帰らずの森のエルフ 2
酸欠で死ぬかと思うほど走らされた俺は、木にもたれ掛かり呼吸を整えているところだった。脇腹痛いし吐きそう……。
「追っ手は……大丈夫そうだな」
「だね。ここまでくれば安心だよっ」
ティアラの言葉に頷く少女。二人とも俺より着込んでいるはずなのに疲れている様子もない。ほんとこの世界の女性はたくましい。決して俺が軟弱なわけじゃない……と思いたい。
それはともかく……。
「助けてくれたことには感謝するが……よかったのか?」
「ん? なにがー?」
「君もその……エルフだろ?」
そうなのだ。見た目は俺と同じ歳ぐらいの少女なのだが、彼女にも特徴的な耳が生えていた。少しくせのあるショートヘアのブロンド髪から見える尖った耳は先ほど見た美女と同じものだ。弓を背負い緑のツーピースを着た姿はまさにイメージ通りのエルフだった。
「そだよっ」
「ならまずいのではないか?」
「なんでー?」
「その……同族を裏切るようなまねをして罪を問われたりはしないのだろうか?」
「ああ、そういうことかー。それなら大丈夫だよっ」
自信ありげに胸をそらす少女……エルフは胸のあたりが残念な印象をもっていたのだが、この世界のエルフはそうでもないらしい。あどけなさの残る顔立ちをしているのに、その胸は十分に大人だった。あのボリューム……Dはかたいな。
「エルエリスとは別の里だからねっ」
「それは先ほどのエルフの名か?」
「そっ」
「知り合い……なのか?」
「そだよっ。エルエリスはあたしのお姉ちゃんみたいな感じ――あっ!」
「どうした?」
「いっけなーい。自己紹介もまだしてなかったってっ! あたしの名前はチキチエルチルメール――長いからチキって呼んでくれていいよっl」
なんかまだ続きそうな名前を切って自己紹介を終えるチキと名乗るエルフ……天真爛漫な子だ。
「私はティアラ。彼はケイジ――」
「ケイジ君って言うんだっ!」
「――お、おうっ?」
ようやく落ち着いた俺にアップで迫るチキ。近い近いっ!
「ぜんっぜんっ強そうに見えないねっ!」
「あ?」
喧嘩でも売られているのだろうか? 笑顔でデスられている。
「なのに空をびゅんびゅん飛んでバンバン魔法を撃ってハイデーモンを倒したんだよねっ」
「なんでそれを……」
エルエリスにも内容までは話さなかったのに何故?
「だって見てたもんっ――すっごかったよっ!」
興奮するのはいいが唾を飛ばすのはやめてほしい。俺は変態じゃないのでご褒美にはならない。
「見たって……真夜中だぞ?」
「へっへーんっ。あたしすっごい目がいいんだー!」
「たしか精霊魔法に遠視と暗視を強化するものがあったな」
「そうそれっ。ティアラちゃん詳しいねえ」
「ティアラ……ちゃん?」
見た目は歳の離れた姉妹に見えるだけに違和感を覚えたようだ。照れているようでなんか可愛い……俺も呼びたい。
「まあ……いい。それよりチキ、あの戦闘を見ていたのなら弁明してくれた方が穏便にすんだのではないか?」
「だめだめー。エルエリスってば頭かたいし最近ピリピリしてるから一度捕まったらずーとっ牢屋から出してもらえないよー」
たしかにピリピリしていたが大袈裟なのでは?
「あり得るか……。警戒心の強い種族だと聞いているし、長寿であるゆえに人間とは時間の感覚が違うのだろう」
冤罪で捕まり無実が証明されて釈放されるころにはお爺ちゃんなんてことになるのだろうか?
「勘弁してほしいな……」
「そっ。だからあたしに感謝してもいいんだよっ!」
得意げな顔で胸を張るチキ。オッパイは好きだし可愛いけどなんかイラッとする。
「ありがとよ。で、ここはどこなんだ? ちゃんと森から出られるんだろうな?」
更に森の奥へすすんだ気がする。周囲を見渡したティアラもお手上げの様子……。
「もちろん出られるよー。でも今はやめといた方がいいかも……」
「なんでだよ?」
「きっと出口付近でエルエリスたちが待ち構えてると思うから」
「そこまでする……?」
「するするっ。だってあたしたちの縄張りでハイデーモンが出たんだよ!」
チキの言葉にティアラも頷く。
「討伐されたことが信じられないのなら気が気ではないはずだ。当事者である私たちから詳しい話しを聞き出したいと考えていてもおかしくはない」
「となると……しばらくはおとなしく野宿ですか?」
その気になれば蹴散らせるだろうが、上手く手加減できる自信がなかった。というのもここにいたる途中、何度か浮遊を試みたのだが何度も不発したのだ。
力の使い方は頭でわかっているのだが、繊細な加減というのがどうにも難しいことがわかり無様に息切れした次第だ。面倒だが鍛錬の必要があると実感していた。
「ならうちに泊まればいいよー!」
名案とばかりにチキが提案してくる。かくまってくれるらしい。
「そういえば別の里とか言ってたな?」
「そっ。集落が違うから気を遣わなくてもいいんだよっ」
ティアラの顔を見ると考えは同じようで、俺たちはしばらくチキの世話になることを決めた。
チキの案内で森のなかをさ迷うように歩いていると唐突に立ち止まった。
「どうしたんだよ?」
「ここが入口だよっ」
「は?」
右を見ても左を見ても代わり映えのない木々と茂みが広がっているだけだ。獣道すら見当たらない。
「なるほど……結界というわけか」
「そっ。この先には幻影魔法が何十にもかけられているから里のエルフ以外が踏み込んでも道に迷ってあっちこっちに出てっちゃうんだー」
「ほう……帰らずの森の由来はそれだったわけか」
そういえばそんな名前の森だったな……。
「へーそんな名前で呼ばれたんだー。まっ、今までに魔物一匹通したことがない結界だから言われてもしょうがないよねー」
ちょっと誇らしげだ。まあ何十にも重ねがけされた幻影魔法とかいうパワーワードを聞いてテンションが上がる気持ちはよくわかる。危険はなさそうなので是非体験してみたいと思い好奇心で近づいてみると――。
『幻影をレジストしました』
あ――っ。
木々や茂みが目の前から消えて踏みならされた道が現れた。その先には無防備にさらされた集落らしきものも見える。
「え? え? 結界が――え? いま何したの? え?」
俺は混乱するチキが誇りを失わないように不幸な事故だったと謝罪した。
ほんと悪気はないから。思い出したかのように顔を出したレジストさんが全部悪い。




