43.鬼ですが、何か?
週3回の訓練を始めて、ようやく土の日。
今日はお父様と約束していた、私兵団を見学に行く。
昨日、王都から帰ってきた兄様たちと一緒に、お父様を先頭に演習場に向かう。
右手にノエル兄様。左手にジーン兄様。両手にイケメンで歩いている。
「ジョー、訓練はどう?辛くない?」
ノエル兄様が聞く。
「はい、初日はキツくてランチも食べられなかったけど、ようやく少しだけ食べられるようになりました」
「僕もそうだったから、辛さはわかるよ」
「俺は、初日から食えたけどなぁー」
「ジーンだけだよ、そんなの」
ノエル兄様が呆れたように言う。
「でも、体動かすの楽しいですよ。先生は厳しいけど」
「先生って、誰?」
「ナンシー」
「「あぁー」」
2人が遠い目をする。
やっぱり2人も、ナンシーの元で訓練していたらしい。
「ナンシーに教わったから、学院の先生が大したことのないように感じるんだよなぁー。怒られても怖くないし」
ジーン兄様、学院で怒られていることが問題では?
「確かに、それは感じるよ。僕、武術の授業免除になっているもん」
えっ?学院の授業が免除になるぐらい、ナンシーの訓練ってスゴいの?
「俺もこの前、先生と手合わせして、次から免除って言われた」
「あっ、もしかして武術の授業で怪我した先生がいるっていうの、ジーンと手合わせしたからか?」
何それ?子供に怪我させられる先生って。しかも、相手がジーン兄様って。
「あー、うん、俺。だって、鬼に鍛えられたら強くなるだろ?」
「「ぶっ」」
何の音かと思い、後ろを振り返ると、グレイとネイサンが声を出さずに笑っていた。
ジーン兄様の『鬼』発言が、ツボったらしい。
「お、鬼って……確かに……あはははっ」
「ネ、ネイサン……クッ、クッ、クッ……こ、肯定……ぶふっ……したら、ナ、ナンシーに……クッ、クッ、怒られるだろ……あはは」
「ふふふっ。ジーン、鬼は酷いよ」
ノエル兄様、笑いながらじゃフォローにならないわ。
「だって、本当だろ?兄上もそう思ってるから、笑ってんだろ?」
「お前たち、そんなこと言ってると知らないぞ。ふふふっ……鬼がやってくるぞ」
お父様まで……。
「「「「「あはははーっ」」」」」
ナンシーにこんなところ見られたら、怒られるわよねぇ。大丈夫かしら?
あれ?屋敷の方から、スゴいスピードで何か来るけど何だろ?ん?ほうき持ってる。人?
あっ、ヤバい、これはヤバいわ。
みんな、笑っていて気づいてないわ。
教えた方が良いのかしら?
私がオロオロしていると、すっと手を握られて引っ張られる。
「えっ?」
「ジョー、こっち。離れないと、危ない」
ザックが私の手を引いて、その場を離れる。
車座になって笑っているお父様たちは、まだ気づいてない。
どんどん、近づく人影、その人は、強く足を踏み込み跳躍した。スゴい、高い……。お父様たちの身長よりも高く、太陽を背にした事でお父様たちに影がかかる。
その影で、お父様たちは見上げて影の主を確認し顔面蒼白になる。
すぐさま5人は臨戦態勢を取る。しかし、その人は円の中心に着地をすると、持ってきたほうきの長い柄で薙ぎ払った。まるで、ゲームの武将のように。
ほうきの長さ的に届かないはずなのに、ノエル兄様、ジーン兄様、ネイサンが飛ばされ、倒れている。お父様とグレイは、グレイの作った土壁で難を逃れていた。が、土壁をほうきの柄でトンっと突いた瞬間壊れた。
大の大人2人が、ガタガタと震えている。
その人は一言。
「鬼ですが、何か?」
その瞬間、周囲が一気に寒くなった。
ナンシーは【水】属性。怒りで強化され、お父様とグレイの足元が凍りつき始めている。
結局、5人はその場で正座をさせられナンシーから説教……じゃなくて、愛のお言葉を頂いた。
「「「「「スミマセンでした」」」」」
でも、どうしてわかったんだろ?
屋敷から離れていて、聞こえないはずなのに。
「ねぇ、ナンシー。どうしてわかったの?」
「ちょうど、身体強化をして掃除をしていたら聞こえたんですよ」
ナンシーのスキル【身体強化】をすると、遠くの声なども聞こえるようになるらしい。魔物討伐の時や諜報活動の時には役立つそうだ。
「お嬢様、怖がらせて申し訳ございませんでした」
ナンシーが謝る。
「ううん、確かにビックリしたけど、でも、あの跳躍力とか本当にスゴかったし、太陽を背にしたナンシーとても格好良かったよ。ほうきで薙ぎ払うのも《一騎当千》って感じだった」
本当にいつも見ているナンシーとは違って、私はとても興奮した。
「そ、そうでございますか?ふふっ、ありがとうございます」
ナンシーはジョアンに怖がられると思っていたので、ジョアンの言葉に驚き、そして嬉しかった。
「ねぇ、ナンシー。いっぱい訓練したら、ナンシーみたいになれる?」
「お嬢様は、私のようになりたいのですか?」
「うん、だって誰よりも格好良かったもの。私も、あんな風に戦えるようになりたい」
「まぁ、じゃあ来週からまた頑張りましょうね。では、皆さま、私兵団の方がお待ちですので迅速に行動をお願いしますね」
5人に一瞥すると屋敷の方に戻って行った。
「はぁ〜、ナンシー格好良かった〜」
ボソッと呟く。
「僕も、お母さんみたいに強くなる!」
ザックも言う。
「じゃあ、一緒に頑張ろうね」
小さな2人は、目標をナンシーに決めた。
ナンシーのような『出来る女』は格好良い!!