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魔法じゃない、超能力だ  作者: 一川一
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異世界へ 2

「私はティアラという」

「俺は――啓司です」


 名字も名乗るべきかとも思ったが、異世界あるあるで名字は貴族とか権力者が使うのかもしれないと思いひかえておいた。それはともかくこの荷物……重い。


 宣言どおり荷物持ちを志願したのはいいが、このズタ袋は想像以上に重かった。ティアラが片手で担いでいたのを見て余裕かと思っていたら体感でも二十キロ以上ある。こんなもん担いで、なおかつ鎧と剣まで装備してるんだから……この世界の女性はたくましい。


 道なき道をすすむたくましい尻……。正直、こんな薄気味悪い森を歩いていられるのは目の前に美人の尻があるからに他ならない。見ているだけで疲労も忘れられる癒しの効果もあって俺は頑張れた。でもやっぱりしんどいな……。


「あまり歩きなれていないようだがこの森は初めてか?」

「ああ……はい」


 嘘をついてもどきどき木の根やらにけつまづきそうになる歩みを見ればド素人なのは一目瞭然なので肯定した。


 普段舗装の行き届いたアスファルトに歩きなれた俺にはこのでこぼことした獣道は歩きづらくてしょうがない。


「ペースを落としてすいません」

「気にするな。ここは帰らずの森だ。慎重な方がいい」

「ですか……」


 帰らずの森……。


 どういたった由来があるのかはしらないが、見た目は屋久島の森をもっとおどろおどろしくして、スケールを大きくした感じとでも言えばいいのか……一本一本の木々が妙にでかくて威圧感のある森という印象だ。


 そのなかでも一際異彩を放つのがときおり木々の間から見えるやせ細った大樹だ。馬鹿でかい枯れ木のようにも見えるが、目測ながらスカイツリーよりもでかいのではなかろうか?


「あれはかつて世界樹と呼ばれた大樹の成れの果てだよ……」


 俺の視線に気づいたティアラが教えてくれた。予想通りあの木はとっくに枯れているそうだ。枯れ木とはいえ今も尚その存在感が目を引く。おかげであの枯れ木が目印となり森で迷うものが少なくてすんでいるそうだ。季節にもよるが影で方角がわかるらしい。俺にはさっぱりだが……。


「なら……なんで帰らずの森なんですか?」

「この広大な森の一部には一度足を踏み入れると元の場所には戻れなくなる危険な地帯があるそうだ」


 なにそれ怖い……。樹海的な場所なのだろうか?


 俺はますますティアラから離れないようにその尻を追いかけるのだった。


 それから俺はへとへとになるまで随分と歩いた……。


「日も沈んできたし……この辺りで野営をしよう」

「はいっ!」


 今日一番の良い返事が出た。さすがに疲れたので……。


 ティアラが手際よく野営の準備をしてくれる。いつの間に薪になりそうな枝を拾っていたのか感心するばかりだ。火打ち石のようなもので手際よく火をつけるとズタ袋から鍋やら食材を出して調理していく。あっと言う間に美味そう匂いのするスープが出来上がった。


「大したものではないが冷めないうち食べなさい」


 皿に盛られたスープを差し出されて戸惑う俺。貰っちゃっていいの? 


「いいんすか?」

「遠慮するな。調査は明日で切り上げるつもりだ。食材を余らすのも勿体ないしな」


 ならばと遠慮なく頂いた。薄味だが体の芯に栄養が染みこんでいくような不思議な味だった。なんの野菜だかわからないがほんのり甘みがありうま味も感じる。気休め程度の大きさの肉も味わい深い。これなら何杯でも飲めそうだ。


「美味いっす!」

「それは良かった」


 口数は少ないが半日ほど一緒にいて彼女の人柄が垣間見えた。調査を切り上げるのも俺のせいではないかと思う。食材も減らせば軽くなるし。申し訳ない気分ではあるが今は好意に甘えよう。いずれなんらかの恩返しがしたいと素直に思った。


 食事を終えてかたづけ終わると交代で仮眠をとることになった。俺がずっと起きていると主張したが、集中力が続くわけないと一蹴された。たしかにそのとおりだしプロの意見を素直にきくことにする。


