真の悪役(仮)育成日記(10)SideR
9/5 17:21に書き直しました。内容も少々変わっています。
本日はアッシュとデザートを食べる日だー!
いつも目覚めは頭が痛かったけれど、今日に限っては、前兆すらない。
「お嬢様、入りますぜ」
アニーとアッシュが一緒に部屋に入ってきた。
アッシュの手元には、丁寧に畳まれた服がある。
「お嬢様、アッシュが従者ということはわかりました。ですが、彼もまだ齢13歳です。完全に安心しきってはいけませんよ! 市井にはいい人がたくさんいますが、恐ろしい人だっていますから!」
アニーはぷんぷんと怒りながら、一緒に入場したアッシュを、犬でも払うようにしっしと動かしていた。
アッシュはへいへい、と言いながら廊下を出た。
――アッシュの服装はいつもより庶民的だった。
ブラウンの帽子。白いシャツにサスペンダー。そして、短パン!
前世の私、グッジョブとなった。
「……準備致しました」
アニーがそっと部屋を出る。
私は丁寧に髪を編み込まれ、偽装用に付けることになった。
◆
ジェラート屋が来るのは市井の東にある公園。
噴水が溢れ、色とりどりの花が咲く綺麗な公園だった。
ボランティアの人がここまで手入れしているらしいが、ほぉ、と俺は感心した。
「んん~~~~~っ! おいしい! こんなおいしいジェラートはじめてぇ~」
アッシュが案内してくれたジェラート屋さんは、ほっぺたが落ちそうなほど美味しかっ
た。木陰のベンチに、アッシュが布を敷いてくれた。その上に座る。
「おう、お嬢ちゃん、良い食べっぷりだね。どうだい? こっちの苺のジェラートも」
ジェラートの職人が苺味のジェラートが入ったカップを渡してくれる。
「えっ、もらえるんですか? えっ、ええっと……」
「お嬢、好意ですし、いただきましょう。
「……はい、ありがとうございます」
私は正直に出されたジェラートを受け取った。
苺味は甘酸っぱい。苺――というよりもラズベリーに近い感じがする。
たまに身の感触が残っていて、それがまたシャキっと新しい触感を生み出してくれる。
「ン~~~っ! たまらない!」
はしたないとわかってながら、私はほっぺに手を置いて、足をバタバタと動かした。
「ちなみに、お嬢、俺のこっちはレモン味なんですよ」
ニヤリ、とアッシュが笑う。
まだ他の味も食べたい。酸っぱい系……どんな感じなんだろう。
「あぁ……レモン味も良さそう……」
「ひとくち、食べてみません――か……」
私は一瞬でかぶりついた。
アッシュはあんぐりとした顔をしている。自分から言いだしたくせに。
そして頬が軽く赤くなっていた。
どうして? アイスを食べているのに……暑いのかしら。
「この……ド天然。コホン、じゃあ、お嬢のも食べたいです。一口くださいな?」
アッシュは顔を赤くしながらそう言った。
そうよね。私もアッシュから一口分もらったんだもの。
その分お返ししないとフェアじゃないわ。
「じゃあ、ちょっとだけよ。あーん」
私はスプーンで、アイスを掬った。
アッシュは少しびっくりした顔をした。
けれど、そのあとすぐにぱくっと口に入れてくれた。
「……お嬢、なんだかこれって――」
「お嬢ちゃんたち、なんだ? 恋人同士なのか? 似合ってるぜ~。こっちまで当てられて暑くなっちまう」
恋人同士?
私とアッシュは主と従者で、今日だってジェラートを食べに来ただけで、えっと、えっと、でも私がアッシュのジェラートを食べたのも、アッシュに『あーん』してあげたのも……よく考えたら、少女漫画でよくあるシチュエーションだわ!
「ちちち、ちがいます。アッシュも首を立てに振らないで。おねがいよ。あわ、あわわ」
「俺は本気なんですけどね」
アッシュはおちゃらけたような感じで店主に弁明していた。
「な、何言ってのよ! ば、ばかばかーーー!!!!」
冷たいジェラートを食べたばかりなのに、身体の中はなぜか火照っていた。
――その時、公園広場から詩が聞こえてきた。
噴水の音で少し隠れていたけど、優しく丁寧で、綺麗な音色だった。
私はトコトコ歩いて、その音の元へ向かった。
「おーい、お嬢。公園から出ないでくださいよ」
「わかってるわよー」
なんだか私、わんちゃん扱いされてない?
ちょっとイラッとしたけど、いつものことだ。
音の流れてくる場所に向かって――Uターンした。
ダッシュでアッシュの元に戻る。
え、うそ。えぇえ……。なんで、なんでなんで――!?
