい」
「へいへい」
梅干し――それはいつだったかの世界で、ロゼが風邪を引いたときに欲しがったものだった。
そんなものはこの世界にはないので、梅の実に近い極東にある杏を使って、塩とはちみつと酒で漬け、天日干しにしたものを常備している。
日持ちするし、ロゼが好きなので、よく作っているのだ。
侍女のアニーはいつも『アッシュ……貴方は本当にお嬢様に尽くすわね……』と半分呆れられたことがある。
そんなこんなで、おかゆに卵を落とす。そして鍋蓋で蒸らして、卵を半熟にさせる。
梅干しは小皿に載せて……
「……はやく、お嬢が元気になりますように」
と軽く願いを込めて、完成だ。
「お嬢、できましたぜ」
「……ありがとう」
「起き上がれますか?」
「そのくらいは、うん。大丈夫」
ベッドから降りたロゼはふらついた足取りでソファーに座った。
知恵熱とはいえ、高熱が続いているのだから、身体への負担は大きくかかっているに違いない。
本当はロゼが眠っているときに、ヒロインちゃんと話をつける気だった。
けれど、ロゼが目覚めた時、寂しくないように側にいてあげたいと思って、ヒロインちゃんとの話は先延ばしにしている。
「……アッシュ。いつも、本当にありがとう」
「へ? どうしたんっすか、お嬢」
突然の素直さにびっくりした。
「貴方がいてくれたから、私、がんばることができたわ。ひとりぼっちにならなくて済んだ。全部貴方のおかげよ……」
「いえいえ、俺がお嬢に勝手に尽くしてるだけですよ」
「それがありがたいの……。言葉だけじゃ足りないくらい感謝しているわ。今度、なにか欲しい物とか、してほしいことがあったら言って。お父様に交渉してみたり、頑張ってみたりするわ」
お嬢の目はぼんやりしていた。
まだ熱で浮かされているのだろう。
欲しい物――それはロゼ自身だ。
本当は彼女を独り占めしたい。ずっと俺の目の届く場所にいて、ずっと俺だけを見て、俺だけの名を呼んで、ずっと微笑んでいてほしい。
してほしいこと――それは、もうロゼ自身を独占させてほしい。
好きなときに触れさせてほしい、抱きしめさせてほしい、キスをしてあげたい、キスをしてほしい、抱きたい、すべてすべて、ロゼの全てが欲しい。
欲しい物も、して欲しいことも、六周目のように監禁すれば全て叶う。
――でも、それだと一つだけ失うものがある。
ロゼの笑顔だ。
自由に動き回り、お転婆で俺を振り回すロゼ。何かあった時、嬉しそうに報告してくれるロゼ。
監禁をすれば、笑顔は失われる。
じゃあ、どうすればいいのかがわからない。
どうしたら俺を見てくれる? 意識してくれる? 愛してくれる?
想いを伝えたら、彼女はどう反応してくれるだろうか。
今の状態の彼女に伝えたら、きっとこの関係は崩壊する。
壊れて、離れて、今まで通りではなくなってしまう。それだけは嫌だ。
「はぁ……アッシュのご飯、本当においしいわ」
「そりゃなによりです」
「アッシュは、どこにいってもやっていけるわね」
ぽつんと、ロゼは言った。
「それは、どういう意味ですか?」
「言葉通りよ。私と一緒に破滅の道を辿らなくていいのよ。……私は、貴方を巻き込みたくない」
「俺は巻き込まれたいんですよ」
「……私は嫌よ」
「本当に、お嬢は頑固ですね」
ロゼは知らない。
俺はロゼを失くした世界を見てきた。何度も、何度も見てきた。
もう二度と味わいたくない。
俺は今回の世界で必ずロゼと幸せになると決めている。
それをロゼが拒んだとしても――
絶対に。
「……お嬢。少し休まれてはどうですか?」
「うん。……あ、アッシュ……」
ロゼが顔を上げて、俺を見る。
その目は真剣な目で。何を語られるのか、俺は言葉を待った。
「……なんでもないや」
へへ、とロゼは笑う。
「そう言われると気になりますねぇ」
「……ほんと、なんでもないの。ちょっと弱ってるみたいだから、もうちょっと寝るわ」
「……子守唄は?」
「おねがい」
体調の弱った時のロゼ……本当に可愛い。
そして丸一週間寝込んで、ロゼはようやく回復した。
「あ、あのね……アッシュ、お願いがあるの」
「なんですか?」
「ヒロイン――ルーナと話をしてほしくて……」
「いいですよ」
「えっ」
ロゼは目を丸くしていた。
「いつもなら意地悪で『お嬢、がんばってそのくらいしてください』って言うくせに」
「まぁ、ちょっと今日は機嫌がいいので」
ヒロインちゃんと直接話ができるのなら、丁度いい。
「ただ、条件が一つあります」
「なに? キスネタはもういい加減にしてよ?」
キスはネタじゃなんすけどね……と心の中で呟いた。
「ヒロインちゃんと二人きりで話をさせてください」
「……それはありがたいわ。私も黒歴史の話を直接聞いたら……きっとまた熱を出しちゃうもの」
そうでしょうね、と俺は思ったけど口には出さなかった。
――さぁ、鬼が出るか蛇が出るか。
ヒロインちゃんを見極めてやろう。
気に入っていただけましたら、★★★★★評価お待ちしています。
またアルファポリス様等にてランキング参加もしておりますので、
広告の下にあるボタンをぽちっと押して頂けると励みになります。
コメント・感想・誤字脱字報告も随時募集しております!是非ともよろしくおねがいします!




