エクセリオン 2
「しかしよろしいのですか? 貴方が得るべき権利を他人に渡すという行為は人にとってかなり抵抗があるはずですが?」
たしかに言われてみればそんな気もする。仮にも世界巻き込んだ戦争の火種になるほど価値があるものだ。それをおいそれと他人に渡すなんてこの世界の常識では考えられないことなのだろう。あらためて話しを聞いていた周囲の反応を見れば一目瞭然だ。みんなありえないという表情をしている。
とは言え、俺にはまったく使えないのだから宝の持ち腐れだろう。それなら有効活用した方がいいに決まっている。
「かまわない。味方の戦力が強化されるなら願ったりだ」
「そうですか……わかりました」
ドリュアスが手を重ねて胸元に抱くと、世界樹から溢れ出した光の粒が引き寄せられて収束した。ドリュアスが腕を下ろして両手を開くと美しい若葉色の宝石が光輝いていた。
「これは?」
「精霊石です。従者が身につければこの石を媒介にして世界樹から魔力が供給されるようになります」
「なるほど……」
便利なものだ。待てよ……。
「複製は出来るのか?」
「可能ですが……複製するごとに本体の質が落ちていきますのでやめた方がよいでしょう」
残念……。なんならエルフたちに分け与えて里の防衛強化に使ってもらおうと思ったが、そう上手くいかなかった。
「わかった。ならそのまま貰うよ」
「かしこまりました。それでは……」
ドリュアスが宝石を両手で包み込み再び開くと、宝石はペンダントにあしらわれていた。
宝石を包み込むような木の枠に蔓のような紐がとおされている。こんな民芸品のような加工ができるとは器用なものだと感心させられた。
「それではこれを……貴方が手ずから装備させることで契約は完了します」
お手軽だな。受け取ったペンダントを見て思案するとティアラに視線を向けた。しかし口を開く前に首を振られる。
「私には魔法の適正がない。その首飾りを借り受けても君の期待に応えられるとは思えない」
寂しそうな顔をしてそう言い切った。多少は効果があるように思えるのだが、無理強いはできそうにない。となると……。
「あたし?」
「まあ、消去法で……」
「ぶぅっ!」
不満げに頬を膨らますチキだったが、まんざらでもない顔で近寄ってきた。
「じゃあ……はいっ」
爪先立ちのチキが俺を見上げて目を閉じる。恋愛漫画に出てきそうなシーンをリアルで見せられた気分だ。正直……焦る。
「な、なんで目つぶってんだよ?」
「なんとなく」
唇の先をひくひくさせてやりずらいったらない。衆目の前でなければ……いやいやないない。汚れのない俺だからこそ堪えられるというものだ。初めては約束のあの子にと決めているのだ。自制……自制……。
慎重にゆっくりと首にかけてやるとドリュアスが頷いた。これで契約とやらは完了のようだ。
目蓋をあけたチキがペンダントに触れてはにかむと頬を赤らめた。
「えへへぇ……今日からチキはケイジ君のものだね」
「妙な言い方するな。俺には従者とかそんなつもりはないからな。ただ仲間に貸してるってだけで――」
「見てみてエルエリス~初めて男の子からプレゼント貰ったよぉ~」
「こ、こらっ。そんなぶらぶらとぞんざいに扱うなっ。その石はとてもとてもとぉーても貴重なものなのだぞっ!」
聞いちゃいねぇ……。しかしまあここに来てからずっと恐縮していたチキがはしゃいでくれているのはいい傾向だ。俺にとっては魔力資源うんぬんよりもチキが笑顔を取り戻してくれる手助けになってくれるならそれが一番良いと思えた。
さて、これで用事はすんだと思ったのだが、ドリュアスと入れかわるように里長が近寄って来た。
「精霊の守り手たるエルフの代表として支配者の誕生に敬意を表する」
堅苦しい……。それはともかく……。
「その支配者ってのはやめてくれ……どうにも物々しい」
「ふむ……しかしケイジ殿がこの森一帯の支配者であることはかわりないが……」
は?
