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コロコロを捨てた日

作者: 三昧瑪瑙

コロコロって安定して少年のシモ心をくすぐりますよね。

 小学校低学年の頃。元来の口下手と人見知りで所謂陰気キャラだった私は何を話したらいいのか、何が話題として相応しいのか、どう話しかければいいのか、が分からず、一人机にうつむき加減で脳内予行演習に終始するばかりであった。

 そんなものだから一ヵ月が経つ頃には仲良しグループ、というものが周りに出来始めていたのにもかかわらず、私は未だうつむき加減、言ってしまえば「ぼっち」というものになり始めていた。

 聞き耳を立てては、話せそうな単語が聞こえてきたとき、サッと椅子から立ち上がるも、いざ近づけばスッと横を通り過ぎてトイレへ向かうことが幾度もあった。


 ――このままではいけない


 そう思いながらも着実に便座とお友達になりつつある自分に小学生なりの絶望感を抱き、勇気と一緒に水に流した。


 ある日のこと。グループワークで同じ班になった一人が「おまえ、〇〇読んでる?」と聞いてきた。

 何かのタイトルだろうか? 彼にとっては何気ない話題提供なのだろうが、こういう「会話をするぞ」という雰囲気で話しかけられてきたことがとても嬉しく、私はすごく興奮した。それと同時にまたも絶望的な気分となった。知らなかったのだ、それを。

 頭が真っ白になりながらも分からない、とそんな感じのことをしどろもどろながら答える。

 折角話しかけてくれたというのに、ふがいなさと申し訳なさと、少しだけ勿体ないという気持ちとで泣きそうになる。


「もしかしてコロコロ読んでないの? ジンセーそんしてるぞ」


 そう言うと彼はバッグをポンと叩くと「持ってるから後で読もうぜ」と、こっそり耳打ちしてきた。

 私は歓喜した、そしてちょっとだけ涙がこぼれた。


 初めて読むコロコロはとても面白く、味わい深く、そしてうんちだった。隠れて読んでいたので息をひそめているのに、堪え切れず失笑しては彼に小突かれた。でも彼も同じだ。

 結局時間ギリギリまで読みふけっていてしまって、課題は大急ぎで同じ班の子から写させてもらった。こういう事態も初めてで、この一日は何もかもが新鮮で楽しい、と、そう記憶に焼きついている。


 次の日、休みだったので父にお願いしてコロコロを買ってもらった。言わずとも色々と与えてくれる両親だったのでこちらからお願いするのは初めてだったかもしれない。父は妙に嬉しそうだった。

 次号からはお願いする前に父が発売当日に買って来てくれるようになった。母は少しだけ呆れた表情で笑っていた。


 それからはコロコロを中心に彼との話題に花が咲き、グループワークで同じ班になった子たちともぽつりぽつりと話すようになっていった。

 ぼっちの姿はもう無かった。彼を親友と呼べるようになり、便器は孤独になった。



 そんなコロコロな毎日がずっと続くのだ、そう思っていた私に転機が訪れたのは高学年に上がってからのことだった。

 コロコロの話題を出しても応えてくれる人が減った。クラスが違うからだ、と、そう思っていたけれど、親友からも何となくやんわりと触れないようにされている気がしていた。

 どことなく疎外感を感じるようになり、机にうつむき加減がちになる。便器の足音が聞こえた気がした。


 休み時間に親友のクラスへと足を運ぶ、ドアの前に来た時、笑い声と共に知らない話題が耳に入ってきた。

 咄嗟にスッと教室に入らずにトイレへと足を向け、聞き耳を立てながら歩き出す。ゆっくりと。

 聞こえてきたのはやはりコロコロにはない、しかし漫画の話題であった。


(他の漫画も読むようになったのだな)


 そう思いこんだ。


 放課後、親友と二人の帰り道。コロコロの話題を振った、いつもの様に、でも確認するかの如く。

 ――でも。


「あのさ、オレもうコロコロ読んでねーんだ。だから話振られてもわかんねーよ……。」


 ――聞きたくない。


「周りも読んでる奴いねーぜ? それに俺らももうそんな年じゃねーだろ?」


 ――うるさい。


「だから、お前もコロコロやめてジャン――」


 なんでだよ!!


 叫んでいた。裏切られた気がした。認めたくなかった。信じたくなかった。信じられなった。

 君だったじゃないか、教えてくれたのは。

 神聖な何かが汚された気持ちでいっぱいだった。悔しかった。


 そこから先はあまり記憶にない、何か罵倒をしたのを覚えている、売り言葉に買い言葉。気が付けば大喧嘩になっていた。

 喧嘩をしたのは初めてだった。喧嘩別れも初めてだった、一人の帰り道も。



 連休に入っていた。コロコロを読んで過ごしたり、色々遊び倒す予定だった。親友と。

 ――親友。きっかけをあんなにも汚されたのに。それでも。


 トントン、と部屋のドアをノックの後、父が入ってきた。後ろ手に何かを持って、にこやかだ。

 何か、と問う前に「ジャ~ン」とそれを出してきた。


(そういえば発売日だった)


 そんなことすら忘れていた。悲しかった。自分に。親友に。

 出来るだけ笑顔を浮かべてありがとうを述べ、受け取る。コロコロはいつもの感じの楽し気な表紙だ。

 パラパラとページをめくり読み始める私を見て、そっと部屋から出ていく父を横目で確認する。しばらく読んで、閉じた。


 初めてだった、楽しくなかったのは。


 おもむろに、机の工具箱からカッターを取り出し表紙を切りつけた。それからベッドへ突っ伏し、枕に顔を埋めて思いっきり叫んだ。なんでもいいから吐き出したかった。

 内容は変わらなかった、待ち望んでいた続きだった。うんちだった。それなのに……。


 夜になって晩御飯の時私は言った。


「もうコロコロは買ってこなくていいよ……。」


 父は「そっか」とだけ言って、笑った。

どちらかといえばボンボンとVジャン、月マガ、月ジャン辺り育ちですね。

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