創造主のクオリア
なんとなく書いた、なんとなくのお話です。
今後のストーリーに関係するかもしれないし、しれないかもしれない、ちょっとシリアスなお話。
明日はいよいよ魔法学園の入学式だ。
これからどんな黒歴史が繰り広げられるのか、正直考えただけで頭が痛い。
寝苦しい。
きっと明日のことを考えすぎているんだろう。
魔法学園のことは忘れて、別のことを考えよう。
私はベッドの中で、目をつむり、あるお話を思い出した。
「……ダウン、ダウン、ダウン――」
落ちる、落ちる、どこまでも。
「どうしたんですかい? お嬢」
ひょいっと、アッシュが顔を出した。
「わっ! びっくりした」
「こっちもびっくりしましたよ。どうしたんすか? テンション下がってるんですか?」
おちゃらけた感じで言うアッシュだけど、彼の黄金色の瞳は私のことをとても心配しているように見えた。
「……ある、おとぎ話を思い出したの」
「どんな?」
「不思議の国のアリスっていうおとぎ話」
「あ、俺も知ってますよ、それ」
「えっ!? なんで?」
「なんでって、お嬢が知ってるからじゃないんですかね。ここはお嬢の創った世界ですし」
「あ……」
言われたとおり、ここは私の創作世界だ。
私は無意識に『不思議の国のアリス』をこの世界に取り込んでいたのだろう。
「このお話は、世界的に有名?」
「もちろん。知らない奴が珍しいってくらいっすね」
アッシュは私のベッドに腰掛ける。私は寝転んだまま、また目をつむった。
「『フランケンシュタイン』はないのに、『不思議の国のアリス』はあるのね」
「なんででしょうね」
「……ほんと、へんてこな世界」
薄桃色の、シルクで出来た綺麗過ぎる、私は天蓋を見つめる。
私はそっと目を閉じた
「……たまに思うのよ。目が覚めた時、私はこの世界にちゃんといるのかなぁって。目をあけたら、いつもの世界で、私はスーツを着て、なにもなかったかのように会社に行くの……」
ローゼリアとして目覚めて、その仮説がちらつかない日はなかった。
悪役令嬢として私は自分で創作した世界に転生した。
けれど、私はまだそれを心から実感していない。
いまこの目に映るものは全て幻なんじゃないか。
「お嬢にとっては、無残に破滅する世界と、転生前の世界、どっちにいるのが幸せですか?」
アッシュは優しい声色で尋ねてきた。
「……そうねぇ」
私は――即答できると思っていた。
でも、答えられなかった。
転生前の世界が幸福だったかと思えば……そんなことはない。
起きて、スーツを着て、家を出て、電車に乗って――繰り返し、繰り返し。
ドレスも貴族も庶民も王子も魔法も、なにもない、いつもの世界。
対して、この世界はローゼリアにとっては不幸な世界かもしれないけれど、夢がたくさん詰まってる。
ぱちんと指を鳴らしたら、いろんな場所に飛べる。
火を使うのにガスを使わなくていい。
光を使うのに電気を使わなくていい。
まだ私はこの世界の全てを見ていない。
吟遊詩人が語ったような世界の端まで設定を詰められてない。
私は自分の都合のいい物語を、この物語に詰め込んだだけ。
私が見ていないところでは、不幸で苦しんでいる人がいるかもしれないし、そんな人ははじめからいないのかもしれない。
「……私の元々いた世界ではね、魔法は使えなかったのよ」
ぱちんと指を鳴らしても、虚空に音が響き渡るだけ。
「前の世界は苦しかったですか?」
「……苦しくは、なかったわ。楽しくもなかった」
「幸せじゃなかったんっすか?」
「……そもそも幸せってなんなのかしらね」
私は目を開けて、へらっと笑った。
私のいた世界の神様は平等だった。
誰かだけを苦しめることも、誰かだけを愛したりしない。
奇跡もない。魔法もない。福音もない。祈りもきっと届かない。
灰色の箱のような世界。
「お嬢は、この世界が好きなんですね」
アッシュははにかんで言った。
「……なんでそう思うのかしら」
「――この世界のお嬢の瞳は、いつもキラキラしているからですよ」
アッシュは優しい笑みを浮かべて、私を見下ろした。
サラサラした黒髪が、私の顔に影を落とす。
「お嬢には、俺の姿はどう映っていますか?」
「黒い髪で、金色の目の……ちゃらい男」
