星の乙女は魔法の靴で導かれる(2)SideR
2021/9/8 18:45 本文を全体的に修正いたしました。
あと一歩で学園に入る――その瞬間、目の前にいた少女に目を奪われた。
透き通る銀色の髪。夕焼け色の瞳。肌は人形のように真っ白で、背もピンっと伸びていた。
――まさに美少女。
同性の私でも目を奪われちゃうんだもの。
あれ、でもあの子……どこかで見た覚えが……
「お嬢、どうかしました?」
「あの子……」
私は視線であの銀色の髪の女の子を示した。
「あぁ……」
アッシュは一瞬見ただけでわかったらしい。私の示す意味が。
「……ヒロインちゃんっすね」
アッシュはしかめっ面で、彼女を見つめていた。
ルーナ・アリス・ハリソン
銀髪に夕焼け色の瞳の持ち主。
田舎出身の貴族ではない平民。
けれど元々保有している魔力の強さから、この学園に入学することになった。
設定では超美少女。魔法の潜在力もトップクラス。
そして何よりも――超愛されキャラ。
登場人物みんなにも愛されるし、友人も少しずつ増えていって、交友関係も広くなっていく。
……という設定。
「どうしましょっか。コンタクトとってみます?」
「……一旦様子見しましょ。下手な動きをしてしくじったら嫌だし」
「そっすね」
私はそのままヒロインを無視して、学園内に入っていった。
晴れやかなる入学式の生徒代表の挨拶は、当然ながらフェリックスだった。
「今日という良い日に、未来を背負う君たちと出会えてよかったと思う。この学舎で学習したことは、一緒の宝にあるであろう。――入学おめでとう」
『入学おめでとう』その言葉を言った瞬間、女生徒が沸き立った。
気のせいかしら。フェリックスが私の方を見つめながら、にっこりと笑ったような。
そして次に入学生代表が舞台の上に立つ。
そこには、緊張でカチカチに固まったルーナがいた。
「えっと、みみ、皆様がた、は、はじめまして。新入生代表を勤めさせていただくことになった、ルーナ・ハリソンでございます。先方の王子のようになれるよう、皆様、精一杯頑張っていきましょう……っ」
最後の声かけで、沸き立つ――ということはなかった。
しらっとした顔で皆がルーナを見ている。
それはそうだ。フェリックスは王子。
ルーナは庶民出身の娘。
貴族ばかりがいるこの学園で、一緒に沸き立つ人がいるとは思えない。
『何ですの、あの子』『庶民のくせに』『ちょっと魔力が強いからって生意気』
私の周りに座ってる少女たちが、醜く顔を歪めて嫉妬の言葉を吐く。
なんだか気分が悪くなった。自分の創った登場人物をけなされたからだろうか。
無音の空間が続き、ルーナは少し涙目になっていた。
あぁ、もう。
この子がいると私は破滅する。けれど、どうしても見捨てられない。
――パチパチパチ。
会場中に、私の拍手の音が響き渡った。
そうすると、アッシュもおまけで手を叩いてくれた。
涙を目にいっぱい溜めていたルーナに、フェリックスがハンカチを渡す。
「どうか、涙を拭ってください。女性に涙は似合いませんよ」
「あ、ありがとうございます……」
彼女なりに頑張ろとしたけれど、大量の強い視線に耐えきれなかったのだろう。
『あの女、フェリックス殿下に……っ』
『庶民のくせに生意気よ』
『最悪、フェリックスの殿下のハンカチが可哀想だわ』
――こほん。
またも悪口大会になっていたので、私はひとつ、咳を吐いた。
すると、ピタリと嫌味が止んだ。
私は自分の唇に手を当てて、彼女たちを一瞥し「ふふっ」と嘲笑してみせた。
「小鼠が、キューキューうるさいこと。そもそも代表に選ばれるほどの魔力がないってことは、努力が足りていないんじゃなくて?」
すると、その場はシーンっとなった。
あれ? 私、いかにも悪役令嬢のような台詞言っちゃった?
