星の乙女は魔法の靴で導かれる(5)SideR
エドワード・ウォーカーJr。
怪盗。
普段はいじめられっ子――の設定だった……はずなのに。
噴水前に来たのは、4人の女の子を侍らかす男だった。
「あら、エドワード様。今日は私とのデートではなくて?」
「いいえ、私がエドワード様と一緒に過ごす約束をしたの」
「私は……夜のお誘いを……」
4人の女の子はみんなくっつき虫のように男にくっついている。
――ああ、エドワードじゃないチャラ男が来たのね、と目線を逸して――もう一回振り向いた。
いやいやいやいや! あの顔!
私が創ったキャラクター、エドワードで間違いないわ!
「えっ? えっ? どゆこと? エドワードはいじめられっ子なキャラよ?」
「ありゃどう見てもいじめられっ子じゃないですねぇ。どう見てもナンパなチャラ男ですぜ」
「アッシュにもそう見える? 私は自分の目がおかしくなったと思ったわ」
「頭の中はいつもおかしいですけどね」
クソ生意気な従者の顎にアッパーを食らわせた。
「……この場合、どうすればいいのかしら」
想定外すぎて、とても困った。
アッシュが背を屈めて、私の顔を見て話す。
「お嬢はどうするつもりだったんです?」
「いじめっ子を追い払って、説教するつもりだったわ」
「……いじめっ子は~、うーん、どこにもいないっすねぇ。帰ります?」
エドワードはいじめられっ子じゃなかった。
――完。
いやいやいや! そうじゃないわ!
私の目的はヒロインとのフラグを折ること。
「もしかしたらここから盛大ないじめが行われるかもしれないしっ!」
「それなら生徒会とかに通報しましょうぜ……」
「まぁそうなんだけど! とりあえず、行くわ!」
「お、お嬢!?」
アッシュが私を止めようとするけど、私は前進した。
「ごきげんよう」
私は自分が創った怪盗キャラ――エドワードに挨拶した。
「おや。見かけない顔だね。新入生の子かな?」
「ええ。新入生のローゼリア・マリィ・クラインですわ!」
私は堂々と胸を張って言った。
後ろから「あちゃー……」とアッシュの嘆く声が聞こえるけど無視する。
とりあえず、とりあえず、とりあえず! フラグを潰さないと!
そのことで私は頭がいっぱいいっぱいだった。
「なんだい? 君も僕に用事があるのかな? 身長は小さいけれど、うん、発育はとてもいいね」
色っぽい声で尋ねてくるエドワード。
こんなエドワード、私は創ってない。
「エドワードさまぁ。こんなちびっ子放っておいて、近くの木陰で……ね」
「私も、私もエドワード様の寵愛を受けたいですわぁ」
頭がくらくらした。
私と齢の変わらない子たちなのに、制服の胸ボタンを外し、大きく露出させている。
だ、だめ! こんな物語だったら、R指定が入っちゃう!
「エドワード・ウォーカーJr。貴方の正体を私は知ってるわ」
「くすっ、何をだい?」
あざ笑われた! くっ!
黒歴史黒歴史言っている私だけども、なんだかんだでこの世界にも登場人物にも愛着があった。
このキャラとはこんな冒険をして、このキャラとはこんなやりとりをしたい、とか夢をたくさんつめこんだ。
でも、目の前にいる男は、私の創ったエドワードじゃない。
私はズビシッっと指を立てて、宣言した。
「エドワード! 貴方は怪盗ね!」
もうやけくそであった。
その瞬間、一瞬だけど――エドワードの表情が無になった。
そしてエドワードは絡みついている女の子たちから、すっと離れる。
エドワードは優しくほほえみ、地に膝をつく。
そして私の手にキスをしようと――した瞬間、私はアッシュに抱き寄せられた。
そして同時にアッシュは風魔法を無詠唱で発動させようとした。
無詠唱での発動。それは力を制御せずに、暴走させる。
――いわゆるバズーカのような技で……。
「うちの主に気安く――」
「ちょ、ちょっとアッシュ、ストップ、ストップよ」
「お嬢、ちょいと目をつむっててください。一瞬で終わらせますから」
「いやいやいや、アッシュの力で無詠唱発動させたら、この学園ふっとんじゃうっ!」
私はアッシュに抱きとめられながら、必死にバタバタ抵抗した。
「許せないんですよ。お嬢の身体を品定めするような言い方も、近寄ったことも。全部」
アッシュの顔は本気で怒っていた。
こんなアッシュ、見たことがない。
確かに『身長は小さいけれど、うん、発育はとてもいいね』なんて下心満載の言葉を言われたけれど、私は特に気にしていない。
まぁ、身長が小さいのは悪役令嬢としての威厳が薄くなりそうで、気にはしているけども。
どうしよう。こんなにも怒っているアッシュをどう収めればいいのか……。
とりあえず気をそらさせないと!
