プロローグ
「マジっすか?」
俺は驚愕して目の前の御仁に重ねて尋ねた。答えはYES!
「本当になんでもお願いきいてくれるんすか?」
「悪魔じゃあるまいし……神が嘘をつくと思うかい?」
「思わないっす! あざーーーーーすっ!」
ここはどこであろうかさっぱりわからないが、辺り一面霧に包まれたこの空間で、俺は神を名乗る好青年に出会った。
記憶はあやふやだが、あたら若い命を散らしたことは間違いない。
俺が未来で勝ち取るはずであった成功が消失したことによる人類の損失は計り知れないであろう……。
まあそれはともかく俺の魂は輪廻の回廊とやらに流されて、次なる命に生まれ変わる予定であったそうだ。しかしその予定は神様のとある申し出により白紙となった。
『君は剣と魔法が入り乱れ、人と魔物がせめぎ合う異世界に興味はないかい?』
唐突なその申し出は、俺に対するリクルートであった。それなりに興味はあるが何故俺に? まさか伝説の勇者の生まれ変わりとかそういう才能が眠っているのではと思ったのだが、そんな夢想はバッサリと切られた。
『たまたまだよ。本当に偶然なんだ。例えばそう……お金だと思って拾ってみたらゲームセンターのメダルだったという感じかな』
『随分とありふれた偶然っすね……』
『例えが悪かったかなあ……そんなことはないんだけどね。まあいいさ。それでどうだろう? 私の見守る世界の一つが滅びの道を歩もうとしていてね。その誤りを正す手伝いをしてほしいんだ』
なんとも一方的な申し出であった。正直すぐにでも断りたかったのだが、相手は神を名乗る御仁である。迂闊に断ろうものなら心証を害して次の転生に影響がでないとも限らない。そのため長考していた俺に対する提案が先ほどのお話であった。
「では快く引き受けてくれるのかな?」
「もちろんです! 身を粉にして働きます!」
サムズアップでグッドサインを頂いた。神様も存外軽いノリである。
「では先に望みを確認しておこう。一応断っておくけどあまり反社会的な望みは聞き入れないつもりだからね。何でもとは言ったけど救うつもりの世界に害をなす行為は受け入れられない。まあ邪悪な魂を引き寄せたつもりはないから大丈夫だとは思っているけど……君のその顔を見ていると不安になるなあ」
「誤解ですよ。俺の望みなんて神様から見れば幼稚でささやかなものですから」
「ならいいけど……それでどんな望みだい?」
「はい! 俺の言うことなら何でもきいてくれるおしとやかで可愛くて俺にだけエッチな恋人を下さい!」
「……」
「俺の言うことなら何でもきいてくれるおしとやかで可愛くて俺にだけエッチな――」
「待って待って、決して聞き逃したわけじゃないからそんな薄汚れた願いを二度も言わなくていいんだ」
よかったちゃんと伝わって。
「えっと……本当にそれでいいのかい?」
「というと?」
「いやね。普通は富とか名誉とかを望むでしょ。どちらかいっぽうでも君の望みは叶うと思うし、そんな欲望に一直線だとあとで後悔するんじゃないかと思ってさあ」
「後悔なんてしないっすよ。だいたい実力で手にしたわけじゃないはりぼての名誉とか富とかでモテようとかダサいっすよ」
「うん、まあ……そうだね」
「でしょ。俺は自分の実力とか理解してますからそんな無様な勝利はごめんですね。それなら最初から割り切って俺の言うことなら何でもきいてくれるおしとやかで可愛くて俺にだけエッチな恋人を貰います!」
「なんて言うか……清々しいまでに愚かだね。素直すぎて気持ち悪いよ」
酷い言われようだ。しかし遠慮をしてあとで後悔するべきじゃないという俺の判断は正しいはずだ。
「意思はかたそうだね。わかった。君が結果を出したら本懐をとげられると約束しよう」
「あざっす!」
神様は苦笑混じりに頷くと俺の頭に手をのせる。なになに? 覚醒イベント?
「異世界で十全に活躍できるように君のなかに眠る才能を最大限解放する」
「おお……期待していいっすか?」
「あくまで解放するだけだよ。才能を使いこなせるかどうかは君のセンスと努力しだいさ」
「え? いきなりチートで無双ではない?」
「そんな異物をいきなり突っ込んでも世界が受け入れてくれないよ。ただでさえ異質な君という存在を世界になじませるには限りなく無力の方がいい。とはいえ転生させて赤ん坊からはじめるほどの猶予はない。だからこのまま送ることになる。向こうについたら頑張って成長してくれたまえ」
なんてこった。どうやらレベル上げなんて地味な作業からはじめなければならないらしい。悲観していると頭にのっていた手が離れた。
「これでよしっと」
「え? 終わったんすか? ビルドアップもしてないし、あふれ出る魔力も感じないっすよ?」
「君の能力はそういうんじゃないからね。そもそも同じ土俵では勝負にならないよ。才能に恵まれていようとその世界に住むものたちには一日の長がある。それは長い歴史のなかで培われて成長したものだ。やすやすと超えられるほど甘くはない」
おいおい……大丈夫なの俺?
「悲観することはないよ。君の才能はとてもユニークであちらの世界では異質だ。きっと役に立つ」
なんだが要領を得ないが神様の言うことだし信じよう。
「そうそう。君に理解しやすいようにインターフェイスをかえておいたらから――それでは名残惜しいがお別れだ」
「え? まだ聞きたいこと山ほどあるんですけど?」
「すまないね。説明してあげたいけど時間がないんだ。狭間から世界に通じる道はいつでも開かれているわけじゃない。次を逃すと修正は更に困難を増すはずだ」
神様もお困りの様子なので無理強いはできそうにない。
「わかりました。やっちゃって下さい!」
「ありがとう――ではケイジ、君に託すよ」
――だけど君が無理をして世界を救う必要はない。あくまで助力してくれるだけでいい。そうすれば彼女たちが世界を改変してくれるはずだ――
薄れゆく意識のなかで最後に言われた言葉がそれだった。
つまり俺は勇者的な存在ではない? そもそも誰を助けるのだ? わからないことだらけだが、神様が導いて下さるだろうと安心して俺は意識を投げ出した。
そして――。
目覚めた途端に不穏な気配が。目蓋をあけると人気ない森のなかで俺は棒立ちでゴブリンやらオークに囲まれていた。
「神様――っ! スタート地点間違えてますよ――っ!」
いきなりピンチで俺の異世界冒険がはじまった。速効終わりそうだけど!