星の乙女は魔法の靴で導かれる(6)SideR
翌日の夕方、人が居なくなった教室で、私とエドワードは話をすることになった。
――もちろん、保護者同席の上で。
「うちのお嬢にお触りは禁止っすからね」
まるで番犬のようにガルガルしているアッシュ。
とりあえず彼はそのままにしておこう。
「えっと、貴方はエドワードよね。昔に会った」
「そうだ。このハンカチが証拠だよ」
昨日のエドワードとは全く違う。
目尻は垂れて、柔らかい雰囲気だ。優しく微笑んで私にハンカチを渡してきた。
「……うん。うちの家紋だわ」
私はアッシュにハンカチを渡す。
「間違いないっすね」
アッシュも同意した。ダブルチェックも完了した。
「……あの、エドワード」
「なんだい? 昔みたいにエドって呼んでくれていいんだよ?」
「えっと……それはちょっと……私は一応王子の婚約者だから、周りから変な噂を立てられたらちょっと困るし……」
「あぁ――そうだったね」
エドワードの声が低くなる。
落ち込んでいるんだろうか。なんとなくそんな気がした。
「でも、二人っきりのときはエドって呼んでくれて構わないんだよ?」
エドワードは笑顔で言うけど、います。保護者います。保護者めちゃくちゃ睨んでます。
「えっと、エドワード。あの、聞きたいことがあるの」
「なんだい? 君の言う事ならなんでも聞くよ?」
甘い声でささやくように言うエドワード。色気がすごい。
そういえばエドワードはちょっとお色気なキャラにしたような気がする。
世間を騒がす怪盗だから、色気はあったほうがいいかなと思って創ったんだった。
――まさかその色気を直接浴びるとは思わなかったけれど。
「あの、貴方は『ルーナ・アリス・ハリソン』って子のこと知ってる?」
「……あぁ。新入生の挨拶をしていた子だね。銀色の綺麗な子だった――あっ、いや、君のほうが綺麗だよ?」
いや、そのフォローはいらないんだけども……。
「貴方はルーナに会ったことはない?」
「うん。ないね」
エドワードはきっぱりと否定した。私は戸惑いを隠せなかった。
「あんなに目立つ子なら、忘れるわけがないよ」
「……たしかに目立つ子ではあるわね」
――ってことは、やっぱりエドワードの幼馴染は私なの?
汗がダラダラと流れる。
いや、良いことなのかもしれない。
だってヒロインがフラグを立てる前に、根こそぎ引っこ抜いたようなものだもの。
「ねぇ、エドワード、貴方は昨日『怪盗』ってワードに反応したけど……」
「あぁ、怪盗ね。それなら僕の代で廃業したんだ」
「え? えええええええ!?」
衝撃的な事実だった。
怪盗キャラが怪盗を辞めてしまっていた!?
私は令嬢だということを忘れて、大声を出してしまった。
「ど、どうして……?」
「うーん。どうしてというか、必要がなくなったんだよ。僕の祖父や父は確かに怪盗だった。でも――」
「気分が削がれちゃったとか?」
「……ううん。そうじゃないんだ。今、怪盗をする必要がなくなったんだよ」
「え……?」
ますます意味がわからない。
怪盗をする必要って何?
エドワードの家は義賊だから、お金を目的に怪盗をしているわけじゃない、わよね。
「もしかしたら僕の子孫は、祖先の意思を受け継ぐかもしれない。でも、今は必要がないんだ」
「どうして?」
「うーん。なんて言えばいいんだろうね。悪役がいないんだよ」
悪役がいない?
「僕の家系は、貧しい人達から奪われた金品や絵画を取り返すために動いていた。けれど、今の世はおかしくてね。傍若無人な貴族がいないんだ」
「……そんなことってあるの?」
「僕も最初は思ったよ。でも、民のために動かない、私財を肥やすだけの貴族がみんな改心するんだ。――うーん。いや、改心とは違うなぁ。痛い目を見たっていう言葉が一番合うのかもしれない」
「つまり、エドワードがするはずだった、悪役貴族をぎゃふんとさせる役割を他の人がやっている……のかしら?」
「僕はそうだと思う。だとしたら、裏社会が関わってると思うんだけど……そこまではわからないや」
「いいえ。情報をありがとう」
シナリオが違う。
怪盗役のエドワードが怪盗ではなくなってしまった。
つまり、役割を降ろされたのだ。
一体誰に……?
