SP.赤い実の花言葉
バレンタイン時期ということで、バレンタインのようなお話を。
「りんごで作ったお菓子をね、想い人に渡すっていうのがここ数年皇都では流行ってるのよ」
とは、数日前のファイの言である。仕事の合間の休憩時間に淹れた、仄かにりんごの香りが漂う着香茶を口に含んで「そういえばもうトネアロラの時期ね」と何気なく言ったのだ。
トネアロラ──気持ちを伝える日。元は異国の文化で、トネアロラとはその国の神話に登場する愛を司る女神の名である。詳しい話は知らないが、気持ちを伝える日の起源はその神話の一説にあるらしい。
「愛の女神であるトネアロラに恋をした人間の青年が彼女に愛の言葉を刻んだりんごを渡したことが始まりみたい。数年前に劇団がトネアロラの演劇を皇都でやって、それが乙女心を射止めたんでしょうね。異国の文化だけど皇都では年に一回のお祭りみたいな扱いになってるわ。愛の告白だけじゃなくて普段お世話になってるひとに渡すっていうのもあるみたいだけど」
そう言っていたファイの言葉を思い出したのは、些か時期外れであるのにも関わらず零れ出るほど箱に山積みされたりんごが青果店の店頭に存在大きく置かれているからで。
襟巻に顔を埋めて頬にあたる冷たい風を防ぎつつ、寒空の下で鮮やかな色彩を放つ箱の前に立っているルレインの思考はたわいないことで占められていた。
(気持ちを伝える日、か。りんごをそのまま渡すんじゃなくてお菓子にするのは女の子らしさのアピールかな。男側から渡すときはりんご単体? そうだとしたらなんか格差を感じる)
主にかかっている手間暇的な意味で。
思わずひとつ手に取ってつるりと光沢を放つ表面を眺め、彼女ははたと気づいた。
(ん? あれ。私、もしかして今まで一回もヴィスタに好きって言ってないんじゃ…)
最初の結婚は春。二度目の結婚もまだ辛うじて春だった。そして今は冬。もうすぐ一年経つというのに、ルレインの中に〝そういった〟言葉を告げた記憶は欠片もない。
(…求婚のときはヴィスタの言葉をそのまま返したようなものだし)
さあっと血の気が引いた。これはまずい。何がまずいって、言わなかった理由が〝恥ずかしいから〟とかいう可愛らしいものではなくただ単純に〝言っていないということに気づきすらしなかった〟というものだからだ。
「……うん」
(作ろう、お菓子)
この機を逃す手はない。
当初買う予定のなかったりんごを吟味するため、ルレインはりんごの山へと手を伸ばした。
***
「いい感じ、かな」
ふわりと鼻腔を抜ける甘酸っぱい匂い。こんがり焼き上がった飴色のフィリング。薄く切った林檎を羽根車の羽根のように隙間なく丁寧にとことんこだわって並べた甲斐あって見た目も良い。少々華やかさに欠けると思うが、別に貴い身分の御方にあげるわけでもなし。充分及第点だろう。
朝、仕事に出るのを渋るヴィスタを見送って買い物に出たときは、まさか今日の休みを菓子作りに費やす羽目になるとは思いもしなかった。夫の戻る時間帯から逆算して遅めの昼食を摂った後すぐに作り始めたりんごのタルトは変なところにこだわったせいで思っていたよりも時間がかかってしまったのだ。──面倒臭がりな気質を持つルレインは実は凝り性でもある。自分の性格が一番面倒だと思うがこればかりは性分なので直らない。
(残ったリンゴはジャムにでもして薬室に差し入れするとして。…やっぱり生クリームでも添えるべき?)