「アッシュ! アッシュ! アッシュ!」
私はアッシュにしがみついた。
そうしたら、そっとアッシュが私を抱きしめ返してきて、私はタックルをして、その腕から逃れた。
「ぐふっ。なんですかいお嬢。いきなり……」
「大変なの!」
「そうですね。お嬢のお世話で俺はいつも大変です」
「ありがとう。って、そうじゃなくて、出たのよ!」
「毛虫ですか?」
「違うわ! ――吟遊詩人よ!」
覚えている
あの人、私の描いた吟遊詩人のキャラに、とっても似てる。
ゲーム開始時よりも前だから、少し若いけど、うん、絶対にそう。
線が細くて、煙になって消えてしまいそうなほど、繊細な人。
ゲーム上では幽霊のような存在だ、と表記した気がする。
確かにそのとおりだった。
「吟遊詩人って、別にお嬢の破滅には関わらないんっすよね?」
「ええ。ヒロインが勝手に恋に落ちて、勝手に旅に出るから。地位や権力のドロドロは起こらないし……」
「じゃあ、放っておいていいんでは?」
「うん。そうなんだけど……ちょっと気になるから、一緒についてきてくれない?」
「――気になる? 何が気になるんですか? お嬢」
アッシュの黄金の瞳がスッと細くなる。声が低い。なんだろう。ちょっと怒っている?
ここは変にごまかさずに言おう。
「自キャラが動くのを見てみたいの!」
「……そんなキラキラした目で見ないでくだせぇ……わーりました、わかりました」
アッシュはふぅ、と息を吐いていた。
そんな彼の右肩を無理やり持ち上げ、一緒に吟遊詩人のもとへ向かった。
吟遊詩人はこの街のことや、外の世界の詩を歌う。
そこには私の知らない世界――通称設定が詰めきれていない世界――があるらしい。
「いつか、行ってみたいわ」
ぼそり、と私は呟いていた。
悪役も、令嬢も、世界も、何もかもの権力を脱ぎ捨てて、自由になれたら――
「……いや、そうなったらお金を稼ぐための社畜ライフがまた始まるのかも」
クライン家が貴族だったから感覚が麻痺していたけれど、外に出たら自力で稼がなければいけない。それこそ睡眠時間をごりごり削らないといけないかもしれない。
その時、すっと吟遊詩人が立ち上がり、私の顎に触れた。
すらりと整った顔が、こちらを見つめている。
チャキッと金属のこすれる音が横――アッシュのいる方から聞こえた。
私は前を向けば良いのか横を向けば良いのか戸惑った。
「……変だね」
吟遊詩人は眉を潜めて言った。
「隣の従者の君も変だ。ぐるぐると、廻っている。自覚ある分も、ない分もあるみたいだけど……10や20じゃない。100は軽く超えている……」
吟遊詩人は私から離れた。
アッシュはまだ胸元に隠している短剣から手を離さない。
「アッシュ、いいわ。きっと危害を加える気はないでしょう。刃物も持ってないし」
「でも――……ちくしょう。お嬢に簡単に触れやがって」
アッシュはイラッとした声でなにかぼそっと呟いていた。
「それは、どういうことでしょう?」
私が尋ねると、吟遊詩人はふっと、笑って何も答えなかった。
「ボクが語るのは詩だけだよ。あとは君たち自身で思い出せばいい」
そう言って、吟遊詩人はなにも語ってくれず、楽器を収納して公園から立ち去っていった。
「お嬢」
アッシュが濡れたハンカチで私の顎と手を入念に拭った。
「な、なによ」
「消毒です」
「ちょっと触れただけじゃない」
「ちょっと!?」
アッシュは驚きの声を上げる。
「お嬢。いいですか? まだお嬢は子どもだから許されます。ですけど、でーすーけども、もうちょっと周りの感情を汲み取ってください」
「……?」
アッシュの言っている意味がわからなくて、私はきょとんとした。
するとまた、アッシュがはぁとため息を吐いた。
『ぐるぐると、廻っている。自覚ある分も、ない分もあるみたいだけど……10や20じゃない。100は軽く超えている……』
彼の残した言葉が頭に残って離れない。
◆
私たちは日が落ちる前に屋敷に戻った。
数字は何の意味を持つの?
廻る――はきっと繰り返しのこと。
それじゃあ、10や20じゃなく、100は超えている――ってことは。
アッシュは7回ループをしたと言っていた。
もしかして、自覚がないだけで、それ以上ループをしている、とか?
今回の私みたいに、繰り返しのときに、記憶を失くした可能性も十分にありえる。
私は考えられることを全て紙に書き出した。
「フローチャートを整理するわ」
「……また新しい言葉を」
「簡単にいえば分岐管理ね」
そもそも何故私は記憶を失ったんだろう。
そして、何故この繰り返しは起こっているのだろう。
大きな羊皮紙にフローチャートを細かく書いたけど、やっぱりわからなかった。
「ねぇ、アッシュ」
「ふぁ……なんでぃ、お嬢」
気づけば夜2時になっていた。アッシュはソファーで寝転んでいる。おい従者。
「……ちょっと興奮して寝付けそうにないの。夜の話し相手、付き合ってくれない?」
だらけきっていたアッシュは、ぴょんっと飛び上がった。
そして、本当に嬉しいみたいに、へらっと笑った。
「勿論ですとも!」
寝る前に書いたので文章がめためたでした。10時-17時までにご閲覧頂いた方、申し訳ございません。
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