プロローグ・後編
「なっ・・・」
衝撃を感じ、しりもちをついたレミディアの目に映ったのは横に張り巡らされた縄だった。普段、放牧地として使われているこの草原には、家畜が森に迷い込まないよう仕掛けが施されていたのだ。昼間なら見逃すことは無いのだろうが、暗闇と焦りとで見落としてしまったのだ。
「くっ・・・!」
幸いに怪我は無いもののもはや騎馬隊から逃れることはできない。せめてもの抵抗を見せようと腰の剣に手をかけた時、
ひゅん・・・どかっ!!
鋭く空気を切り裂く音と光が一閃し、地面に重く突き刺さる音がした。目の前の異変に驚いた騎馬隊長の馬がいなないて立ち上がり、隊長が振り落とされる。
「何者だ!?」
振り落とされた隊長が暴れる馬を制止しながら誰何の声を上げる。地面には穂の横に更に三日月形の刃が付いた二又の槍が突き刺さっている。
「姿を見せろ!暗闇から獲物を投げるなど卑怯だぞ!!」
槍の飛んできた方向に隊長が声を荒げる。
「ふうん」
不満そうな声に続きものが落ちるような音がし、草木を踏む足音がそれに続く。
「女の子一人捕まえるのに完全武装の騎馬隊が大勢で追い回すのに比べればはるかに卑怯じゃないと思うけどな」
声の主は年の頃十二・三歳。焦げ茶色色の髪に、やや緑がかった黄色い瞳を持つ少年だった。レミディアより小柄だが腰の剣はレミディアの物より大振りだ。
「それともその子は大人数の騎士が必要なぐらい必要なぐらい強いのかな。そうは見えないけど・・・」
言いながら少年はレミディアを一瞥し、地面に突き刺さっている槍を引き抜いて片手で隊長の方に切っ先を向けた。
「なっ・・・。」
驚く隊長に少年は続ける。
「ダークエルフか。ならばあんたらの国、ロゼリア王国には不要なんじゃないのか?なんでも宰相の主導で他種族を粛清したり追放したりしてるそうじゃないか。先王の時代に他種族の戦士や魔法使いの力を借りてセルキアに並ぶ二大強国になったというのにずいぶんと身勝手なものだな」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
隊長と少年の間でしばしにらみ合いが続く。
「・・・・・・・・・退くぞ」
「は?」
「我が隊はエルフの女を追撃するも森に逃げ込まれ見失った。上にはそう報告する。良いな」
「は・・・はっ!」
納得のいかない様子の部下騎士に伝え、隊長は手綱を引いて馬の向きを城に向ける。
それを見て切っ先を下ろした少年に隊長が問いかけた。
「小僧・・・いや、少年戦士よ。名前は?私はロゼリア王国騎士団二番隊長のフランクだ」
「・・・レグルス」
「レグルスか。覚えておこう」
そう言い残してフランクは右手を挙げ、騎馬隊を城へと走らせた。
砂ぼこりが遠ざかるのを確認しながら少年-レグルスはレミディアに手を差し伸べた。
「危なかったな。ロゼリア宰相フレードはあまりよい話を聞かない。捕まったら間違いなく酷い目に遭う。んで、何をやらかしたら騎馬隊に追われるんだ?」
「遠慮しないタイプなのねあなた・・・。とりあえず、助けてくれてありがとう。私はレミディア。騎馬隊に追われていたのはフレードの暗殺に失敗したからよ」
「また大胆な真似したな。なんでまたそんなことを」
「それは・・・・・・」
意志の強そうな表情から一変し、レミディアの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。レグルスそれを見て理由を察し、膝を曲げてレミディアに視線を合わせて肩に手を置いた。
「力になれると思う。でも今は一旦ロゼリアを離れよう。多分レミディアは指名手配になるし、目立ちすぎる」
泣きじゃくるレミディアをなだめながらレグルスは手を握った。
「えっ・・・・・・?」
レグルスの表情が驚きへと変わった。
「隊長、どうして一合も交えずに退いたのですか。あれでは王軍の名に示しがつきませぬぞ」
城への帰途、副隊長のオーウェンがフランクに不満をぶつける。
「オーウェン、お主はあの少年が持っていた獲物を見なかったか?」
「見たことが無い武器ですがハルバートの一種ではないかと」
「そうだ。だが、刃先の長さは普通の騎士が持つハルバートの倍以上あった」
「あっ・・・・・・」
オーウェンの脳裏に騎士団長ブロスが操る巨大な刃を持つハルバートが浮かんだ。
「おそらくブロス団長のハルバートに匹敵する重さだ。それをあの少年は身体を使わずに木の上から投げつけたり片手で軽々と持っていた」
「そ・・・それでは・・・」
オーウェンの背筋に冷たい汗が流れた。
「あの少年はただの子どもではない。おそらく人外の強力な戦士だ。この程度の手勢では皆殺しにされていただろう」
「・・・・・・・・・。」
「我々の国は人間の支配による強さを求め、これまで頼ってきた異種族に対し追放や粛清を進めている。だがそれは同時に異種族を敵に回すということだ」
「あのエルフの娘の父親も・・・・・・。」
フランクは独白しながら間近に迫った城壁を見上げた。