あぁ、もう頭がこんがりそうだわ。
「とりあえず、エドワードは怪盗じゃないってことね」
「そうだね」
エドワードはニコッと微笑んで、私の髪の一房に触れて、キスを落とした
「でも、君の心を盗む怪盗になりたいな」
「……結構です」
ぐふっ……。
ただでさえ色っぽいエドワードに言い寄られて、正直頭がいっぱいいっぱいだわ。
「ありがとう、エドワード。どうかこれからも良き友人として仲良くしてくれると嬉しいわ」
私はお辞儀をして、その場を去った。
エドワードは止めようとしていたけれど、アッシュに阻まれていた。
◆
私室に戻り、ベッドに寝転ぶ。
「あぁ~わけわからないわぁ~。ここは私の創った世界じゃないの?」
アッシュがベッドの端に腰掛ける。
「お嬢自身はどう思います?」
「……私の創った世界だと思う。でも、シナリオがちょこちょこ違うわ」
「まぁ、お嬢がイレギュラーな動きをしてますしね。10歳の時からエドワードくんを口説いていたなんて、俺は知らなかったですし」
なんか、ちょっとアッシュは拗ねた様子で言った。
「……私も昨日思い出したレベルだもん」
エドワードと会ったことがあったなんて。しかも10歳の頃に1回。忘れているに決まってる。
「でも、いい収穫じゃないっすか?」
「なにがよ。今後のシナリオの想定が全くできなくなっちゃったわ」
「でも、それってつまり、筋書きが絶対じゃなくなったって証拠じゃないっすか」
アッシュに言われて、はっとした。
「確かにそうだわ。エドワードが怪盗の役割から降りれたのなら、私も悪役令嬢の役割を降りれるかも……?」
「まぁ、元々お嬢は悪役って感じじゃないですし。背は小さいから、小動物がきゃんきゃんなにか言ってるようにしか感じねぇですよ」
「――その無礼な言葉は聞き流してあげるわ。
でも、ゲーム内のローゼリアは160cmはあるはずなの。なのに、私はまだ150cmもない……これもそのシナリオ改変のせいなのかしら」
「俺は小さいお嬢も可愛いと思いますけどねぇ」
アッシュはニコニコ笑っていた。
――そうだ。一番この世界に詳しい人がここにいるじゃないか。
「ねぇ、アッシュ。繰り返し前の私は、もうちょっと身長が高かった?」
「そうっすね。今より高かった気がします。胸とお尻は同じくらいですけど」
思わず蹴り飛ばした。
「ど、どこ見てんのよ!」
「いや……そこは男のサガなので許してくだせぇ……」
アッシュは一旦立ち上がり、そういえば――と顎を押さえながら考えていた。
「……なに? なにかあったの?」
「……なんだと思います?」
ニヤリと笑うアッシュ。意地悪そうな顔をしている。
「交換条件でも持ちかけようっていうの? この私に?」
「だって、俺はお嬢に言われたとおりに、ヒロインちゃんの足止めをしたんですぜ。
その苦労も無になったわけですけど。
ちょっとくらいご褒美くらいくれてもいいんじゃないかなぁと」
「うーん。確かに協力してくれたのはありがたいし、これからもアッシュの手を借りることはあると思うから……わかったわ。今回だけ一個だけ、アッシュのお願いを聞いてあげる」
「ありがとうございます!! さすがお嬢!」
「で、要求は?」
「ほっぺにキスしてください」
………………。
「や、やだ!」
「なんでなんすか。昨日はしてくれたじゃないっすか」
「昨日は仕方なくよ! もー! また私をからかっているのね!」
「本気っすよ」
アッシュは私のベッドの上に座る。私は身の危険を感じて、飛び起きて正座した。
アッシュの眼差しは真剣だ。
ほっぺにキス。それで彼の気が済むなら――
「んっ」
ちゅっと、ついばむようなバードキスを頬にした。
顔が熱い。あの時は急いでキスしたんだけど、今は正気で、私からキスをした。
唇ではないけど、ほっぺでも十分恥ずかしい。
しばらくうつむいたあと、アッシュの方を向いた。
アッシュはニコニコ微笑んでいた。
「じゃあ、次は唇にしましょっか」
「一個って言ったじゃない! やだかんね!
調子に乗って二個目も要求しようとしたようだ。
はぁ、気が抜けない。
――って、キスはどうでもいいのよ。
大事なのは、アッシュが『そういえば』と漏らしたことよ。
「で、教えてアッシュ。貴方が感じた意見を」
「ヒロインちゃんの足止めをしているときに、変な言葉を聞いたんですよ。
『こんなの……シナリオに……』って」
「……確かに、悪役令嬢の従者がヒロインを食事に誘うシナリオは無いわね」
私は寝っ転がった。そして、天蓋に手を伸ばす。
……明日はヒロインを昼ごはんに誘ってみようかしら。
なにか情報を得られるかもしれないし……。
「じゃあ、お嬢。俺はいつもどおり隣の部屋にいるんで、なんかあったら呼んでくださいな」
「はーい」
アッシュと私の部屋は繋がっている。
この寮は貴族専用で、主人の部屋の横に従者用の部屋がある。
アッシュはクライン家の養子だから、貴族として自室をつかうこともできるんだけど『使用人室のほうが監視――ごほん、落ち着くんで』って言われたのだった。
明日、ヒロインをお昼に誘ってみよう。
――余談だけど、ローゼリアとの再会をしたエドワードは女遊びを一切辞めたようだ。
理由は『真実の愛を見つけたから』とのことらしい。
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まだまだ続くのでよろしくおねがいします。




