終幕
ながい夜が明けた……。
まだ辺りは薄暗いものの小鳥たちのさえずりが聞こえてくる。
真夜中の騒動が嘘のようにひんやりとした空気が静かに森のなかを漂っていた。
ティアラは自分の膝の上で穏やかな寝顔を見せている少年の顔を見て微笑みを浮かべていた。
「本当に無事で良かった……」
壮絶な戦いの末に勝利したケイジが力尽きたかのように落下する姿を見つけたときは息が止まりそうだった。
自分が生きて彼が死ぬなんて結末は断じて認めることはできない。ティアラは傷ついた体にむち打って無我夢中で走り出していた。幸いなことにケイジが守った大樹の葉がクッションになり衝撃を吸収してくれたおかげで、地面に伏していた体は擦り傷と打ち身だけすんでいた。
しかしホッとしたのも束の間で、呼吸や脈拍が弱っていることに気づいたティアラは再び息が止まりそうだった。
いったい何故かと考え、保有魔力の急激な減少による体力の消耗はときに死に至らしめるという教会でおそわった知識を思い出して、慌てて残りのポーションを口に流し込んだ。
が、一向に呑み込んでくれず取り乱しそうになる心を押さえて考えた。途方に暮れたそのときのひらめきを思い出すと今でも恥ずかしくなる……。
ティアラはそっと唇に指をあて自分のしでかしたことを思い出して顔が熱くなるのを感じては首を振った。
「あれはしかたがなかったのだ……」
やましい気持ちなんて少しも……ないのだから……胸を張ろう――そうだ! 事情を説明して謝罪して感謝して――感謝? いやいや、それでは余計に誤解を与えかねない。
「いったいどうすば……はぁ」
ティアラは何度も同じ溜息を吐き出すと、教会で学んだ真摯な態度では解決できそうにないと結論に至り、とうとう神に祈るのだった。
*
実のところ俺はすでに目覚めていた……。
目蓋をあけた俺は目の前のそれがなんなのかわからなかったが、その先に見える美しい顔に気づくと脳は一瞬で覚醒して状況を把握した。
それの正体は生まれてはじめてみる下乳だった!
正確に言えば物心つく前に肉親のものを見たのだろうがそれはノーカンだ。
インナーからはみ出したボリュームのある双球は張りがあり押せばはじかれそう。おもわず指を伸ばしそうになり慌てて自制した。
それから後頭部に感じるこの温かい枕の正体は膝枕で間違いない。恋人ができたそのときは絶対にやってもらうつもりでいた憧れのシチュエーション。死んだショックですっかり忘れていたがまさか異世界で叶うとは……数奇な己の人生に感謝しつつ心の中で合掌した。
このまま奇跡のサンドイッチで押しつぶされたら俺は成仏してしまうだろう。大往生だ。あるいは何食わぬ顔で起きたふりをして下乳に突撃しても幸せのあまり死ぬ。どちらも幸せな最後だろう。
などと考えたいたら空を見上げていたティアラの視線が下がり慌てて目を閉じた。
よく考えるとそのままおはようの挨拶をしてもよかったはずだ。しかし俺のやましい心が彼女の純真な瞳を拒絶した。こうなるとタイミングというものがわからなくなる。そんなわけで寝たふりをしているとティアラが意味深な言葉を口にした。
しかたがなかった?
なんのことだかさっぱりわからないがその後に続く彼女の沈んだ声を聞いて激しく動揺した。
いったい何が?
ラッキースケベで喜んでいる場合ではない。ともかく俺はこれ以上ティアラを悲しませまいと目を開けた。
「ティアラさん――」
「――っ!」
するとどうだろう。彼女は唇を手で隠すようにして視線をそらした。
見ればかたわらには空になったポーションの瓶があった。
おぼろげながら事態を察した俺は穢れた感情を心の中で謝罪して感謝の言葉をのべた。
「ありがとうございます。俺のために貴重な薬を……」
「え? いや、こ、これはいいんだ。ポーションのことなら気にしないで忘れてくれ。そそそれよりも体の具合はいいのか?」
「えっと……」
見たところ外傷はない。あのまま気絶したようならかなりのダメージをおったはずだが、落下のダメージもレジストしたのだろうか?
ティアラによると大樹の葉がクッションになってくれたらしい。それを聞いて背筋が寒くなる。危うく死ぬところだったようだ。
「外傷はそれほどでもなかったが心拍などが弱っていたので……ポーションを……な」
「そうでしたか……」
力を使いすぎたということなのだろうか?
たしかに特大のサイコキネシスを放ったあと一気に虚脱感をおぼえた。次からは全力はひかえた方がいいのかもしれない。
「あれだけの魔法を使ったんだ。魔力欠乏におちいっても不思議ではないよ」
「魔力欠乏?」
「残存魔力を消費しすぎたときにおこるのだろ?」
そういう症状らしいがまったくの勘違いだ。
「俺は魔法なんて使えませんからたぶん別の原因かと……」
「魔法が使えない?」
「ええ。実はその……あの力は……超能力です」
少し迷ったが真実を口にした。魔法なんてある世界なので理解もしやすいだろう。しかし……。
「チョーノウリョク? 生憎と限界魔法について詳しくないのでな。不勉強で許してほしい」
許すも何もないのだが……ひょっとするとこの世界には超能力という言葉じたいがないのだろうか?
となると俺の力は非常に説明がしづらい……ティアラが魔法と混同してしまうのも無理はないように思えた。
どう説明しようかと悩んでいるとティアラが居住まいを正して頭を下げた。
「君が駆けてつけてくれなければ私はハイデーモンに殺されいただろう。あらためて言わせてほしい……助けてくれてありがとう」
「あ、頭をあげて下さいっ。最初に助けてもらったのは俺の方だし、そのあとだって無理矢理連れていってもらって、いまだって力尽きた俺にポーションまで飲ませてくれて――」
お互い様ですよと言ったのだが、ティアラが顔をあげてくれない。ぷるぷると震えているようにも見える。騎士のプライド的なものを傷つけてしまったのだろうか?
俺がハラハラしているとようやく顔をあげてくれたがどことなく涙目に見えた。やはりプライドか……。




