日頃の愛を込めて。バレンタイン編
2章から3章の間の物語です。
ロゼが14歳になった冬。雪が降る夜。
「チョコをつくるわ!」
とロゼは急に立ち上がった。
ロゼのよくわからない行動はいつものことだ。
『どうしてチョコを作るの?』
「明日がバレンタインだからよ、キッド」
『バレンタイン?』
「そう。大切な人にチョコレートをあげる日なのよ」
『じゃあ、ロゼはボクにチョコをくれるの?』
「あはは、キッドはテディベアじゃない。ぬいぐるみはご飯を食べられないから、気持ちだけあげるわ」
ロゼはいつもより楽しそうだった。
ついこの間、クリスマスっていう日があって、その時はアッシュがロゼの枕元にプレゼントを置いていたっけ。
世界にはいろんな行事があるんだなぁ。
『それじゃあ、ロゼは誰にチョコをあげるの?』
「えぇっと、お世話になった人たちにはあげたいわ。お父様でしょ、お母様でしょ、あと使用人の人たち……はたくさんいるから、小さいチョコレートクッキーをいっぱい作って。あとフェリックス王子にもあげないと。仮とはいえ、婚約者だもんね」
『へぇ~。たくさん作るんだね』
「ふふふ、今夜のために、料理長に頼み倒したの。あとで料理長にもあげるわ」
『ねぇ、ロゼ』
「なぁに? キッド」
『アッシュはどうするの?』
ぎくっとロゼの動きが固まった。
『アッシュにチョコはあげないの?』
「……ふ、ふん。あげてもいいけど、義理よ。義理。いつもなんだかんだで話を聞いてくれるし……まぁ、ちょっとだけ良いのを作ろうと思ってるわ」
『めちゃくちゃ優遇しているね、ロゼ』
「そそそそ、そんなことないもんっ!」
「はぁ……」
――砂糖吐きそう。
ロゼは絶対にアッシュのことが好きだ。
もうこれは間違いない。ぬいぐるみのボクでもわかる。
他の人のことには、そんなに関心がないのに、アッシュのことを聞くと、顔を赤らめたりする。
いつもいじめられたり泣かされたりしているから、嫌いなんだと思ってたけど。
一番の問題は、本人がそれを自覚していないことだと、ボクは思う。
ボクの主人はかなり鈍感だ。
そしてひと晩かけて、ロゼはたくさんのチョコを量産した。
「じゃーんっ! フリーター時代にケーキ屋さんでバイトをしたのよ! その時の技術がこんなときに役立つなんて……」
「……すごいたくさんつくったね……」
机の上のは大量のチョコが乗っていた。
「まず、これはスノーボールってチョコなの。ほろほろサクサクして美味しいし、一口サイズだから、空いた手でぱくっと食べれるのよ! これは使用人のみんなにあげるわ」
ロゼはそう言いながら、ラッピングの袋にひとつひとつ丁寧に入れていく。
そして、小さな手紙を添えていた。
この人のすごいところは、そういうところだと思う。
誰に対しても敬意を払える人。手紙は一週間前から、妃教育のついでにちょこちょこ書いていたのをボクは知っている。
しかも一人一人の名前も全部書いて、全部同じ文面じゃないそれぞれに合わせた文章をスルスル記していた。
よし。これで完成。
数は100個を超えていそうだ。
『す、すごいね』
ボクは正直引いていた。
「大型オーブンがあるから一気に焼けて、時間が短縮できたわ!」
そういう問題……なのかな?