◆
王子、騎士、科学者、怪盗、全てで私は死亡し、クライン家は没落する。
――唯一の吟遊詩人ルート以外は。
ということは、吟遊詩人ルート以外のフラグを折らないといけないのね。
……先回りして、フラグを折っていきましょう!
中二病時代の私は、フラグ管理が面倒で、雑な仕分けしかしていなかった。
だから何十もの沢山のフラグがあるわけじゃない。
まずは一人目のフラグを潰そう、まだ会ったことのない怪盗さんのルートを。
学園が用意してくれた寮の私室に入った私はアッシュに語りかけた。
「……ってことにしようと思うんだけど、どう?」
「……うーーーん」
アッシュは頭を抱えていた
「……このド天然お嬢様がフラグとやらを立てたら恐ろしいし、でも吟遊詩人は未知の領域だよなぁ」
そして顔をあげて、
「わかりました、お嬢。その作戦を手伝いましょう」と笑顔で答えた。
なんか失礼な言葉が聞こえたけど、気のせいかしら。
「ありがとう。アッシュ」
◆
教室内で私はカチコチに固まっていた。
――お昼……どうしよう。
今までティーパーティはアッシュとしていたけど、流石に人目がある。
第一王子の(仮)だから『ぼっち』と言い訳はできない。
すると、数人の生徒が私に語りかけてくれた。
「あの、ローゼリア様ですわよね?」
「……あ、はい」
「あぁ、私、一度お目にかかりたかったんです。王子様の婚約者さまに」
「そ、そうなんですのね」
私は苦笑を扇子で隠しながら、おほほと笑った。
「お昼にお茶会を開きますの! 是非ともローゼリア様に参加していただきたいですわ!」
誘ってくれた女の子の目はキラキラとしていた。
私は同じ教室にいるアッシュに目配せをする。アッシュはへらっと笑って、いってらっしゃいと言うように手を振ってくれた。
そして念願のティーパーティ。
色とりどりのマカロンや、サンドイッチ、スコーンが並べられている。
とても美味しそうだった。
「本当にローゼリア様は美しいですわね。神秘的で、人を寄せ付けない雰囲気を感じます」
そんな感じで褒めて、褒めて、褒めまくられたティーパーティ。
不自然すぎるわ。
まるでお世辞で褒めて、取り入ろうとしているような感じ。
顔に笑顔を貼り付けて、心の中では欲望が『王子の婚約者に取り入りたい』『あわよくば愛妾に』とか思ってそうね。
下賤だわ。
心の底からそう思った。
お菓子も、紅茶も美味しくない、
苦笑いもそろそろ限界。
「ところで、あのルーナとかいう平民。多少が魔力が強いからって、新入生代表なんて生意気ですわよね」
「そうですわ。代表演説までしちゃって。庶民田舎でひっそり暮らしていけばいいのに」
「あんな田舎臭いブス、早く退学してくれないかし――」
その瞬間、一人の少女の頭上から紅茶が降ってきた。
降ってきたというか、私があてつけにかけてやったのだ。
「あら。ごめんあそばせ。うっかり手を滑らせてしまいましたわ」
女の子は呆然としていた。そして周りに居た女の子たちも、静かに黙った。
次は自分の番だとわかったのかもしれない……。
こうして、ティータイムは終わった。
私はうつむきながら教室へ戻った。
あぁ、きっともうティーパーティには誘われないわ。
あんなことをしちゃったんだもの。
でも、あぁしないと気がすまなかったし……。
……おかえりボッチ生活。
くすんと泣きそうなのをぐっと抑える。
「……そういえばさっきから、だれかに見られているような…。気のせいかしら」
じーっと見つめられている気がする。けれど周りを見回しても誰もいない。
「……ローゼリア……様……」