地味ではないが派手でもない見た目に悩む。こだわり抜いた羽根の部分は頑張ったという主観もあって大いに満足だが、客観的に見ると贈り物としては些か物足りない気がする。
腕を組んで頬に手を当て、タルトと睨めっこする。
(他の果物を添えてみる? でもそれだとりんごが霞んじゃうかな。…うーん)
匂いだけでも充分に食欲をそそってくれるが目も楽しませるとしたらこれでは足りない。だが気持ちを伝える日の主役はあくまでもりんごだ。りんごが目立たないと意味がない。
(大事なのは味。シンプルが一番、だよね。それに出すとしたら夕飯の後だし)
焼き上がったばかりのタルトはルレインにとって満足のいく完成度だ。綺麗な飴色の焼き加減、ほわんと広がる優しい匂い。こだわったぶんだけこの完成度は達成感を味わわせてくれる。
思わず頬が緩ませたルレインは、キッチンの入り口に人影があることにまったく気づいていなかった。
「…うん。いいかな」
「あ、終わった?」
ひとりしかいなかったはずの空間からかかった声に、肩が跳ねる。悲鳴を上げそうになるのをすんでのところで堪えおそるおそる声のしたほうへ顔を向けると、苦笑している紫苑の眸と目があった。
「ごめんごめん。びっくりさせるつもりはなかったんだけど」
「…ヴィスタ。いつからそこにいたの」
「五分くらい前かな。ルレがお菓子と睨めっこしてるあたりから」
入り口の壁に背を預けて腕を組みながらしれっとのたまうヴィスタに思わず目が据わる。五分もそこで何をしていたのかと聞く前に、にっこりと笑いながら「可愛い奥さんがキッチンに立ってるのってそれだけでそそられるよね」と言われば目から光が消えるのも仕方ない。一瞬で目を奪われるほど破壊力のある綺麗な笑顔も変態じみた発言のせいで台無しだ。
魔導師師団の団服の上からこれまた団服のひとつであるコートを纏っていた彼は、するりとそれを脱ぎながら近づいてきた。
「帰ってきたら甘い匂いがしたから珍しいなと思ってさ。──ただいま、ルレ」
「ん、おかえりなさい」
腰に回った腕に引き寄せられ、柔らかく抱きしめられる。大人しく腕の中に収まって団服に覆われた肩にぐりぐりと頭を押し付けた。驚かされたことに対するささやかな意趣返しだ。ヴィスタが帰ってきたことに気づかなかったのはルレインが集中していたからというよりも彼が意図的に足音と気配を絶っていたからである。歴とした戦闘職種にそんなことをされて非戦闘職のルレインが気づけるわけがない。
「ヴィスタ冷たい」
顔以外で唯一外気に晒されている首筋に顔を埋めて初めて、彼の体が思いの外冷えていることに気づく。びっくりして思わず体を離そうとすれば咎めるように力を込められ、「ルレは温いね」と耳朶に直接言葉を送り込まれた。
「外、風強かったから。思わず転移門作りたいなと思うくらい」
「転移門って、…たしかおじいちゃんの喪のときヴィスタが使ったってやつ?」
「うん、そう。あの時の転移門は俺が描いたわけじゃないんだけどね」
十三のとき故郷を離れたヴィスタが、一度だけ急に故郷に帰ってきたことがある。彼らの故郷はファルノンの国境沿いで皇都から休みなく馬を駆ったとしても六日と半日はかかるほど距離があるのだが、数年前にルレインの祖父が儚くなったとき、彼は水鏡で連絡を取った翌日には帰って来ていた。その早業の裏にあったのが転移門だ。
──転移門とは、転移魔術を使用するためにかかれた魔術陣のことである。術の難易度は高位の魔術師しか扱えないとされる召喚魔術とほぼ同等。だが転移魔術に必要不可欠な魔術陣は複雑怪奇、さらに一筆書きのため一度書き始めると途中で白墨を離すことができないという鬼畜ぶりだ。少しでも間違えれば術は発動しない。または、発動したとしても転移対象に多大なる負荷がかかる。
長距離を一瞬で移動できるというのが一番の利点だが、魔術陣は移動元と移動先に必要で、すなわち魔術陣のない場所に転移はできないというのが何よりもの難点である。
