2話:袖すり合うのも云々
喧騒で賑わうこの街の名前は商業都市"リュカ"。
手に入らない物は生きた魔物と行き倒れと言われる程に賑やかな街である。
そんな街中を普段以上にニコニコとしたような表情で歩く男、5番。
先程古城より回収した宝石と銀食器が想像の数倍高い価格で売れた為、非常に上機嫌である。
とくに宝石は強い魔物の魔力が宿っており…まぁ言うまでもなく吸血鬼の彼女の物であるのだが、
かなり貴重な品らしく相当な金額で引き取ってもらえた訳だ。
「いやー…いいですねぇ、久々に人間らしい食事が…」
と、此処で今までかつて暗殺者の頭領であった自分が人間らしい生活が出来ていなかったのは、かつての部下達にとってあまりにも不名誉なのではないかと…
そんな思いがグルグルと頭をめぐり、歩みが止まってしまう。
非常に面倒なメンタルである。
「………まぁ、いいか」
普段であればこのまま数時間動かないなんて事も多々あるのだが、ここで落ち込む事は宝石をくれた吸血鬼の彼女への冒涜になるのではないだろうかという結論に達し、なんとか幻想を振り払った。
再び意気揚々と酒場へと繰り出す。
こういう時は祝の酒でも呑むのが最大限の彼女への敬意という物だろう。
ふと自分の血は口にあったのかと思い足を止めて再び思い悩む…最早不審者のソレである。
少々又思い悩むも健康な状態を保てているのだから問題無いだろうという、根拠のない結論に一瞬で達して酒場の入り口をくぐると、カウンター席に座り高い酒を頼んだ。
如何にも肝っ玉母ちゃんというような恰幅の良いおばさんが元気にオーダーを反復すると3本の酒瓶が厨房より飛来。
それをおばさんが器用にジャグリングしながら受け止め…一つのグラスに3種類の酒が投入されていく。
どうやら酒同士を混ぜ合わせて呑むタイプらしく、こういったパフォーマンスも含めての物のようだ。
「はい、おまち!」
「どうも、中々やりますね」
酒を口に含むと芳醇な果実の香りと、苦味の無い柔らかな口当たりが、今日の出会いを寿ぐかのように口へ広がる。
「なるほど…美味しい」
「気に入ってくれてうれしいよ」
バチコーンと、ものすごい威力のウィンクに僅か気圧されるが即座に持ち直す5番。
一般人であればおそらくヤられていたであろうが、彼の胆力はそれを凌駕した。
「いい威力です」
「フフ、私も鈍ったみたいだね、そいつは一杯奢っとくよ」
……ウィンクに威力とは一体…などという野暮なツッコミは無しで行く。
気分上々に酒を飲み下すと僅かに感覚が研ぎ澄まされ、気分が高揚する…実に良い気分に浸る5番。
だが、そんな浮いた気分に冷水をかけるような言葉が…ふと聞こえた。
『北の森にある古城に、吸血鬼が――――』
『なんでも宝石を蓄えて――――』
『討伐グループが組まれ――――』
「…………はぁ、ゆっくり美味しいお酒を飲もうと思っていたのですがね、
すみませんレディ!これを作るのに使った酒を3本づつと、何か持ち帰れるオツマミをください」
その言葉にクルリと振り向いて、再び高威力の…否、先の2倍の威力のウィンクが打ち込まれる。
だが今度はたじろぎすらしない、まっすぐに見据え打ち返すようにして目線を打ち返した。
「フッ…あともうちょっと若かったら、私も放おっておかなかったってのに…運命は、残酷だね」
「レディ、もしもの話は後でいくらでもできます、ですが大切なのは今を逃さない事ですよ」
「ますます惜しいよ、アンタみたいな子がまだこの街に居たなんてね」
「出会いとは時に残酷です、いや…常に残酷なのかもしれませんね」
「違いない、だからこそ今日この日に祝おうじゃないか!持ってけドロボー全品半額だ!」
「感謝を、レディ」
ペコリと頭を下げて酒瓶と葉っぱにくるまれた焼き肉の詰め合わせを受け取ると酔いも程々に駆け出す。
袖すり合うも他生の縁と言うらしい、なのでその縁を少しぐらい大切にしても良い筈だと…そう仄かに酔った心が言うのだ。
「今まであまりにも非生産的すぎましたからね、目に写った助けたい全部を助けるぐらいがきっと丁度良いんですよ…ええ」
小さく口の中でそう呟き、闇の中へと溶け入る。
如何に彼の暗殺者としての技能が低くとも、闇の中ではそれなりの隠密性を発揮する事が出来る。
玄人には及ばないが素人よりも大きく上回るソレは、街行く人には木の葉が揺れる程度の認識だろう。
「ほんっと、生産職は忙しいですね」
