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魔法じゃない、超能力だ  作者: 一川一
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そして戦いへ 2


 ティアラは木々の隙間から敵の様子を伺っていた。


 ケイジを逃がしたティアラは剣を抜き、数度の剣撃を浴びせるといちもくさんに逃げ出していた。


 森の奥へ奥へと突き進む。


 なさけない話しだが、あのデーモンにはまるで刃が立たないであろうことは数度の攻撃で理解した。まるでじゃれた子供をあしらうようにティアラの剣は受け流されて、実際には一撃も浴びせられなかった。それも素手でだ。


 短剣ほどしか伸びていない爪で軽くはじかれる度にティアラの自信は削がれ、敗走するに至った。


 せめて森の奥へと行くことでケイジを逃がす時間を与えたかったが――。


「みぃーつけたぁー」


 背後に感じた寒気。咄嗟に振り返り剣を構える。が――。


「かはっ――」


 刃をむける暇すらなく鋭い爪がティアラの胸部へと突き出され、鎧を砕くほどの衝撃を受けて吹き飛ばされた。


「おやおや……この程度もかわせぬとは……警戒しておりましたが……杞憂でしたねぇ」


 呼吸をするのが苦しい……。鎧のおかげで血を流すことはなかったが、衝撃で折れたであろう肋骨が肺を圧迫している。直ぐさまポーチから取り出したポーションを口へと流し込む。


 息苦しさが緩和されていく。魔法ほど便利ではないので回復までに時間がかかる。それでも立ち上がり敵に向き合うぐらいの状態にはなった。


「ふーむ……魔法ではなくポーションで治療とは……アナタ本当に聖方騎士ですか?」


 なるほど。すぐに殺せるほど力の差があるのに積極的にしかけてこなかったのは聖方騎士だと勘違いしていたからか……。


 早く気づいていればハッタリで逃げ切れたかもしれない……とも思ったがこれだけの実力差だ、どのみちはりぼてだと看破されただろう。そうやら逃げられるのはここまでのようだ。


 覚悟を決めるとティアラは剣を握り構えた。


「ようやくやる気になってくれたところ恐縮ですが……勝ち目など万が一にもありえませんよ?」

「だからといって簡単に殺されてやるほど私は弱い女ではないっ」


 面食らったような顔をしたデーモンがけらけらと笑いだす。その不愉快な笑い声は眠っていた野鳥たちが、一斉に逃げ出すほど不気味な気配をおびていた。


「簡単に殺す? そんなわけないでしょう? これからアナタはゆっくりじっくりなぶり殺されるのですよ? 生きていることが辛く苦しく、自ら殺してくれと涙ながらに懇願してワタシの足に接吻するのです」

「……反吐が出る」

「すばらしぃーっ! この状況でそのような強がりっ! まったくもってなぶりがいがあるっ!」


 デーモンは心底嬉しそうにケタケタと笑う。


「さきほどまで遊んでいた人間もアナタほど強情だったのならばワタシも満足してこちらまで足を伸ばすこともなったでしょう。いやはやアナタは不運で……ワタシは幸運だっ!」


 一瞬、ケイジの顔が浮かんだが、それはないと振り払う。おそらくは別ルートで調査に来ていた冒険者たちのことだろう。なんのつもりかデーモンが鼻をひくつかせた。


「この匂いは……焦りですか?」


 まるでティアラの心内を見透かすようにデーモンの赤い瞳がらんらんと輝く。


「もしかするとお仲間でしたか?」

「……なんのことだか」

「そうでしたか……それはざんねぇーん。ワタシの顔を見るやすぐに戦意を失った人間たちの最後をお伝えしようと思ったのですがねぇ……興味ありません?」

「……ないな」

「そうですか……そぉーですかっ! 聞きたいですかぁっ!」


 こいつ……。


「まずは両腕をもいだら地べたにはいつくばって、綺麗な顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、芋虫のような姿で許しをこうた女剣士や、両足をつぶしてオークの群れのなかに放り込んでやったら、穴という穴を犯されて発狂したうえ興奮したオークに頭から喰われた女魔術師の、悲惨で凄惨な話しの方からいたしましょうか――」

「黙れっ!」

「おやおやお気に召しませんでしかぁ? それなら命懸けで逃がした――虫けらの末路なんでどうです?」

「――っ!」

「ウォーウルフ数体をけしかけてつかず殺さず森の出口まで走らせて、助かった、逃げ切れたと思った瞬間、伏せておいた魔物たちで一斉に取り囲んで絶望させる……そんな素敵なプランなのですがいかがでしょうか?」


 ティアラは己の過ちに歯がみした。巻き込んでしまった後悔……あのとき断るべきだった。危険な仕事だという予感はあった。それでも逃げに徹すればどうにかなると考えていたが……。


 今更だが甘い考えだった。教会から譲り受けたこの装備の性能を過信していた。未熟なティアラでも中位の魔物と戦える。それこそゴブリンやオークのような下位クラスならば何体いようがものの数ではない。短い旅の間で誤った自信がついていた……。


