82.プライド side スティーブ
俺はスティーブ、鍛冶屋の長男だ。
学院を卒業後、親父と他の先輩職人と共に鍛冶屋で働いてる。8才下の弟のマーティンは、すでに私兵団に入団して住まいも私兵団寮だ。
正直、マーティンが羨ましい…。私兵団として街の治安維持や時々ランペイル領付近に来る魔物討伐と、やり甲斐のある仕事についていて。俺だって私兵団の入団試験を受けたかったが、鍛冶屋や親父の事を考えると受けることが出来なかった。だから、マーティンが私兵団に入れるように、出来るだけサポートをした。読み書きも学院入学前にある程度教えたし、体力作りも一緒に走ったり、打ち合いの練習にも付き合った。その甲斐もあり、合格した時は自分の事のように嬉しかった。
でも…俺の毎日代わり映えのしない鍛冶屋の仕事よりも、私兵団が羨ましかった。
ジョアン様に会うまでは…。
「兄貴ー、兄貴ー、いるー?」
私兵団寮にいるはずのマーティンが俺を呼ぶ。
「ここだー。どうした?そんな血相をかえて。」
「いてくれて良かった。屋敷で奥様が呼んでるんだ。だから、一緒に来てくれよ。」
「奥様が呼んでるって…お前、まさか何かやらかしたのか!?」
「違うよ!!ジョアン様が作りたい物があるって言うんで、それが作れるかどうか聞きたいってよ。」
「はーー!?この年末に向けて忙しいのに、子供の戯言に付き合えってか?ジョアン様っていやあ、アレだろ?春の判定で【無】属性だって噂の娘だろ?どうせハズレ属性の代わりに魔導具でも作れって言うんじゃねーの?」
「兄貴!!いくら兄貴でも言って良い事と悪い事があるぞ!ジョアン様は【無】属性だとしても、スゴい子なんだ!可愛いし、優しいし、気遣い出来るし、料理は旨いしーーー」
「あー、わかったわかった。ともかく行きゃあ良いんだろ?」
「あっ、ああ。あっ、あと木工工房のダニエルも一緒だって。外に馬車待たせてるから。」
「なんだ、アイツも呼ばれたのか…。ふ〜ん、馬車ねぇ〜。」
木工工房のダニエルとは、家も近所で同じ年の幼馴染だ。アイツも俺と同じで自分が私兵団に行けない代わりに、末の弟に夢を託した。それもあって、今でも呑みに行く仲だ。
親父に事情を説明して、仕事を他の職人に頼み外へ出る。
てっきり荷馬車だと思っていたのに、ランペイル家の家紋の入った馬車だった。その横に、ダニエルと末弟のガンが立っていた。
「遅いよ、スティーブ。お前のことだ、あーだこーだ言って渋ったんだろ?」
ダニエルに痛いところをつかれる。
「うっせーよ。来たんだから良いだろ!ってか、これに乗って良いのか?」
「はい、奥様が兄さん達をコレで連れてくるようにって手配してくれたんです。」
ガンが言う。
「はぁ〜、娘の為にねぇ〜。…親バカだな。」
「スティーブ、お前それ屋敷で言うなよ。」
ダニエルが言うが、俺だって馬鹿じゃない。その点は弁えてるつもりだ。
いざ、ジョアン様に会うと驚きの連発だった。
5才にして、俺たちでも考えつかなかった色々な物を考えてリストにしてあった事。お土産と称して、今街で人気でなかなか買えないと言う『ジョウ商会』のソルトバタークッキーと紅茶のパウンドケーキを渡してきた事etc…。
帰りの馬車で、俺とダニエルは終始無言だった。
それもそのはず5才児の発想に打ちのめされたから…。
家に帰りリストを見ながら説明すると、驚きのあまり親父と職人達は口をポカーンと開けて聞いていた。
やはり俺と同じでショックなのかと思いきや…。
「こいつは面白れーな…。よっしゃー、ジョアン様を驚かせてやろぜ!期限までに試作品を作るぞ!!」
と職人達と楽しそうに笑い合っていた。
親父にショックじゃねーのかと聞くと、
「何くだらねーこと言ってやがるんだ!俺らが発想出来なかったのは、しょうがない。だけどな、そこからどうするかが大切なんだ。ジョアン様は発想出来ても作れはしねーんだぞ。それを作れるのは俺たちだ。しかも見たこともない物を作るなんて、ワクワクするだろ?それに期限までに試作品を作って持って行きゃあ、きっと驚くぞ!こんな面白れーことねーだろ?」
子供の様に目をキラキラさせた親父は、そう言った。
そっか……自分が思いつかない発想を見て悔しかったり、5才のくせにってイライラしたのは、俺のちっぽけなプライドのせいか。親父の言う通り、期限まで試作品を作って持って行ったらジョアン様はどんな反応をするだろうな?
あのクリッとした目が落ちるぐらい、目を大きくするだろうな。
よし!やってやる!!
約束の日、俺は1人で行くのが何となく不安なこともあってダニエルと共に屋敷に向かった。
試作品を出すとジョアン様は予想通り、目を大きくさせキラキラした目で俺たちにお礼を言う。ジョアン様の笑顔を見て、親父の言う通りにして良かったとホッとした。
その後、奥様の提案で試作品を使った料理を食べて、俺たちは更に驚いた。
初めて食べた料理が、美味すぎる。本当に5才児が作ったのかと思うぐらいに美味い。特にカクテルとか言う酒は美味かった!酒と果汁を混ぜただけで、こんなにも美味くなるのかと驚いた。最初は領主様や先代領主様と呑むのは緊張したが、美味い料理と美味い酒でそのうち気にならなくなった。
領主様達が親バカになるのも、マーティンが絶賛するのも今なら納得できる。今度、街でジョアン様を虐げることを言ってる奴らには、ジョアン様がいかにスゴいか言い聞かせてやる。
帰りは前回と同様にジョアン様からお土産を貰い、馬車で送って貰った。だが、前回と違うのは俺たちが落ち込まずに笑って会話をしている事だ。
ダニエルはジョアン様の発想に触発されたのか、饒舌にこういうのはどうだ?と俺に話す。もちろん俺もダニエルに負けず劣らず、思案している物について話すが、気づくと調理関連で…。どうやら2人とも無意識にジョアン様が使うことを考えていたらしい。
ジョアン様が喜んでくれるなら、俺のプライドなんて捨ててやる。あの子の笑顔が、また見たい。
ともかく、未だ試作品が出来ていないブレンダーを作ろう。それに加えて、俺の考えた物も提案してみよう。また、驚いてくれるか考えると自然と口角が上がる。