わずかに微笑むと、ダン、と道の舗装を砕きかねない勢いで月夜へと5番は飛び出した。
殺気を森全体にぶつけ、無駄な戦闘を回避する。
マトモな神経をしている相手ならば、この殺気に対し殺気を返す事など出来ないだろう。
付け加えるならば遊びではない、本気の5番の殺気など竜種ですら気圧され戦意を喪失する。
彼は本当に暗殺者としての才能は皆無だ。
だが、剣士…それもその中の0.01%が達し得る極み、剣聖に至る才能においてはおそらく人類屈指。
それだけではない、格闘術、槍術、ナイフ、弓、暗器…ありとあらゆる武装を扱う才能を秘めている。
本人もその事には気付いているだろう。
だが、それを使う事は暗殺者の息子であるという挟持が許さない。
彼は薄汚い暗殺者である事に誇りを持っている。
それは父がそうであったからだ。
かれの父は4番、すなわち彼と同じ頭領であった。
任務に失敗し自害こそしたが彼の功績は国を躍進させるのに充分な物と言って良い、影の英雄である事は疑うべくもないだろう。
だからこそ、そんな父親に負けない男になろうと彼は父に教えられた全てを体得した…
才能の有無はあれど、彼は確かに暗殺者として最高の技能を持っている筈なのだ。
だが…母の愛と慈しみが、彼の暗殺者としての完成を破堤させた。
あまりにも優しい母から受け継いだ彼の心は常に殺す事にためらいを覚えさせる。
5番はそれに折り合いをつけ、自らの道を自らの手で切り開き、
人望を集め後継者として相応しい実績と実力を証明してみせたのだが…
結果として国を追われる事になったのは無念という他無いだろう。
だが、彼は結果として国を出奔したことに満足はしており、新たな人生を歩む気満々なのだ。
大手を振って不器用な暗殺者の挟持を持って生きて行ける、
それは彼にとって最高の幸福以外の何者でもないのだから。
「到着ですね」
常人離れした跳躍で、タン、と城の2階へと降り立つと黒い影が彼を迎えた。
月夜にキラキラと煌めくその黄金の髪は一種の神秘性さえ見せる、魔性に相応しいだろう。
「何、又来たの?っていうか忙しないわね貴方」
その言葉に同意も否定もせずに少々急ぎ言葉を紡ぐ5番、
その表情から彼女もただ事ではないと理解したのか、真剣な面持ちで彼を見つめた。
「夜分遅くに失礼をレディ、どうやら冒険者の1団が徒党を組んで此方に来る予定のようです」
その言葉に眉をしかめる吸血鬼の少女。
「……私が此処に来たのは3日前、あんまりにも場所が割れるのが早すぎるわ」
「あ、あれ?疑われてます?」
あたふたしながら両手を振って無罪アピールをする5番を横目に目頭を抑えため息をつく吸血鬼。
「貴方一人でも私を充分殺せるのにわざわざ仲間集める必要ないでしょ」
「まぁ…ええ、人形相手に負ける気はありませんけど…あっウーズとかは苦手なんですけどね」
「貴方の不得手に興味はないわよ、にしても…貴方の売り払った物から場所を割られるにしても早すぎるわ」
「ああ、一応何処で拾ったかは秘密にして売りましたよ」
その言葉に少し考える素振りを見せる吸血鬼の少女。
「私が前の住処から移動する前に既に尾行されていた…?」
「恨みでも買うような真似したんです?」
「さて…恨みなんてどこでも気軽に買えるでしょ」
「違いないですね」
「フン、まぁいいわ…丁度1団が到着したみたいだから相手してくるわ」
「わー!ストップストップ!」
霞になろうとする少女の腰に抱きつく5番、ある種犯罪めいた絵面である。
「ちょ!?何よ!?」
「ほら、一応恩義とかありますし私が万事丸く収めますから夜逃げの準備しといてください」
「はぁ?貴方何を言ってるの?」
まぁまぁと言いながら立ち上がりポンポンと両肩を叩く5番。
「袖すりあうもなんとやらですよ、私の腕を信用してください」
「……夜逃げするって何処へよ、元居た場所から逃げ出してこれなのよ」
その言葉にしっかりと目を見開き彼女の瞳を捉える5番。
「ならば、逃げなくても良い場所を作りましょう」
「―――――へ?」
「私も元居た場所から逃げ出して来ました、きっと…というかまぁ確実に追っ手もその内来るでしょうから、長く同じ場所に居ると迷惑がかかります……が!」
スゥと、息を吸い込み言葉を一つ一つ選ぶ5番。
それは何処か小さな子に諭すような口調であり…本当は自分自身を諭しているのかもしれない。
「私は国に不要とされて逃げました、貴方も形はどうあれ追われて逃げたのでしょう?