 だから森のなかで神に助けを求めていた哀れな信徒を救わねばと、教会から離れた身にかかわらず慈悲がわいたのだ。


 それでも同行させるのはどうかと思ったが、この森を出るまでならばと考えを変えた。それもケイジの人柄を感じ入ってのことだろう。


 お調子者のようでいて礼儀はわきまえていたし、人なつっこいようで他者との距離はしっかり把握している。頭もまわるが打算などなく気を遣う姿……それらは本当に短い間に知ったケイジの一面であったが、好意を抱くには十分だった。


 だからこその後悔……。


「死なせるために逃がしたわけじゃないっ!」

「ほう……それで?」

「貴様を倒して彼を救うっ!」


 デーモンの顔から笑みが消える。


「正気で気の触れたことを言われると……少し腹立たしいですね」


 刹那――デーモンの姿が視界に広がりあっと言う間に間合いを詰められていた。それでも今度こそ油断なく剣を振り下ろす。しかしその刃は……。


「渾身の一撃でもその程度ですか……魔法も使えぬ騎士の攻撃ではこれが精一杯なのでしょうね」


 肩口に生まれたわずかな傷……しかしそれもすぐに再生して何事もなかったかのように消えた。


「うっぐう……がぁっ……」


 ティアラの手から剣がこぼれ落ちる。太くて硬いデーモンの指がティアラの首筋に食い込んでいた。片手で軽々と持ち上げられた体から力が抜けていく。


「エナジードレインです。これで少しは大人しく――ぐうっ――がはっ!」


 突如苦しみだしたデーモンが、ティアラを放して胸を掻きむしる。


 デーモンが悶え苦しむ姿を見てチャンスと思ったが、逃げだそうにも足に力が入らない。それでも拾い上げた剣を杖にして懸命に立ち上がった。


 おそらくだがしばらくは時間が稼げるはず……早くケイジの元へ――。


「逃がすと思うか――人間っ!」

「そん――なっ……」


 起き上がり突き上げたデーモンの爪がティアラの胸を切り裂いた。既に壊れかけていた鎧は粉々に粉砕されて、ティアラの体は血しぶきをあげながら吹き飛んだ。


 同時にデーモンの悲鳴もあがった。引き裂いたはずのその爪は消滅して頑強であったはずの腕までもが溶け崩れている。それはティアラの返り血を浴びた結果だった。


 ティアラは我が血にこれほど効果があったのかと驚いていた。胸の間で青白く光る涙のような印……女神の雫と呼ばれるこの印は魔族に対する力になる。ただ漠然とその血が魔力となって力を発揮するものだとばかり思っていたが……。


「直接……でも……いい……わけか……」


 我が身を犠牲にすれば倒せるかもしれない。そのわずかな勝機がティアラを奮い立たせた。流れる血を刃へとつたわせ白銀の剣を紅く染める。


 ティアラは重い足を持ち上げて最後の力を振り絞り、未だに苦しむデーモンにむけて駆けだした。


「滅びろおおおおおおおおおおっっっっっっっっ!!!!!!!!」


 紅い軌跡がデーモンの体を切り裂く――はずだった。


「ばっ……かな……」


 刃はすんでのところで止められた。溶け崩れたはずの手がティアラの腕を掴んでいた。


「ふふふっ……その顔です……その顔が見たかったっ!」


 苦しんでいたはずのデーモンの顔に浮かんでいたのは満面の笑顔。だがその顔は嫌らしいまでに歪んで見えた。


「勝てると思いましたか? 思ったでしょう? でもざんねぇーんっ! お前に勝機なんてはじめからなかったんだよっ!」

「あっ――うぐっ!」


 一瞬で腕が握り潰された。激痛と共に手の感覚が消える。唯一の希望であった血濡れた剣を地面に落とし、拾うことなど許されなかった……。


「いやはや正直言って驚きましたよ。まさかアナタがあの忌々しい覚醒者だったとは……さすがにその血を浴びればワタシとて無事ではおれません。もっとも……このように再生は可能ですのでアナタの血が枯れようとも滅ぼされることなどありはしないのですがねえっ!」

「そん……なっ……」

「絶望しましか? 心が折れましたか? ですがまだ諦めるのは早いですよぉー。すぐには殺しませんから万が一にもチャンスがあるかもっ! ゆっくりとじっくりとねっとりと、おおよそ人間が奇異を抱くような拷問の末に殺しましょう。ワタシの慈悲に感謝してくれていいのですよ? 時間という貴重なチャンスを与えてあげるのですからぁーっ!」


 血を流しすぎたのか足下がふらつく。もはや勝ち目がないことは明白だった。それでもティアラは降伏するつもりなんてなかった。だから膝をつくフリをして左手を剣へと伸ばす。が――。