「待ってくれ……俺は魔力資源の所有者ってだけだろ?」
「間違ってはいないが……短命な人間であるケイジ殿たちには本来の意味が伝わってないようだな……そもそも魔力資源とはこの世界を支える一部であり、王の証とも呼ばれる神より授けられた権利なのだ」
「世界の……一部? 王の証……?」
「さよう……魔力資源とは即ち世界の欠片のことを指す。木に例えるなら世界に散らばる魔力資源とは葉が生い茂る枝のようなものだ。幹を支える命の一部。仮に全ての枝が失われようものなら幹は枯れ世界は終わりを迎えるだろう」
なんてこった……どえらい責任を預かってしまったらしい。話の途中ではあるが耳を塞ぎたくなる。
「王の証については形骸化してしまっているが、そもそも魔力資源とはかつて国と呼ばれる規模の共同体を統治するものたちに対して神が授けたものなのだ。それゆえ魔力資源を受け継いだものはその莫大な魔力を得る見返りに世界の一端を担う義務が与えられた。それが本来の王の証であり……支配者と呼ばれる由縁。既にケイジ殿は世界が認めた一人の王なのだよ」
なるほど……わからん。スケールがでかすぎでついていけないが、どうもうやむやのうちにこの世界のシステムに組み込まれたような気がする。
これで本当に良かったのだろうか?
しかし今更返せる雰囲気でもない。ティアラは感動しているし、ペンダントを振り回していたチキの手が震えているし、事情を知っていたエルフたちは羨望の眼差しを向けてくるし、ドリュアスにいたっては笑顔で涙すら流していた……。
「ああ……話は……一応……理解した。ただ俺にも事情があるからここにとどまって王様をやるわけにはいかないんだが……」
「それは承知している。ケイジ殿に無理強いをするつもりはない……が」
が?
「我等がケイジ殿の帰りを心待ちにしていることだけは覚えておいてほしい。貴方が王となられるなら、この森に住まう妖精族全てが支えとなると約束しよう」
やめろよそういう外堀を埋めていくような送り出しは……。
「それからこれは私的な願いなのだが……いずれこの里を統治していくにあたって――」
待て待て、俺は統治するだなんて一言も――。
「国民と円滑にことを進めるためにはわだかまりを解消する必要があると思うのだ。そこでどうだろう……私の娘を嫁に貰ってはくれまいか?」
「……はあっ?」
聞き間違いか? エルエリスを嫁に?
「なななな――何を言い出すのですか父上っ!」
どうやら聞き間違えではないらしい。あたふたするエルエリスと目が合うと顔をを真っ赤に染めて距離をとられた。不本意である。するとチキがエルエリスの手をとった。
「エルエリス……あたし嬉しい!」
「チキ……?」
「だってこれであたしたち本当の家族になれるからっ」
「チキ……」
エルエリスも浮かれるチキを見て頬を緩ませた。しかしそれも束の間のこと……。
「いやいやいや――それとこれとは別問題だ! 付き合ったこともない男性といきなり結婚などと――」
「あっ――でも順番は守ってね。プロポーズされたのはあたしの方が先だからエルエリスはチキの次ね」
「なんの話しだっ! 聞いてくれチキ――」
ほんとなんの順番だ? 本人を無視して勝手に盛り上がらないで頂きたい。苦情を言ってやろうと思ったが、まわりのエルフたちが顔を見合わせて困惑している姿を見て……ようやくその意図に気がついた。
俺は溜息を吐き出して里長に合わせた。
「いいのかよ? 俺は人間で……娘はエルフだぞ?」
「なんの問題があろうか? 他種族との交わりが禁じられているわけではない。例え生まれてくる子供がハーフだとしてもその体には間違いなくエルフの血が流れている。同胞であることにかわりはないさ」
里長の言葉にエルフたちが罰の悪そうな顔をしていたが……。
「我等は人間である貴方を王と認めた。ご子息がハーフであるならばその繋がりはかたいものとなろう」
これにはエルフたちも口をつぐんだ。そして里長が顔を向けると何かを呑み込むように頷くのだった。
ティアラを見るとその瞳は揺れ綺麗な雫で揺れていた……。
「ケイジ……おめでとう」
「いやいやいや! しませんから結婚とか!」




