真の悪役(仮)育成日記(8)SideA※
※残酷な描写が一部含まれます。
苦手な方は飛ばしてください。
――四日目夜
お嬢が家で大人しくしてくれる分には、文句はない。
けれど、王子の奇襲や、いきなり話相手を創りだすのは想定外すぎる。
「……まぁ、お嬢のそういう破天荒なところが好きでもあるんだけど……」
ただ、ゲームシナリオが始まるまで五年も猶予があるのに、こんなにシナリオが改変されてしまうなんて。
俺は宿屋に向かった。
そして、あらかじめ借りておいた部屋で着替える。
「この方法はあんまり使いたくなかったんだけどなぁ……」
俺はそう思いながら、隣部屋のドアを開けた。
◆
ぽとっ、ぽとっ、……ぽと、ぽと、………ぽと……………………………………ぽとっ。
不規則に落ちる水滴。
ヴィンセントは意識を失うことすらできず、衰弱しきっていた。
「……あ、……なん、じ……」
「時間か? 教えねーよ。ばーか」
ちょっと色々なことがあって(主にロゼ関係)俺の口調は、自分でもびっくりするほど荒くなってしまっていた。
「さて。それじゃあ最後の仕上げをしましょっか」
俺はにっこり笑ってやる。もちろん腹の中では笑っていない。
「組織の最終支配権を俺に譲渡。絶対遵守の誓約をかけさせてもらう。さぁ、どうする?」
俺の提案に、ヴィンセントは何も言わなかった。
「仕方ないなぁ。ここまで丁寧に、親切にしてあげたのに。ここで、首を縦に振ってくれていたら――被害者は増えずにすんだのに」
「…………?」
ヴィンセントには俺がなにを行うかわからないだろう。
俺は一旦部屋から出た。
「……まっ――」
ドアを出る前、ヴィンセントが俺を制止する声が聞こえた。
また次に訪れるのは、いつになるのか、拷問はいつ終わるのか――不安でたまらないのだろう。裏世界のボスとはいえ、所詮は人間。魔王なんかじゃない。
さぁ、それじゃあ見せてもらおう。
裏組織の王様が、無様に惨たらしく懇願する姿を――
俺は車椅子に乗った女を連れてきた。
ヴィンセントの目の色が変わった。
「お、お前……な、なんで……」
怒りと悔しさが涙に変わる。
――そうだ。そうだよなぁ、ヴィンセント。
女はヴィンセントと似た黒髪。長く伸びた髪は、うちのお嬢とは違い、サラサラのストレートだった。
目元は布で隠しているから、前は見えないようにしている。
「……ヴィ……ヴィンス、なの? その声は、ヴィンスなの? あぁ、ヴィンス……ヴィンス」
女は両手をぎゅっと握りしめて、ヴィンセントの声を連呼した。
「ずっと怖かったの。こうして椅子に縛り付けられて、視界を奪われて……あ、あれは……何週間前のこと、なの、かしら……」
四日前。ヴィンセントの元を訪れる前――
その時から彼女を監禁させてもらった。
もし拷問でヴィンセントが、素直に『組織を譲渡する。誓約を受け入れると言ったら彼女に危害は――まぁ、監禁中以外は――与えなかっただろう。
彼女の名前はイザベラ。ヴィンセントの腹違いの姉であり、想い人である。
ヴィンセントルートは、想い人を失くした彼をヒロインが慰めることでフラグが立つ。
イザベラもヴィンセントも貴族だ。
……けれど、世間は二人の家系が裏社会と関わりがあると知っている。
だから誘拐されても下手に手出しをすることはない。
ちなみにイザベラは未亡人だ。
40も齢が違う貴族の愛妾として引き取られ、主人は数年前に死んだ。
俺が誘拐したのは四日前。
隠密スキルを使いながら、容易く捕獲した。
そして数日間、俺の宿の隣の部屋で匿っていた。
当然、逃げられないように足には枷をかけ、腕は拘束し、目隠しをしていた。
三食与えることは難しかったので、一日二食、軽食を運んでいた。
最初は震えて『ヴィンス』と、家族の名前を唱えて助けを乞うていた。けれど時間が経つにつれ、声を出すこともしなくなった。
そして異様に音に怯えるようになった。
例えば、かちゃりとフォークが鳴っただけで、彼女は身体を震わせた。
風魔法で軽く風船をつくって弾けさせたら、失神した。
視界を奪われるというのは相当恐ろしいものなのだろう。
四日間の監禁生活で、イザベラは抜け殻のようになっていた。
けれど周りから見たら、令嬢が一人消えただけ。
そんな彼女を心配する者は、昔の知り合いか、家族ぐらいだろう。
「……だめだよ、お兄さん。裏の世界にいるなら、大事なものは全部手元に持っておかないと」
俺はヴィンセントを嘲笑った。
その瞳は絶望に染まっていた。
「さぁ、どうする? ヴィンセント」
俺は彼女のうなじに刃物を押し当てる。
「おっと、イザベラ嬢。震えないでくださいね。大きく動いたら――大事な身体に傷がついちゃいますぜ」
「――わかった。従う!……っ、従うから……どうか姉上は……!」
「その言葉を待っていました」
魂を揺すぶられるほど絶望した時――魔法が発動する。
俺はヴィンセントの魂に呪いを刻み込んだ。
こうして、念願の闇の組織を支配する最高権威は、俺のもとに入った。
ヴィンセントは解放した。誓約を結んだから、もう彼は俺に歯向かうことはできない。
そして、巻き込んだイザベラ嬢には回復魔法を与えた。
ゲーム開始時には、イザベラ嬢は病に伏せ、生命を落としている。
だから、今、その病を治してみせた。
お嬢が見せたように生命を与えるまで偉大なことはできないが、回復くらいは操ることができる。
これで『姉を失くした心の穴を、ヒロインが埋める』ことから始めるヴィンセントルートの芽は完膚なきまでに潰しきった。
ヴィンセントは――男はまぁいいや。回復に力を使う必要ない。
勝手に回復するだろう。
「じゃあ、俺はこれで。何かあれば、連絡はこちらに――」
そして長きにわたる拷問は終わった。
俺は屋敷を後にして、クライン屋敷に戻った。
「明後日がデートで、明日はロゼとなにをしようか」
久しぶりにロゼと過ごせる。
「……また破天荒なことをしないように、見張っとかないと……なぁ……」
俺はため息をついた。
ロゼと過ごせるのは楽しみだけど、問題は山積みだった。
※ラブコメです。
いつになれば魔法学園に行けるのか、またいつになれば真ヒロインが現れるのか……。
あと数話で二章は終わりです。たぶん。
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