星の乙女は魔法の靴で導かれる(8)SideR
今日も朝早くから、アッシュは私に紅茶を淹れてくれる。
この世界に転生してよかったと思うところは、アッシュの淹れたお茶が飲めることだ。
「いい香り。何のお茶かしら?」
「今日はダージリンのファーストフラッシュを取り寄せていたので、それを用意しました。摘みたての茶葉なんで、いつもよりも新鮮な味になりますぜ」
「へぇ……」
……なんとなく思っていたけど、アッシュって結構『茶葉オタク』だなぁ。
いつも紅茶やハーブティーのことになったら、ぺらぺらと流暢に喋るようになる。
でも、そんなアッシュだからこそ、毎日極上のお茶を主に振る舞うことができるんだろうな。
「……なんだか、アッシュの淹れてくれるお茶を飲んでいると、いつも魔法にかけられた気分になれるわ」
最初に目覚めた時もハーブティを振る舞ってくれて、落ち着くことができたっけ。
「まぁ、実は魔法をかけてるんですよ」
「え? ほんとにかけてたの?」
「まぁ、子ども騙しみたいなもんです。飲んでくれる人が幸せになれるように、愛情を込めて、頭の中で詩をうたってるんです」
「へぇ、どんな詩?」
「朝起きたとき、お嬢の髪が爆発してませんように~って」
「し、失礼ね! くせ毛だけど雨の日以外は爆発しないもん!」
アッシュはいつも私に魔法という名前の勇気をかけてくれる。
私が何かを怖いと思った時、いつも側にいてくれた。
そして悪役令嬢として破滅する――そんな運命の私に、なんやかんや言いながらついてきてくれている。
アッシュは私の対面に座って、自分で淹れた紅茶を飲む。
「うん、ちょうどよくできてる」
どうやら淹れた本人も満足な出来のようだ。
「ねぇ、アッシュ。――なんで貴方はいつも側にいてくれるの?」
私はふと思ってアッシュに尋ねた。
アッシュはカチンと固まってしまった。
そして深い深い深い溜め息をついた。
「はぁぁああ……それを俺に聞きますか。あぁーはいはい、そうですか」
「だ、だって、私といても良いことなんてないじゃない。シナリオの強制力が強いなら、私はいつか破滅するわ。貴方を巻き込んでしまうかもしれないし……」
「うーーーーーーーん」
アッシュは腕を組んで、天を仰ぐ。
なんだろう。すごく呆れられているような気がする。
「……貴方が俺を助けてくれたからですよ」
とてもとても小さな声で、アッシュは呟いた。
「……助けた?」
「なーんて。お転婆おっちょこちょいなお嬢のフォローに振り回されてる俺が、お嬢に助けられるなんて、流れ星が頭に直撃するくらい天文学的に有りえませんけどね」
「もう。そうやっていつもはぐらかす」
私は頬を膨らませた。
アッシュは深くため息をついて、また一口紅茶を含む。
そして――
「いつか、気づいてくれればいいですよ。俺はいつでもどこまでも本気ですから」
と、真剣な声で言った。
◆
今日のお昼こそ、ルーナとお話をする。そして仲良くなる!
きっと主人公と仲良くしていれば、他の攻略対象のフラグを潰しやすいはずだから。
「……でも、昨日みたいになったらどうしよう」
私は隣に座るアッシュに語りかけた。
「まぁ、そんときはそんときっすね」
「フォローしてくれる?」
「お嬢がチューしてくれるなら」
「あほあほあほあほ」
私がけなすと、アッシュはケラケラ笑った。
本当にこの従者は、主人をからかうのが好きみたいだ。
そして私は待ち合わせ場所の中庭へ向かおうと、立ち上がった時――
「やぁ」
ひょいっと私の教室にフェリックスが現れた。
「で、殿下。どうしたんですか?」
「いや、僕の愛しい婚約者が、ちゃんと学園生活を送れているか気になってね」
「またまた、お上手で」
アッシュもフェリックスもエドワードも、この世界の男性はみんな気軽に『愛おしい』とか言ってくる。
挨拶のような文化なんだろうなぁ。
……うん、まぁ、私がそういうシナリオを書いたんだけど。対ヒロインだけじゃなく、他の女性にも使うような文化になってるなんて思わなかった、
フェリックスの突然の登場で、教室中で女生徒の黄色い声が響き渡る。
「で、殿下。貴方は目立ちますので……」
「うん。わかってるよ」
フェリックスは笑顔のままだ。
周りの声に動じていない。さすが王子様だわ。
「ちょっとだけ話があるんだけど……」
と、フェリックスはちらっと私の後ろに視線を向けた。
「あー、お嬢お嬢。お昼に先約ありましたよねー」