オーブンのおかげじゃなくて、生地から丁寧に量って作ったロゼがすごいと思う。
「そして、これはお父様とお母様への分」
ロゼの手元には、小さな缶があった。そこには綺麗に仕分けされたチョコが入っていた。
「お父様はお酒が好きだから、ブランデー入りのチョコを」
そう言いながら、ロゼは黒いリボンを丁寧に巻く。
「お母様はオレンジが好きだから、オレンジピールにチョコレートをコーティングしたもの。でもそれだけじゃ物足りないかしら、って思ったからオレンジのジャムも作ったわ! これを紅茶に入れてもらったら、あっという間にロシアンティーよ」
『な、なんだかすごく手間がかかっているんだね』
鍋でコトコト似ていると思っていたら、ジャムまで自作していたなんて。
本当にロゼはすごい。流石創造主。行動力が尋常でない。
「で、フェリックス殿下に差し上げるものは悩んだわ。殿下は和菓子が一番好きだけど、私はアッシュほど上手に餡を作れないから」
『餡を上手に作れる従者って、ワードがすごいね』
「ふふっ、そうね」
「でも、私は勝てない勝負に挑む気はないの。だから、殿下にはチョコをずっしり感じれるガトーショコラをあげることにしたわ」
『まだパターンがあるんだね。それで、アッシュには?』
「……アッシュには、ケーキよ。ただの、ふつーの、シンプルなケーキ」
ロゼはそう言って視線を逸す。
そんなに隠されたら気になって仕方がない。
『見せて、見せて』
「い、言っとくけど、型がこれしかなかったの! だから、これで作るしかなかったの!」
ロゼが持っていたのはホールケーキだった。……ハート型の。
ホイップを丁寧に絞り、アザランと金箔が散りばめられている。
そして小さなプレートが載っていて、そこには「Thank you」と小さく書かれていた。
――いや、ド本命じゃん!
砂糖と同時にはちみつ吐きそう。
そして、ロゼはチョコをみんなに配っていった。
最後の最後。夜、ロゼとアッシュがようやく会った。
アッシュは用があって、その日、家を出ていたのだ。
「あの、えっと、アッシュ。あの……」
――はよ、はよ告白して。
ボクは心の中でロゼを応援した。
「こ、これ。いつも世話になってるから。言っとくけど、義理だからね!」
ロゼはアッシュにチョコを押し付けるようにしてあげた。
「あ……ありがとうございます……」
まさか貰えると思っていなかったのか、アッシュは目を丸くしていた。
「……実は俺からもプレゼントがありまして」
そう言ってアッシュが出してきたのは、どでかいボックスだった。
綺麗にラッピングされているけれど、箱の長さは1メートルくらいありそうだ。
「いやぁ、お嬢が厨房を使ってたんすね。料理長から立ち入り禁止って言われて、どうしようかと思いましたぜ。別の所で厨房借りれたんでいいんっすけどねぇ」
「あ、開けてもいい?」
ロゼは目をきらきらと輝かせて言った、
――でも、正直ボクには嫌な予感しかしなかった。
包み紙をあけるとボックスが出てきて、その中から――
「『これは……』」
ボクとロゼは、言葉を失った。
「いやぁ、本当は立体にしようと思ったんっすけど、重いかなぁって思って、
『肖像画風のデコチョコ』とやらにしてみました」
緻密に描かれた絵画のようなチョコレート。
そこにはロゼそっくりの人が描かれていて――
――少し前に『はよ告白して』って思っていた自分を殴ってしまいたい。
ご主人様、こいつは本気で正気じゃないです!
流石のロゼも引いただろうなぁとチラリと横をみると、やっぱりロゼの目はキラキラしていて……。
「すごいわ。流石だわ、アッシュ。これ、どこから食べれば良いのかしら」
「ご自由に。あ、ついでなんですが」
アッシュはもう一つ箱を持ってきた。
それも同じ1メートルくらいある箱で――
「これもどうぞお召し上がりくださいな!」
と出してきたのは『アッシュ自身の肖像画風のデコチョコ』だった。
「………………」
ロゼは黙った。
「どうぞ、好きなところから食べてくださいな」
ドンッ、バンっ、バキッ。
ロゼはアッシュの肖像画風デコチョコを木っ端微塵に割った。
けれど割ったチョコは保管して、ちょっとずつホットミルクに混ぜて数日かけて飲み干していた。
――今のところ、ロゼがアッシュに対して想っているのは間違いない。
――そして、アッシュがロゼを想っているのも間違いない。ただ、アッシュはロゼと違って歪だ。
ボクは生まれた最初の頃、ロゼの一番になろうと思っていた。
けれど、正直ここまで深い(偏)愛を見せられたら、引かざるを得ない。
ロゼが悲しまなければ、ボクはそれでいい。
――というか、この二人、チョコを作るのに魔法を一切使わないのがすごい。
魔法世界なんだから魔法を使ってほしいと思うのは、ボクだけなんだろうか。
次回から第三章始まります。
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