真の悪役(仮)育成日記(6)SideA※
※一部残酷な描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
――四日目。
四日に続く睡眠不足と飢餓状態で、ヴィンセントは弱り果てていた。
その瞳は虚ろで、光がない。
もう限界が近いだろう。
この状態を続けていれば、ヴィンセントは廃人になる。
正直廃人になってもらったら困る。
お嬢とデートを約束したのは明後日。
それまでにヴィンセントルートを潰しておこう。
俺はぽたりと落ちる水滴を止めた。
「さて。それじゃあ、ヴィンセント。君に提案がある」
何の要求もしてこなかった男が唐突に口を開いたから、ヴィンセントは目を丸くしていた。
「このまま、君には組織をこれまで通り管理してほしい。ただ、最終支配権を俺に譲渡してくれたら、この拷問は終わり。君を解放してやろう」
俺は彼に提案をした。
つまり――俺の傀儡になれと言っているようなものだ。
ヴィンセントはお飾りのボスとなり、その裏を俺が支配する。
「それ……は……」
ヴィンセントの瞳が揺れている。
元々裏側の人間だからだろう。
拷問に屈しにくい精神を持ち合わせている。
――けれど、俺はそれを叩き割る。
「君がイエスといえば、この拷問は終わりだ。もちろん口約束じゃあ納得できないから、絶対遵守の誓約をかけさせてもらう――さぁ、どうする?」
俺はヴィンセントに語りかけた。
けれど、ヴィンセントは唾を吐き――
「……お断りだ、くそ、野郎――」
と吐き捨てた。
「じゃあ、拷問を続けよう」
「ま、待て――」
俺は扉を締めた。またヴィンセントは一人孤独な時間を過ごす。今が何日で、どのくらい時間が経ったのかすら、把握できない。食事も与えられない。
「……まだ時間がかかりそうだなぁ」
やっぱり魔法でサックリ解決すればよかったかもしれない。
けれど、支配の魔法をかけるには『相手を心の底から屈服』させないといけない。
「まぁ……明日、アレを使うか」
明日、ヴィンセントの意見が変わってなければ、俺は最終手段を使おう。
そう決めて、屋敷に戻るために宿へ行き、身なりを整えた。
◆
ヴィンセントルートを潰すこと。
それを絶対条件として自分に課しているのには理由がある。
まずヴィンセントはややこしい。
後々、ヒロインが攻略対象に囲まれてチヤホヤされる中、ロゼはどのルートでも悪役に仕立て上げられ、突き落とされる。
中でもヴィンセントルートでは純潔を散らし、廃人にされ、娼館に堕とされる。
「お嬢……自分で考えた話で詰んでるじゃないですかぃ……」
正直ため息しかでない。
ヤンデレとかいうキャラを作るなんて、うちの主人は本当に馬鹿だ。
そして、ヴィンセントを潰すことによって、様々なルートの芽も潰せる。
まず、分岐といわれる殺し屋ルート。
これはロゼの話しか聞いていないが、殺し屋はヴィンセントの双子の弟らしい。
主人であるヴィンセントには絶対服従を誓っているようだ。
つまり、ヴィンセントを傀儡にすれば、殺し屋も手にできる。
そしてもう一つは怪盗ルート。
怪盗は義賊だ。
つまり、悪い輩から盗んで庶民を救う救世主のような存在。
だから裏を掌握していれば、怪盗の動向も把握できる。
最悪、罠にはめて潰してしまえばいい。
そしてその次に、科学者ルート。
意外とここもヴィンセントと関わりがある。
この魔法世界で科学者として動ける理由――それは、科学者の男が裏から資金援助をもらっているからだ。
資金援助の理由は簡単。
生命を作ることができるから。
生命は有限だ。
魔法で生命は作れない。
だからこそ人造人間というのは価値がある。
だから人造人間という化物を量産し、兵力にする。
そのための資金をヴィンセントは援助をするのだ。
というわけで、ヴィンセントを支配するだけで、殺し屋、怪盗、科学者、人造人間――この四つを掌握できる。
「もしも明日終わらなかったら、ロゼとの時間を削った代償として、じっくり痛めつけてやろう」
全ては我が主のために――
◆
「あははっ、でね、でね。そのときにアッシュってなんていったと思う?」
お嬢の部屋に入ろうとしたら、ドア越しに話し声が聞こえた。
――ぼっちのお嬢が誰かと話している!!??