「うあー、もっと城に近い物件探せばよかった」
ルレインで暖を取りながらヴィスタがぼやく。平熱が普段から低い彼は寒さに滅法弱い。
王城勤め用の寮に貰っていた部屋からこの家に引っ越してきたのは秋頃のこと。城までの距離はそう遠くない。というか近い。時間にして徒歩十分ほどだ。
この辺りは傾斜もなく平坦な土地なので、立地的にもルレインに文句はないのだが、こうも寒いとやはり不満が出てくるものらしい。ちなみに、ヴィスタが王城の寮に貰っていた部屋は今、彼の部下である魔導士師団副団長のものになっている。そして軍部は幹部以外王城の寮に部屋はもらえない決まりなので、ヴィスタの部下は副団長以外城外の魔導士師団寮か実家暮らしだ。閑話休題。
「よし、ありがと」
満足したらしいヴィスタがルレインを解放したのは五分ほど経ってからのことだ。彼はそこで初めてタルトに目を向け「りんご…」と呟いた。
「? あ、もしかして食べ飽きてる?」
一瞬小首を傾げたルレインだったが、すぐに思い至る。そういえば中性的美形の筆頭魔導士ヴィスタ=ノスコルグは女性から圧倒的人気を誇るのである。気持ちを伝える日など告白とともにりんごを使った多様なお菓子が殺到していてもおかしくない。
だが意外にも彼は首を横に振った。
「何が入ってるかわからないから基本的に受け取らないようにしてる」
「何か入ってたことあるの?」
「前にね。俺に実質的被害はなかったけど、やたら目の前で食べてほしそうな顔してるご令嬢に嫌な予感がして部下にあげたら部下が壊れたことがある」
「うわぁ…」
何が入っていたのかはお察しである。そして犠牲になった部下は可哀想に。
「じゃあ私も手作りしないほうがよかったんじゃ…。トラウマになってない?」
「なってないよ。俺が被害喰らったわけじゃないし受け取らなければ被害も何もないし。それにルレが作ったものなら何盛られてても食べる。毒だろうが媚薬だろうが」
「盛らないし食べないで」
そんな悪趣味な真似するつもりは今までもこれからも絶対にない。
むっとして軽く睨みつける。だがヴィスタはまったく気にしていないどころか、何やら思案するような仕草で意味ありげな視線を寄越して来た。
「なに?」
「いや、貰ってきたら妬いてくれたのかなって」
顔を傾けてルレインの顔を覗き込むようにしながら発されたのは意地の悪い問いかけだった。紫苑の眸に宿った悪戯な光には僅かな期待が入り混じっている。
しかしルレインはその期待に応えて眉を寄せ口を尖らせることはせず、むしろ眉間に寄せていた皺を解いて首を振った。
「別にあなたが誰から気持ちを告げられても妬かないよ。だって気持ちを伝える日はそういうものなんでしょう?」
平然と、少しの不満も宿さずあっさりと返した言葉に不満を抱いたのはヴィスタのほうだ。
面白くなさそうに少しだけ唇を尖らせて「ふーん」と拗ねて見せる夫に、妻は優しく目を細める。
「それに、ヴィスタが誰から気持ちを渡されてもあなたの気持ちは私のものだから」
──さらり、と。
なんでもないことのように落とされた言葉は、ヴィスタにとってこれ以上ないほどの口説き文句だった。
思わず息を詰めて妻の顔を凝視する。表情はいつもとあまり変わらないが和らいだ琥珀の眸はどこまでも優しい。人並み外れた凛とした容姿の、幼馴染。端麗な顔立ちだが表情を動かすことを滅多にしない彼女が素朴で柔らかい笑みを浮かべる──その瞬間が、ヴィスタにとっては何よりも至福だ。
あっけらかんと放たれた言葉の中に確かに潜む執着と独占欲。彼女以外の人間に向けられたら不快なだけのそれも、最愛の妻からのものだと思えばただただ甘美なだけである。
「ヴィスタ?」
特大の爆弾を投下したことにまったく気づかないルレインは、急に黙り込んだヴィスタに不安になる。近寄って手を引きつつ下から覗き込むと、それまで微動だにしていなかった夫がおもむろに腕を広げた。