「先に休むといい」

「いやいや、ティアラさんを差し置いて休むなんて」

「無理をするな。今日は疲れただろ?」


 強がりたいところだが見透かされているような気がしてやめておいた。


「すいません……」

「気にするな。あれ以来魔物も見ないし奴等の縄張りから外れたのだろう」

「そういうものなんですか?」

「ああ……普通はだが」


 なんだろう? 含みにある言い方である。


「いや、脅かすつもりはないのだが……少し気になってな」

「何がです?」


 ティアラは躊躇いがちに口を開いた。


「普通の魔物は同族以外に群れることはないんだ」

「そういえばゴブリンとオークが混在してましたね」

「そうなんだ。ましてや共闘するなんてことは非情に珍しい」


 そういうものなのか。ゲームだと普通に混在して襲ってくるので違和感を覚えなかったがこっちの世界の常識では驚くようなことらしい。


「珍しいですか……じゃあ偶然と考えるのは危険かもしれませんね」

「……どういう意味かな?」

「いや、その……普段共闘しないような魔物が仲良く一緒に襲ってきたってことはまとめる奴がいたのかなって」


 ティアラの鋭い視線に驚いてついつい口走ってしまった。素人考えでお恥ずかしい……。


「大したものだ」

「へ?」

「すまない。誤解しないでくれ。馬鹿にするわけではないが、見たところ戦の教育など受けていないように見えたのでな」


 まあそう見えますよね。実際ゲームや小説などで得た知識だし。


「君の推察どおりだ。私も偶然じゃないと思っている。調査の仕事もその辺りの確認なのだよ」

「そうだったんですかぁ……」


 なんか思ってた以上にやばい展開なのでは?


 どうも嫌な予感がする。こう人々が知らないところで着々と悪巧みが進んでいてその尻尾を掴んでしまった的な……。


「すまない。怖がらせてしまったようだな。だが案ずることはない。あの場所から奥にすすんでも何もなかったんだ。こちらは空振りだったのだろう」

「こちらはというと?」

「私以外にも別方面から森の探索依頼は出していると聞いているのでね」


 なるほど。それなら少しは安心できる。当たりを引いた冒険者には悪いが俺のような足手まといがいるティアラにこれ以上迷惑をかけたくない。ならばとっとと寝て朝一で調査してダッシュで帰る。よしそれだ!


 俺は明日から頑張ることを誓って眠りについた。が――。


「ケイジ――起きろ――」

「へっ?」


 耳元で囁くように起こされたのだが、甘い雰囲気などまったくなかった。目覚めた俺は焚き火の跡と周囲を警戒するティアラの姿を見て状況を察した。


「魔物ですか?」

「ああ……おそらく囲まれた」


 マジですか?


 俺にはさっぱりわからないが気配的なものを感じるらしい。そうこうしているうちに草木にすれる音が俺の耳にも聞こえた。


「やはりこちらにも鼠がおりましたか。見つかって良かった」


 森の奥から姿をあらわしたのは、一見して人間のような魔物だった。赤黒い肌と頭部に生やした角を見ていなければ人間だと勘違いしたことだろう。


「あれも……魔物ですか?」

「魔物じゃない……魔族だ。それももっともやっかいな……デーモン」


 ティアラの顔にはじめて焦りの色が見えた。たしかにこれだけ近づけばド素人の俺にも奴から漂う威圧的な気配が感じられる。つまりそれほどの敵なのだろう。


「騎士一匹に……取るに足らない虫けらですか。わざわざワタシが出てくるまでもありませんでしたかねぇ」

「ならばお引き取り願おう……」

「ええ、そうしましょう……などと言うと思いますかぁー?」


 デーモンは愉快そうに笑うが、ティアラは当然笑みなど見せない。かわりに俺に「逃げろ」と囁いた。その言葉の響きだけで切迫した状況が伝わってくる。


 あれほど強いと思っていたティアラからまったく余裕がない感じられない。それどころか自分の身すら危うい……そう感じられた。


「俺が囮に――」

「そういうレベルの敵ではない」


 有無を言わせぬ眼光に俺は口を閉じるしかなかった。


「私が動いたら振り返らずに走れ」

「そんな――」

「頼みがある……私の代わりにこのことをギルドに伝えてほしい」

「代わりってまさか――」

「巻き込んでしまってすまない。だが君を逃がす時間ぐらいはつくってみせる」


 その意思はかたく。拒否なんてできなかった。力のない自分が悪いのだと……初めて無力だと自覚した。


「どうしました? 無駄な作戦会議は終わりましたかぁ? それでは――」


 本当に逃げていいのか? そんな感傷にひたる時間すら与えられず――。


「――死ねっ!」

「おおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」


 ティアラが吠え、デーモンに向けて駆けだした。そして俺も――振り返ることなく背を向けて走り出した。



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