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溺愛の花  作者: 一朶色葉
番外編
12/16

拍手小話.花と水

web拍手御礼小話です。時系列的に本編7話前半、ルレインとファイが喋ってるときヴィスタは何をしていたのか。


 壁に下げられた時計の秒針が微かな音を立てて動いている。その秒針が五回ほど動いたとき、「はぁああああ…」と何とも重々しい溜息が吐き出された。

 椅子に腰かけて魔術書を開いていたウォズリトの額に、びきっと青筋が浮かぶ。

「…ヴィスタ=ノスコルグ。その辛気臭い溜息はどうにかならないのか。先ほどからそう何度も何度も何度もそんなものを聞かされて、僕はいい加減気が滅入りそうなんだが」

「…はあぁ」

「…」

「はぁ…」

「っ、だから! 溜息を止めろと言っている! 大体なんなんだ君は! 僕の研究室に来て実験の手伝いでもしてくれるのかと思いきやそうではなく! 何がしたい! まずそのだらけた姿勢を正せこの阿呆が!」

 机に力なく頭を預けて不幸をばらまくような溜息ばかりを吐き出すヴィスタに、最初は放置していたウォズリトもついには堪忍袋の緒が切れた。人の安息の地に約束もないのに勝手にやってきた挙句湿っぽい空気を充満させるとはどういう料簡だと怒鳴ろうとして、力なくも素直に上体を起こしたヴィスタに「おや?」と片眉を上げる。

「なんなんだ、ルレイン殿にふられでもしたのか」

 試しに冗談で言ってみれば、面白いほどにその肩が反応した。

「…ふられた、のかな……?」

「知らん。何故疑問形なんだ」

「うーん」

 椅子の背もたれに頭を預けたヴィスタは唸る。

「どうなんだろ。…でも怒ってはいた」

「怒る? 何故」

「俺がルレに断りなく勝手に道繋いだから」

「は?」

「俺に自己犠牲は求めてないんだってさ。…自己犠牲じゃないんだけどなぁ」

 どこか悲し気な呟きと憂いを帯びた横顔は、なるほど、自分が女だったらころっと心臓を射止められそうだなと思うほどに絵になっている。

 だがしかし。今聞き捨てならない言葉が聞こえなかっただろうか。

「ちょっと待て。君はもしかして何の承諾も得ずにルレイン殿に魔力を流そうとしていたのか?」

「? まさか。許可取らないで勝手に実行なんてするわけないだろ。こんなに拗れるわけもない」

 心外な、と言わんばかりに顔を歪めたヴィスタに、ウォズリトは頭を抱えたくなった。

(道を繋ぐ許可は取っていないくせにどの口が…)

 てっきり同意の上で成り立っていると思っていたから、今朝わざわざ彼の最愛の幼馴染の元まで足を運んだというのに。

「道を繋ぐ許可は取らなかったのに、魔力を流すのは承諾を得ようとした、というわけだな。道を繋いだ時点で流してしまえば良かったのではないのか? どうせ君に彼女を諦める気はないんだろう」

「無理強いはしたくないんだよね」

「ならば何故、断りもなく道を繋いだんだ」

「…少しでも逃げ道を奪うため、かな」

「……君は甘いのか容赦ないのかどっちなんだ」

 逃げられないように囲っておきながら、嫌われたくないからと退路を残しておく。それでも逃がすつもりはなくて、唯一彼女に残された退路は「時間を与える」というものだけ。

 一見非道に見えるやり口は、蓋を開けてみれば実に非道だった。

「俺はさぁ、結構こう見えて我儘なんだよね」

「どこからどう見ても我儘にしか見えんが」

「だからどっかの小説に出てくるみたいにルレ以外はいらないとか、ルレだけいればいいとか、そんなこと思わないんだよ。…ルレが欲しい。ルレと一緒にいられる環境が欲しい。ルレと一緒に笑える時間が欲しい。──彼女に関することなら全部欲しいと思うくらいには強欲なんだ」

 溜息を吐き出しながら軟体動物のように、ヴィスタが机に顔を伏せる。

「我儘なくせに嫌われるのを恐れる臆病者とは、救いようがないな」

「…我儘だから臆病なんだよ」

「面倒臭いな」

「本当に」

 同意を示したきりぴくりともしなくなったヴィスタは本当に参っているらしい。それなりに付き合いのあるウォズリトは、彼のそんな珍しい姿に目を瞬かせる。

「ルレ、か」

「あ゛?」

「急に柄悪くなったな。君が彼女を呼ぶ愛称の話だ。面白いものだと思ってな」

 ルレを名に持つヴィスタの幼馴染は、名にある通りに花のように儚い。そして何の因果か、彼女の傍にいつもいるのは水の魔導士ヴィスタである。

「花は水をやらなければすぐに枯れるだろう。切っても切り離せない関係性がまるで君たちのようだと思っただけだ。…ところで君は、仕事に戻らなくてもいいのか? ノスコルグ師団長」

「辛気臭いからって追い出された」

「それでなんで僕のところに来るんだ」

(僕だってこんな不幸招き装置はいらないんだが)

 普段ならば魔力が豊富で魔術も噛んでいるヴィスタは諸手を上げて歓迎するが、今回ばかりは邪魔で邪魔で仕方がない。

 この短時間で吐き出された溜息の数は数えるのも億劫になるほどだ。そろそろ部屋がこの男の不幸で充満してしまう。

 窓を開けるついでに魔術書と書きかけの書類をヴィスタの机に積み上げ、ウォズリトは眼鏡を押し上げた。

「その吐き出した不幸分は手伝ってから帰れ。君のせいで僕のやる気まで削がれてしまった責任はとってもらうからな」


 そこで魔導士たちのように追い出すという思考に至らないところが、魔術師長ウォズリト=ハルバンの甘さである。




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