「うっ――!」


 無造作に掴まれた左肩が肩当てごと握り潰された。


「これで大事な大事な剣を握ることはできないでしょう」


 とうとう激痛に耐えられず地面に膝をつくと後頭部に衝撃が走り鼻がしらが熱くなった。


「あっうっ……」

「どうですか? 自ら流した血と汗の染みこんだ土の味は? 美味しいでしょう? そうでしょうぉーっ!」


 踵でぐりぐりと頭を押さえつけられ口の中に鉄錆と砂利の味が広がる。吐き出すこともでず不快な味が広がっていくのを我慢していると、ふっと重さが消えた。


「これは失礼。アナタがワタシの足に接吻をするためにわざわざ地に伏せたというのに気が利きませんでしたねぇ」


 さあどうぞと言わんばかりつま先を差し出す。ティアラは躊躇うことなく――落ちていた剣の柄に食らいつくと首をそらした。しかし刃はデーモンのくるぶしで止まり再生によりはじき返され――そのままティアラの頬をなぐように蹴り飛ばされる。


「まったく本当に強情な女だ。これだけしつこいとワタシも逆に興ざめしてしまいますよ」


 未だに絶望しないティアラに対してデーモンも苛立ちを感じはじめているようだった。もはや怪我の具合と疲労から一歩も動けそうにないというのに、ほんのささやかな意趣返しができたことに笑みが浮かんだ。


「癇に障る女だ……だからこそますます最高の笑顔が見たくなったよ」


 身の毛もよだつような笑みを見せられて息を飲む。


「どうもこのまま苦痛を与えてもアナタの心が叫び声をあげることはなさそうですねぇ……どうしましょうか?」

「いっ――!」


 血と土埃で見る影もなくなったブロンドの髪を掴まれて無理矢理立ち上がらされる。


「そうえばアナタ――虫けらのことを随分と気にかけていましたねぇ。いったいどういう間柄なのでしょう……まさか恋人ですか?」

「……彼は……関係ない。雇った……だけの……従者だ」

「ふむ……嘘は言っていないようですが……多少の好意は寄せているのではありませんか?」

「――っ!」

「おや……図星でしたか?」

「悪魔らしい……下劣な考えだな……考え違いも……甚だしい」

「そうですかぁ……伝令が戻らないところを見ると未だにあの虫けらは逃げ回っているのでしょうし、恋人ならば死ぬ前にひとめ顔でも見せてあげようかとかとも思いましたが――おや、いま少し期待したでしょう?」


 頬がゆるんことに気づき慌てて引き締める。極限状態のなか油断が生まれていた。ケイジが生きていてくれていることが嬉しくて気が緩んでしまったのだ。


「きぃーめたっ!」


 デーモンは口角を曲げてティアラに顔を近づける。


「これからアナタを虫けらの元に連れて行き目の前で犯してあげましょうっ!」

「――っ?」

「泣き叫ぶ虫けらを磔にして目の前でアナタの子宮を引きずり出して犯すのです。アナタの喘ぎ声を聞いたあの虫けらはどんな顔をするのでしょうか? 非情に楽しみですねぇ。アナタが恥ずかしいならな虫けらの耳を引き千切ってあげましょうか? ワタシはなぁーんて慈悲深いのでしょう。感謝してくれていいのですよ?」

「外道がっ!」

「ああ……伝わってきますよアナタの不安がっ! 見えますよ、怒りで必死に絶望から目をそらす哀れな姿がっ!」


 もう力なんて残ってないはずなのに髪が抜け落ちようと潰された腕がちぎれそうになろうと必死に抵抗していた。それでも拘束は一向にゆるまず――。


「おいたしないで下さいね。大事にな体なのですからっ」

「あっ――ぐっ――」


 気遣う言葉とは裏腹に腹を蹴られ頬をぶたれ怒りすら絶望に塗り替えられていく……。


 涙などとうに枯れていると思っていた。一生分の涙はすでに流した。そう思っていたのにティアラの瞳から雫がこぼれ落ちていた。


「ふふふふっあははははははっ、そうだ、その顔だっ。その顔が見たかった! あはははははははっっっっ――――ぶべっ?」


 不愉快な笑みを浮かべていたデーモンの顔が唐突に潰れティアラの目の前から消える。支えを失ったティアラの体は崩れそうになる瞬間――優しく抱き留められていた。


 肩越しに見えた光景はありえないものだった。この場において絶対的な覇者であるデーモンが軽々と吹き飛ばされ木々を巻き込み轟音と共にその姿を消す。


 どこからともなく現れて自分を救ってくれた人物の顔を見たティアラは、驚きやら歓喜やら怒りやら悲しみやら自分でもわからないほどの感情がどっと湧きだし噛みしめるのに必死だった。それでも今流れているのは温かい嬉し涙だと確信する。


「逃げろと言っただろ……ケイジ」


 ケイジは涙を堪えるように顔をしかめて優しく抱きしめてくれた。ティアラは彼が間違いなく自分の知る人物だと確信して傷ついた体をゆだねるのだった……。




ここまでお読みいただきありがとうございました。明日からは1話更新となります(可能な限り)

誤字脱字報告、感想等を頂ければ幸いです。今後ともまっちょをよろしくお願いいたします。


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