星の乙女は魔法の靴で導かれる(4)SideA
俺は自室に戻り、ベッドに寝転んだ。
深く息を吐く。感情を抑えつけなければ。
ヒロインの足止めをしろ――それがロゼからの命令だった。
その間に怪盗との出会いフラグを潰すと言っていたのだけれど――
「……俺がいないところで、別の男と会うなんて……」
正直ヒロインが怪盗とくっつこうが吟遊詩人とくっつこうが、どうでもいい。
面倒なら全員消してしまえばいいのだから。
俺の願いは一つだけ。
ロゼと永遠に一緒にいて、一緒に齢をとって、死ぬならロゼよりも先に死にたい。
彼女の亡くなる姿は、もう二度と見たくないから。
「まぁ、お嬢がやりたいなら小芝居にでも付き合いますけどね……」
◆
14時に噴水のある広場に怪盗こと『エドワード』が来る。
ということは、それよりも前にヒロインを足止めしなければいけない。
俺はそれよりも2時間前――ちょうどお昼時を狙った。
癖のないストレートの銀髪は目を引く。
可愛い系のロゼとは違って、ヒロインは綺麗系だろう。
俺はロゼしか見ないから、周りの意見はどうでもいいけども。
ヒロインはお弁当を持参しているようだ。
学食だと貴族が席を占領して座れないからだろうなぁ。
お弁当箱が入っているであろう小包を持って、立ち上がったところで声をかける。
「こんにちは、ルーナ嬢」
「は、はえぇっ!?」
びくんっとヒロインが驚いていた。
「あ、貴方はローゼリア様の……?」
「はい。義兄で従者です。貴方に興味があって声をかけたのですが、他に御用がありましたか?」
「い、いえっ! お弁当を外で食べようと思っただけで……」
「あぁ、奇遇ですね。俺もそうしようと思っていたんですよ。よろしければご一緒にいかがですか?」
ルーナがあたふたする。顔を真っ赤に染めて、俺を見つめてくる。
「あの……私、その庶民なので、嬢って呼ばれる感じではなくて……」
「女の子は皆お嬢様ですよ」
……言ってて自分で砂糖吐きそうだった。
――なんでロゼ以外を口説かないといけないんだよ。
「あの、その……そこには、ローゼリア様もいらっしゃるのですか?」
「いいえ。俺と二人です」
「ふ、ふたり……」
ぐるぐると目を回すルーナ。
男性からアプローチされたことはないんだろうか。
あまり耐性がないように見える。
「俺と一緒は嫌ですか?」
「い、いやではないですけど……こ、こんなのシナリオに……」
「……え?」
「あっ、な、なんでも無いです!」
いま聞き捨てならない言葉を聞いたような。
でも今は一刻も早くロゼのところに行きたい。ロゼを一人にしたくない。
「嫌ではないのでしたら、ぜひともご一緒に」
俺は誰も使っていない談話室に彼女を招いた。
ちなみに『誰も使っていない』というのは、裏から手を回して校長を脅迫して空けさせたからだ。
ルーナはそわそわしながら落ち着かないようすだ。
俺は、あらかじめ用意していたお茶を彼女に振る舞った。
「どうぞ」
彼女に出したのはダージリン。
「わぁ……すごくいい香り……」
「ストレートよりもミルクが似合うので、ぜひ」
「そ、そうなんですね……じゃあミルクを淹れていただきますわ」
ルーナはそう言って、俺の誘導通りにミルクを淹れた。
一口含んで、ほぅっとため息をつく。
「こんな美味しい紅茶は初めてです……」
「それはなにより」
ルーナは俺を紅茶カップを持ったまま、俺の方をまっすぐ見てきた。
「あの、齢は違いますけど、学年は一緒ですし、どうか私に敬語はやめてください。あと、ルーナ嬢って言うのも、普通にルーナでいいので」
「ごめんなさい。俺は普段から敬語を使っているので、それで慣れてしまっているんです。だからどうかお許しください」
もちろん嘘である。
ロゼが聞いたら吹き出して、むせて、うそつきと言ってケラケラ笑ってくれるだろう。
とりあえず俺はヒロイン――ルーナと一線を引きたかった。
彼女を誑かすのは簡単だろう。
でも、そんな暇があるならロゼとくだらない話をしたい。
それに、口説いているところを見られたら……。
超ド天然おバカなお嬢様であるロゼは『アッシュはルーナに気があるんだわ!』と変な誤解をしそうだ。――いや、するだろうなぁ。
チク、タク、チク、タク。
針の刻む音が大きく聞こえる。
「……あの……あれ? えっと……わたし……」
こくり、こくりと、彼女の身体が揺れる。
やっと効果が出てきた。
ふらっとルーナは倒れた。
俺はその身体を支えた。
彼女に振る舞った紅茶には睡眠薬を盛っていた。
味の変化にばれないように、ミルクを入れてもらった。
ヴィンセントからの経緯で手に入れた睡眠薬。
効き目は即効性で、6時間ほど眠れる。
――ロゼはヒロインの足止めをしろと命令をした。
でも、手段は指定しなかった。
きっとロゼは会話で引き止めると思っているのだろう。
そんな面倒なことしたくないし、やる気もない。
手っ取り早く眠らせて、怪盗とロゼが接触する前に、彼女の元に戻らないと。
――ヒロインにはこのままソファーの上で眠っていてもらおう。
「はぁ~。やっとロゼのところにいける」
好きでもない女を口説くのは、正直気分が悪い。
あとでロゼには、うんとイタズラしてやろう。
どんなイタズラにしようか。
俺は色々な想像をしながら、ロゼの元へ急いだ。
アッシュが一人称で頑なに『ヒロイン』と呼んでいるのは、
ロゼ以外の女性の名前を呼びたくないからです。
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