精神病棟
父親が、近くに座った時、俺は父親と視線が合った。
毎日、学校に行く日々。それが、当たり前だったあの頃。しかし、突如として、それは終わりを告げた。全世界にアイウイルスが拡散され、自粛していたのだ。当然、僕も自粛していた。
僕は、母親と父親との三人暮らしである。
「〇〇くーん、ご飯できたよー。」
「はーい」
「〇〇くーん、ご飯できたよー。」
母親がそう何回も叫んでいる。食べさせてもらっているご身分だが、正直何回も呼び出されると、いらつくのである。僕は、仕方なく自分の部屋から出る。移動している最中に、母親が誰かと話しているような口調で話している。そして、僕は椅子に腰をかけた。
いただきます、もお互い言わずに無言で食べ始めた。双方の咀嚼音だけが、リビングに鳴り響く食卓。
何か母親が話し始めたと思ったら、
「疲れたー。」
と何回も無意識的に言葉を放つ。僕は、それにたいして何も反応を返さない。
ちなみに、母親はよくこの言葉を発している。
食べ終わっても、ごちそうさまです、とはお互い言わず母親が黙って、食器洗いをする。
僕は、そのまま自分の部屋に戻る。それが、ちょうど12時ごろの話である。
14時ごろに友達と遊ぶ約束があったので、親には何も言わずに、外出した。
遊ぶといっても、一緒に映画を見ようとしたのである。
「…」
「…」
お互い、自分の視界に入るよう手を振り上げる。
特に、会ってはじめのあいさつなどはない。
そして、そのまま映画館へと向かう。
「アイウイルスが拡散したおかげで、俺たち学校に行かずに済むな。」
友だちがそう言い放つ。
「おう、そうだな。」
本当は、拡散したせいで、旅行や学校にいけないのが自分にとってきつかったが、なんとなくここは、友だちの意見に同調しておいた。これが、日本人の気質というものなのだろうか。そう感じながら、足の歩みは止まらない。
映画は、2時間ぐらいで終了した。首が痛すぎて全然映画に集中できなかった。
友だちは真剣に鑑賞していたらしい。
「あそこの部分面白かったよな。」
「そうだね。」
適当に流しておいた。
そのあと、食事を共にとり、帰ってきたら、7時だった。
お父さんが帰宅していた。
「くそが、くそが、死ね、死ね!」
父親がそう言いながら、母親に八つ当たりしていた。
「やめて、やめて!」
俺は、その喧嘩を止めることはしなかった。もう、いつのまにか月日を経るごとに感情が薄くなっていたのだ。父親は、酒癖も悪く、よく俺に酒をつぐよう求めていた。
その瞬間、人の目が怖くなった。人が視界に入ると自然と目がその人がいる方向にいってしまうのだ。
のちになって、ネットで調べると、脇見恐怖症というものだった。前述したような症状が出るらしい。
この症状は想像以上に辛かった。そして、父親が隣に座ってきた。
その瞬間、俺は父親と視線が合った。
すでに、この家は精神病という名の伝染病で覆いつくされていたのかもしれない。