夜の話相手はいつも俺だったのに。
「相手は一体……」
正直従者として失格だけど、こっそり部屋を開け、隙間から中を覗いた。
そこにいたのはロゼ一人。
ロゼはテディベアに話しかけている。
俺はそっと扉を締めた。
「……やばい。俺の主人……ぼっちをこじらせて、とうとう頭が弱くなってしまった」
まさか四日一緒にいないだけで、こんなに孤独をこじらせてしまうなんて。
そんなにロゼの中で、俺は大きな存在になっていたのか……?
頭の中でファンファーレが鳴る。
いや、それだったらいいけど、まぁ、ド天然鈍感お嬢様なロゼだし……期待はしていないで置こう。
そこはこれまでの繰り返しで実感している。けれど、ちょっとにやけつつ、俺は扉をノックした。
「お嬢、アッシュです」
「はーい、入ってもいいわよー」
ロゼの部屋に入ると、いつもと違う匂いがした。
部屋の机に、百本近い真紅の薔薇が飾られている。匂いの元はこれだろう。
そしてロゼはソファに座り、テディベアを抱きしめていた。
『よっ』
テディベアが手を上げた。
一瞬驚いたが、魔法だろう。
そして声はちょっとお嬢に似ている高いトーンだから、お嬢の裏声だろうか。
「お嬢、頭トチ狂ったんですか?」
「ち、ちがうわよ! 失礼ね!」
ロゼはいつものようにぷりぷりと怒った。
俺は本気で主人の頭を心配しているのに……。
『君がアッシュだね』
テディベアはロゼの膝から降りて、自立して歩いた。
俺は目を疑った。
今までの繰り返しで、こんなことはなかった。
『ボクはキッド。今日ロゼから生命をもらったんだ』
テディベア――キッドは丁寧にお辞儀をした。
「よくできましたー」
ロゼは子どもの成長を見守る保護者のように、ぱちぱちと拍手をする。
「お嬢、これはどういうことで?」
「? キッドの話通りよ? この子に生命を与えたの」
「……えーっと、もう一度聞いてもいいっすか?」
「この子に生命を与えたの」
俺は頭を抱えた。
もう一度、思い出そう。
科学者が裏金をもらえたのは、人造人間――つまり、生命を作ることができるから。
まぁ、うん……。
そうか。うちの主人、創造主だもんな。
生命くらい簡単に創れるか。
改めて主人の凄さを実感した。
「……あー、えーっと、もうテディベアのことは」
「キッドよ」訂正される。
「……キッドのことはいいです。考えると頭痛ぇんで。で、お嬢、あの薔薇はなんですか?」
「えっと、お昼にアッシュが出ていったでしょう? そのあと王子が突然来て、薔薇の花束を渡してくれたの。108本もあったわ! 綺麗だから飾ってるの」
更に度肝を抜かれた。
「……お嬢、薔薇の本数の意味はおわかりで?」
「え? 100本のおまけじゃないの?」
「なるほど。あー、なるほど」
お嬢は薔薇の意味を理解をしていない。
小者に時間をかけすぎた。
そしてロゼの行動力と、王子のことを甘く見ていた。
108本の薔薇、その花言葉は『結婚して下さい』
「お嬢!」
「な、何!? いきなり大声あげないで!」
「今夜一晩お暇いただきます!」
「い、いいけど。キッドが一緒にいるし」
「……」
イラッとした。
俺の役割を奪った熊は後でどうにかしよう。
全ては俺が油断していたのが原因だ。
この世界は徐々に歯車を狂わせて回ってしまっている。
軌道を修正するために、お嬢から目を離さないようにしないといけない。
そのために、計画を変更する。ヴィンセントは今晩落とす。
「お嬢、その薔薇は別の場所で飾っておきましょう。ちゃんと手入れをしますんで」
「そう? わかったわ。お願い」
「そんじゃ、いい夢を。お嬢様」
「おやすみ、アッシュ」
お嬢はいつもより元気だった。
キッドのおかげなのか、王子のおかげなのか。
とりあえず俺は薔薇を抱えて屋敷をでて、そのまま火の魔法で灰になるまで薔薇を全て燃やした。
「とっとと片付けよう」
俺はまた宿へと向かった。
ヤンデレパートとラブコメパート、途中で切る予定だったのですが、中途半端になったので繋げました。
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