「ははっ、俺も自分で言っちゃなんですが、鏡を見るといつもそう思います」
アッシュの手が、私の頬に触れる。
「貴方には私はどう映ってる?」
「金色のふわふわした髪で、宝石のように透き通る青の目をいて、とっても可愛い女の子です」
「……現実の私はそうじゃないわ」
地味で、キラキラなんてしていない。
ただの、何処にでもいる女だ。
「でも、俺にとってはここが現実です。俺の目には、今言った容姿のお嬢が映ってます。ただ……どう言えばそれを証明できるんでしょうね」
私の見る赤色が、彼の見る赤色と同じという証明はできない。
私が彼自身になって、赤色を見て、ようやくそれが『同じ赤』だと証明できるのだ。
「お嬢、俺の手のぬくもりを感じますか?」
優しい、あたたかいぬくもり。
「……ええ。とても」
「俺もお嬢の頬のぬくもりを感じます。熱いほど、貴方を感じます。
このぬくもりも、あなたの呼吸も、すべて幻じゃない。
だからこれは夢なんかじゃない――俺はそう信じます」
黄金色の瞳は、まっすぐと私の姿を映し出していた。
その瞳は少し寂しそうで……私じゃない遠くも見つめているようだった。
アッシュはいろんなローゼリアの末路を見てきたんだろう。
私は記憶がないだけなのだろうか?
たまたま空いていたローゼリアという駒に創造主の中身が入り込んだだけかもしれない。
記憶がないから、証明ができない。
彼が忠誠を誓うローゼリアが、別の知らない誰かなのだとしたら……
少し寂しいなと、思った。
「お嬢」
アッシュは私の髪に口づけを落とす。
「……無防備にもほどがあります」
………………はっ!
ベッドの上に寝転ぶ私。上に被さって髪にキスを落とす男。
他人からみたら押し倒されているような構図になってた。
「す、すけべ!」
私はアッシュを突き飛ばした。
な、なんということ。
他人からみたら押し倒されているような構図になってた。
「お嬢が悪いんですよ。なんかぽけーっとしてるから。何処まで近づけるのかと思ったら何処までも触れさせるから」
ベッドから落ちたアッシュは、頭をかいた。
「……まったく。他の男にもこんなに無防備になられたら困るんだよなぁ」
「も、も、もう……。本当にアッシュは、私をからかって。いつも、いつも! もうもうっ!」
本当は頬を叩いてやりたい気分だけど、アッシュに触れると思うと、心の奥がムズムズと痒くなって、代わりに枕に八つ当たりをする。
「……からかっているわけじゃないんすけど……まぁ今はいいっすよ、それで」
アッシュはパンパンと身なりを整えて立ち上がった。
「今この瞬間にいる実感が欲しいのなら、いくらでも与えますよ。お嬢がたとえそれを望まなくても、いつか、絶対に。いらないと拒んでも、永遠に――」
アッシュの黄金色の瞳に見つめられて、私は何故か背筋がぞくっとした。
「……ってことで、明日に備えて寝ましょっか! 俺は横で寝ればいいっすか?」
「さり気なくベッドに入ってこないで頂戴! もう! 本当にお調子者なんだから! 貴方の部屋に帰ってよ! ばか!」
「へいへい~。じゃあ退散しますよ~。おやすみなさい、お嬢。たとえ目が覚めた時に別世界にいたとしても、俺はお嬢を探し出しますから安心してくださいね」
そう言って、アッシュは扉を締めて部屋を出ていった。
な、なに。なに!? 今日のアッシュは。
いつもよりも、すっごくからかわれた!
私は自分の頬を抑えた。熱い。
この熱さが、夢じゃない証拠。
今はそう思っておこう。
そうして私は目を瞑って、羊の数を数えて――気づいたら眠りに落ちていた。
◆Side A
ロゼの扉を締めて、ため息を吐いた。
「あっっっっぶなかった……」
正直自制が効かなくなるところだった。
ロゼはどこまでも無防備で、あんなんじゃ、これからの学園生活で変な虫がつくに決まっている。
「正直、キスくらいしとけばよかったな……」
4年前、一回したし。
俺は色んな後悔に押しつぶされながら、眠れない夜を過ごした。
はよ学園編始めろ!と自分でも思いながら、このお話の奥底にあるものを書いた気がしました。
次こそ第三章! 次こそ学園編です! いい加減ヒロインを出さないと……。