私はアッシュの首に腕を回して、ほっぺにキスをした。
すると、暴走していたアッシュの力が、凪のように静かになった。
「――え?」
アッシュが驚いた顔をしている。顔が真っ赤だ。耳まで赤くなってピクピクしている。
イチかバチかだった。
アッシュはふざけた時によく『チュウしてくれたら考え直しますぜ』なんて言ってたから、勇気を振り絞ってほっぺにしてみたのだけども……。
「ろ、ロゼ……お、お嬢……」
「お、落ち着いた?」
彼の真っ赤な顔を見ていると、私まで恥ずかしくなる。
落ち着かせたかっただけ。他意はない。
でもなんでだろう。心臓の音がやけにうるさい。
「落ち着き、ました……」
アッシュは真っ赤な顔を手のひらで隠しながら答えた。
そして、5秒ほど無音の時間が過ぎた。
その5秒が永遠のように感じられた。
そしてアッシュは私をもっと抱きしめて
「やっぱり落ち着かないので、もう一回お願いします」
なんてふざけたことを言い出したので、脇腹を蹴り飛ばした。
◆
発動しなかったとはいえ、風魔法を使ったあとの残骸が酷い。
綺麗だった桜は全部散ってしまっているし、小さい木の枝が折れて、そこら中に散らばっている。
そして問題のエドワードは、噴水に落ちて、呆然としていた。
どうやらあの状況で、自分の周りにいる女生徒達を庇ったようだ。
軟派なだけの男だと思ったけど、結構紳士的なところもあるじゃない……。
私はつかつかとエドワードに近寄った。そして手を差し伸べる。
「立って頂戴」
「……は、はい」
エドワードはなぜか敬語だった。
私は彼を噴水から引き上げた。
彼はびしょ濡れになってしまっている。春とはいえ、このままだと風をひいてしまう。
「《風よ》」
私はどこかの誰かさんとは違い、ちゃんとした風魔法を詠唱して、彼の服を乾かした。
あ、間違えた。風が土埃を巻き込んでいたからか、服は乾いたけど、泥が残ったままになってしまった。先に水魔法を使えばよかった。
私は彼にハンカチを渡した。
「これで土埃を拭ってちょうだい。私の従者が無礼を働いてごめんなさい」
「……これは」
エドワードはハンカチをじっと見つめ、握りしめていた。
な、何? 汚れてたかしら?
エドワードがバッと顔を上げる。
その彼の顔は満開の笑顔だった。
「ロゼ……ロゼだね、君は」
「……え? えぇ。そうだけど……」
私を愛称で呼ぶ人はあまりいない。
彼は片手でハンカチを握りしめながら、ポケットから布――ハンカチを取り出した。
そのハンカチは、私が今渡したものと同じ――クライン家の家紋が刺繍されたハンカチだった。
「な、なんで同じものを?」
「あぁ、本当にロゼなんだね。よかった、もう一度巡り会えて。もう二度と出会えないかと思った」
エドワードが私を抱きしめようとする――が、やっぱりアッシュに阻止された。
アッシュは私を強く抱きしめる。
「あんた、うちの主の何なんだ」
「覚えてないかい? 5年前、街の東通りの端で――」
はて。5年前。
5年前といえば、転生を自覚した私が、よく外をうろうろしていた頃だ。
そういえば、やたらと身なりの整った男の子が、平民街の裏通りでいじめられていて……。
「あ……」
思い出した。あの時のいじめられっ子だ。
よく顔を見る。笑顔に面影が少しある。
「あぁ、本当にもう一度巡り会えるなんて。ロゼ、俺は君を愛し――」
その瞬間、アッシュの物理的な蹴りが、彼の顔面を蹴り飛ばした。
「魔法はだめなら、物理ならいいかなとおもいまして」
アッシュはとぼけて言う。
――待って。今の私の頭は大混乱状態だ。
ヒロイン――ルーナは平民街の街角でいじめられていたエドワードを助けて、エドワードはずっと彼女を想っていた。
……でも、えっと、あれ?
いまの感じだと……私がヒロインの役割を奪ってしまってる?
『……正直、エドワードルートはヒロインが10歳の頃に会ってるのよ
二人は幼馴染で、彼はヒロインが好きなの。
ヒロインが入学したときに気づくのよねぇ……』
昨日の夜に話した言葉が、頭の中をぐるぐると巡る。
幼い頃、助けてもらったヒロイン――じゃなく、私からのハンカチを返したいと思いながら、ずっと持っている。まさに王道な出会い。
つまり――フラグを折ろうと思っていたら、フラグをヒロインから掻っ攫っていたようでした。まる。
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