ならば不要とされた人々を集めて……爪弾きにされた人々が集まる場所があってもいいじゃないですか」
その言葉は、5番自信の胸にしっくりと来る言葉だった。
生産的な事を行いたいという漠然とした欲求と、
何かをなしたいという縹渺たる意識の砂漠から一粒の砂を見つけ出した言葉。
なるほど、夢を語る愚か者に見えるだろう。
だけど彼の実力はその夢を夢で終わらせないと言い切れるだけの物だ。
暗殺者として造詣深い知識、高い実力、手段さえ選ばなければ…きっと5番は――――
「………貴方は」
「はい」
「貴方は、馬鹿ね」
「勿論です、一片の疑いなく私はバカです!見も知らぬ魔物に夢を語り共に来るかと誘いをかけて、国や世界に半ば反逆するような行為を平然と語る」
だが。
「ですが…時代の先導は常に愚か者です、誰の理解を得られずとも…後ろ指さされようとも笑われようとも、先をあるき続ける勇気ある愚か者が時代を作っていると私は思っています」
「…時代を作りたいの?」
「それができれば重畳でしょう、だけど先導者として果てて後の道となるのも良い、後の愚か者達の教訓となるのも良い」
「その巻き添えに私をしようと?」
「だって、こんな暗いだけの城に一人で居ても面白くないでしょう?」
「私まだ40歳の小娘なのだけれど」
「私だって17歳の若造です」
「命を危険に晒すとしてもやるの?」
「どう生きてたって命に危険は付きまとう、ならやりたい事やって死にたい」
「…………どうしようもない愚か者ね」
「時代を作るに相応しい愚か者でしょう?」
「…そうね、違いないわ」
「愚か者を信じてくれますか?」
「共倒れになりそうだけどね、停滞して面白くない余生を過ごすよりは」
「面白いですかね」
「面白いと思うわ、だって貴方を見てるだけで面白いもの」
パン、と彼女が手を叩くと部屋の中から一本の黒剣が飛来する。
ソレをそっと彼女が5番に手渡した。
「これは?」
「貸してあげる、先導が丸腰じゃ格好付かないでしょ?」
「アッハハ…武器あんまり大切に使った事ないんで、壊さない自信があんまり無いですね…」
「貴方の技量で壊れたらその時は誰が使っても壊れるわよ、でも…一応大切にしてね」
「わかりました、では…足止めを行ってきますね」
一礼し、飛び立とうとする所に5番の袖をつかむ少女。
此処に来て初めて―――彼女は思い出した。
「私の名前」
「え?ああ、聞きそびれていましたね」
「リーゼリアス、長いからリゼって呼んでもいいわよ?本当は家名とか色々あるんだけど…もう捨てたからいいわ、それで貴方の本当の名前は?」
「……残念ながら本当にありません、我々の組織で生まれた5番目の頭領なので5番です」
ですが、と続ける。
「この名前に誇りを持っています…父の名前は4番、4番目の頭領で自分の誇りです、母の名前はパルヴァス、口は悪いんですけど慈愛に満ち満ちた良い母でした」
僅かに目を瞑り、二人の顔を思い浮かべてまっすぐにリ―ゼリアスを見つめる5番。
「二人ともこの世にもう居ません、ですが2人が呼んでくれたこの名前こそ私の誇りです」
「ちょっと味気ないけどね?」
普通であれば味気ない…等と言う人も居ないだろうが、
それでもその一言を怖じる事なく言えるのが彼女の良さでもあるのだろう。
「それは自分でもちょっと思いますが…よかったら呼び名をリゼが考えてください」
その言葉にものすごく複雑そうな顔をするリーゼリアス。
「え、ええ……?」
「良い名前をお願いしますよ」
「言った手前断れないのが辛いわね、頑張って立派な名前考えるわ」
「……では、改めて足止めしてきます」
「頑張らなくても十把一絡げの冒険者風情じゃ貴方にはかなわないだろうけど…それでも、頑張って」
少々照れくさそうに言うリゼに笑いかけ、手をふる5番。
「なら、殺さないように頑張りますね」
タン、とバルコニーから飛び降り廃城内部に入り込む5番を見送ると、
少々血色の悪い顔を真っ赤にして座り込むリーゼリアス。
「……うっわ、今更メチャクチャ恥ずかしい」
そのままヒュンと、軽く指を振るうと主に5番に食われないように潜んでいたコウモリ達がざわめきだし、
彼等で運べる小さな宝石等を咥え北へ北へと向っていく。
「あー…恥ずかしい」
そのまま消えてしまいたいと呟きながら、そっと霞となって消えるリゼはまるで思春期の少女のようであった。