「そ、そうだけど……」
ルーナとの約束がある。でもここでフェリックスをないがしろにしてもいいのか。
だってフェリックスは王子よ? 流石に先約がありますので~おほほ~と逃げる度胸はない。
「おや、相変わらずだね。アッシュ。いつも僕の婚約者を守ってくれてありがとう」
「いえいえ、殿下。俺の義妹ですから、守って当然ですよ」
なんだか二人の視線がバチバチしている。火花が飛び散りそうだわ。
「あ、あの、フェリックス殿下。それで、用というのは……」
「あぁ、すぐ終わる話だよ。内容によっては長引くかもしれないけど――場所を移そうか?」
「そうですわね。ここでは人目がありますし……」
女生徒、男子生徒、みんなの憧れであるフェリックス殿下。
そんな彼が婚約者と話している内容なんて、そりゃ気になるわよね。
フェリックスに案内されたのは、生徒会室だった。
そういえばフェリックス、生徒会長だったっけ。
中には誰もいない。フェリックスと、私と――アッシュが中に入る。
「おや、アッシュ。君は誘っていないんですけど」
「お嬢の護衛ですから。万が一のことがあったとき、俺は義妹と貴方を守らないといけませんので」
「僕の魔力なら並大抵の刺客は寄せ付けないよ?」
「並大抵じゃない刺客が来たときに、俺が対応しますので」
……なんだかいつも思うけど、この二人、とても仲が悪い。
「フェリックス殿下。あの……お話というのは……」
「ああ、そうだったね」
フェリックスはぽんっと思い出したように、手を叩いた。
「先日、ウォーカーJrと話をしているところを、僕の騎士――レオナルドが見かけたようでして……彼に関して、女性関係であまり良い噂を聞かないから、気になってね」
あぁ、エドワードのことか。
確かに彼は出会ってすぐの時は、チャラ男だった。
けれど話しているうちに、初恋をずっと抱えているピュアな青年になっていた。
「エドワード様とは良き友人として関わっておりますわ」
「なにか触れられたりなどは……」
「髪に少々……それくらいですわ。エドワード様もここ三日ほど女性遊びが落ち着いたと聞きますし……」
「つまり、エドワードとは何もなかったってことだね?」
「はい」
「じゃあこれで、話はおしまいだ。ごめんね。足を止めてしまって。
「いいえ。でもまた御用がありましたら。事前に連絡を入れてくださいませ。生徒の皆さんが驚いてしまいますわ」
「そうだね。ごめん。じゃあ、ローゼリアもお昼に先約があったんでしたっけ?」
「えぇ、そうなんです。なので、申し訳ございませんが、そちらに向かわせていただきますわ」
エドワードは仕方ないね、と肩をすくめた。
◆
「あぁ、どうしよう。もうこんな時間。お昼ごはんなんて食べている暇ないわ! それに、もうルーナはご飯を食べ終わってるだろうし……今更行っても――」
「仕方ないですねぇ、お嬢」
そう言って、アッシュは私を抱きかかえた。所謂お姫様だっこというやつだ。
「えっ!? えっ!?」
「お嬢の短い足じゃ授業始まっちゃいますぜ」
「短いは余計だわ!」
そんな軽口を叩いて――アッシュは唱えた
「《転移》」
すると、あっという間に中庭についた。
中庭に――ヒロインの姿はなかった。
「やっぱりそうよね……」
肩を落とす私、ちょいちょいと、アッシュが原っぱの方を指差す。
彼女はそこで眠っていた。お弁当箱と一冊の本を抱きしめて。
「ルーナ、ル―ナ。そのままじゃ風邪をひいちゃいますわ」
私は彼女の肩をゆする。
「……おはよ、う……ございます……――って、え! ローゼリア様!」
「ごめんなさい。約束を守れなくて……」
「いえいえ、ローゼリア様が気落ちすることではないです。
午後の授業なんてサボっちゃいましょう。ローゼリア様とお茶会をしたいですわ!」
こうして、私とルーナとアッシュはお茶会を開くことになった。
「ところで、ルーナ、本を持っているけれど、読書が好きなの?」
「えっと……はい。哲学とか魔法学の話とかではないんですが……すごく面白くて」
「えっ! どんなお話?」
私はテ―ブルに乗り上げて聞いた。
そしてアッシュに抱っこされ、ベンチへ降ろされた。
ルーナは頬を赤く染め、きらきらとした瞳をもっとキラキラとさせていた。
「『星の乙女は魔法の靴で導かれる』というラブロマンス小説ですわ!」
私とアッシュは盛大に紅茶を吹き出した。
やっとこさ折返しのような気がします。




