星の乙女は魔法の靴で導かれる(1)SideR
15歳、春。
とうとうこの日がやってきた。私が魔法学園に入学する日が。
そして、今から私の創った乙女ゲーム
『星の乙女は魔法の靴で導かれる』の物語が始まる――
「おろろろろろろろろろろろ」
私は自室の洗面台で吐いていた。
とうとう始まってしまった学園生活。逃げることは出来ない。
ハッピーエンドもバッドエンドも、どちらにせよローゼリアは破滅してしまう。
その時、洗面室の外から、トントンのノック音が聞こえた。
「お嬢、そろそろ行く時間ですぜ」
「うぷっ……わかったわ。……もうちょっと待って、すぐ出るから……」
私はふらふらになりながら、洗面室を出た。
アッシュは魔法学園の制服をぴっちり着ている。
一方、私は髪はぼさぼさ、服もまともに着れていない。
「仕方ないなぁ、お嬢は」
そう言って、アッシュは私の髪に触れて編み込みをしてくれた。
服は自分で着ると言って、再び私は洗面室に入った。
私がこれから進学するグリモア魔法学園は、貴族の子や、平民の中でも特に秀でた才能を持つ子たちが通うところだ。
貴族の生徒には、従者を一人連れていくことができる。
私はアニーを連れて行く気満々だった。
けれど、それをアッシュがぶち壊しにした。
『俺がお嬢――こほん、可愛い義妹の従者の代わりをするので、大丈夫です』
と、お父様とお母様の前で、堂々と言い放ったのだ。
私は二人が反対すると思っていた。
けれど、二人の反応は
『まぁ、アッシュなら大丈夫ね』
『いままでもそうだったしな。うむ』
――であった。
アニーが良い! と私は年甲斐もなく駄々をこねたのだけれど、アニー自身から『お嬢様のお転婆っぷりをフォローできるのは、アッシュ様くらいしかいませんので』と断られてしまった。
まさに今までの行いが祟ってしまった。
脱走して外に出たりするんじゃなかった。
◆
空は雲ひとつ無い晴天。
門の色はゴッテゴテの金色。緑の木がたくさん生い茂っていて、その先には大きな古城のような学園があった。
「う゛……」
「お嬢、どうしたんです? 蛙の首を締めたような声出てましたぜ?」
「この背景……見たことある……」
ゲーム内でめちゃくちゃ見た。門構えも、木の生い茂り方も、学園も。
こんなにもゲーム通りだとは思わなかった。
私の後ろから、ぞろぞろと人が入ってくる。
女性は赤を基調としたチェックのジャンパースカート。
男性は青を基調としたチェックのズボンを履いている。
これも、私の設定通りだ。
今までも黒歴史を見つけては「ぐふっ」とダメージを受ける生活をしていたけれど、この学園は私の精神にダイレクトアタックだわ。
「ローゼリア嬢」
その時、聞き覚えのある声が降ってきた。
上を見上げると、そこにはフェリックス王子がいた。
彼は私よりも二年先に入学していた。
「お、おひさしゅうございます。フィリックス殿下」
私はスカートをつまんで、小さくお辞儀をした。
「そんな。学園にいるうちの身分は平等だ。僕のことも気軽にフェリックスと呼んでくれていいですよ」
「そ、そんなこと、できませんわ! いままで殿下で慣れてきました……し……」
慌てて顔を上げる。
その先には――騎士がいた。
――あ。
私は固まった。
赤い短髪。目元に古傷がある。
服装は騎士団の服とは違い、少しラフなものだったけど。
――私はこの人を知っている。
レオナルド・テオ・クラーク。
代々王家に仕える騎士団の男。
基本的に無口で敬語で堅物キャラ。ヒロインに自分から手を触れないし、触れる前に許可をとるほど、ちょうど真面目な人物。
そう。彼は『星靴』の攻略対象の騎士。
「あ、ローゼリア嬢。彼は僕の側近でレオナルドだよ。基本的に無口で表情は固いけど、悪い人じゃないから安心してね」
フェリックス殿下はそう言ったけども――
うわっ、正面から見れない。私の設定したキャラが二人立っている。
レオナルドは膝をつき、私の手にキスをした。
「王子の婚約者ということは、我が主同然です。何かございましたら、いつでも手助けいたします」
丁寧な口調で語るレオナルド。声が低めで、ちょっとぞくっとした。
そうか。自作ゲームの時は予算や諸々の関係上、キャラクターにボイスをつけることができなかった。
レオナルドはこういう声なんだ。すごい、声イケメン。
ぽーっと立っていた私の腰に、アッシュの腕が回った。
「失礼致しました。王子。義妹はまだ世間知らずなものでして」
「お久しぶりです。アッシュ。相変わらず……ですね」
王子はにこっと笑ってごまかした。
相変わらず『……』って何!?
「……って、こんなところで立ち止まってたら、他の生徒の邪魔になるわ!」
ぞろぞろと入ってくる入学生たち。
まず貴族が入り、その後ろから平民出身の子が来る予定だ。
貴族と平民の数は、100分の1といったところかしら。
「そうですね。これからは学園で気兼ねなく会えますし、残念ながら用事がございまして」
そう言って、フェリックス王子はにっこり微笑んで、かっこよく去っていった。
騎士――レオナルドも丁寧なお辞儀をして、フェリックスの跡を追った。
「……攻略対象、どーでしたか?」
アッシュが私に手を差し出す。私は手をとって、答えた。
「声って……結構萌えるのね……」
「なるほど。お嬢の好きな声は、あんな感じの堅物声だと」
「いや、別にそういうわけではないわ。良い声だけど、好みや推すかっていわれると、うーんってなっちゃうし」
「んーならよかったです!」
アッシュは笑顔を浮かべていた。
何故か胸元に手を入れていた。胸元には護身用の剣が入っているはずだけど……。
いや、私の返答次第で決闘とかならなかったわよ……ね?
ふと、周りを見たら誰もいなかった。
しまった、ヒロインを見逃してしまった!
このまま私の学園生活はどうなるのだろう。
歯車は少しずつ狂っているようだけど……果たして。
私は楽しみと、不安と、黒歴史を暴かれる羞恥心でドキドキする胸を抑えながら、学園内へ向かった。