何事かと身構えるルレインに、ヴィスタは何かを吹っ切ったような顔で。
「ルレ、いちゃいちゃしよ」
「……」
突拍子もないとはまさにこのこと。彼の思考回路は一体どうなっているのか、昔から一緒にいてさらに今現在共同生活しているルレインにすらよくわからない。
無意識に一歩、そろりと後退った妻に不思議そうな顔をして、彼はルレインが空けたぶんだけ距離を詰めてくる。
「ルレ?」
「…夕ご飯の支度してない」
「俺が作るよ。それか外に行ってもいいし。それより今はいちゃいちゃしよ」
「急にどうしたの」
「いちゃいちゃしたい気分だからいちゃいちゃしよ。っていうか基本的にいつもいちゃいちゃしたい気分だけど今はなんかいちゃいちゃっていうよりベタベタしたい」
…ヴィスタが壊れた。そして〝いちゃいちゃ〟という単語を聞きすぎてルレインの中でもいちゃいちゃがゲシュタルト崩壊を起こしている。
「し、しない」
ふるふると首を振りながら後退するルレインをヴィスタはじわじわと追い詰めてくる。言うまでもなく壁に背があたり、ルレインは絶望した。対するヴィスタはにやりと愉しげに悪い顔で笑う。──こいつは悪魔か何かか。
「逃げ場なんてもうないよ、ルレ。観念して」
悪役よろしく台詞を吐いたが最後、ばふっと音が鳴りそうな勢いで抱き込まれる。
そのまま隙間なく密着した体のどこにもない隙間をさらに埋めるように抱きしめられ、もがこうにももがけない。
細身の長身にくるまれるなんていつものことだ。それなのにヴィスタの様子がいつもと違っておかしかったからかルレインの鼓動も変に速い。
ふいに。──ちゅっと軽い音が落ちた。脳天に一瞬だけ感じた感触に体が硬直する。
「──…トネアロラなんて知らないだろうなと思ってたから」
唐突に独り言のような声量で降ってきた言葉。普段なら聞き落としただろう小さな声も、密着している今なら聞き逃すことなんて絶対にない。
もぞっと腕の中で身じろいで、先ほどまで冷え切っていた体にいつもの体温が戻っていることを確認する。確認できたと同時に安心もできた。無意識にほっと息をつくとひっついていた体が少しだけ離れて、大きな手のひらがルレインの両頬を包む。
ゆっくりと持ち上げられた先で、ヴィスタが眉を下げて笑った。
「今、少しはしゃいでる」
「…少し?」
「かなり」
苦笑気味に訂正された言葉にルレインの口元も緩む。喜んでくれたなら重畳だ。
「でも珍しいよね、ルレがこういう行事に乗るって」
(あ、忘れてた…!)
そう言われてはっとした。ヴィスタの言う通り、ルレインはあまりこういう行事に頓着しない性質だ。それが何故こうも予定になかった菓子作りをしたか。それは朝の青果店でとある決意したからである。
「その…思うところがあって」
「思うところ?」
「……よくよく考えてみたら言ったことなかったなぁって思って」
「うん? 何を?」
(なにこれなんか異様に恥ずかしい…)
歯切れの悪いルレインの言葉をヴィスタは不思議そうに待ってくれている。だが言わなければと意識すればするほど、言葉は喉の奥で絡んでなかなか出てこようとしなかった。
(落ちつけ、大丈夫。言うだけ。一言言えば終わる。一瞬で終わる)
頬を包んでいるヴィスタの手に手を重ねてすうっと息を吸い込む。肺に溜めた空気を吐き出す要領で、むしろ肺に溜めた空気と一緒に吐き出してしまえばいいのだ。何も難しいことはない。
言葉にしなければ伝わらない。いくら付き合いが長いと言っても、言葉がなくても伝わるなんていう慢心は抱いてはいけないのだ。
「ルレ?」
見下ろしてくる紫苑の眸を逸らすことなく見返して、ルレインはゆっくり口を開く。
「………好きだよ」
──言った瞬間、ヴィスタが視界から消えた。
(え)
とさっと肩にのしかかる重さに瞬いて視線だけを動かす。柔らかい銀糸を持つ頭が肩に乗っかっているのを認めた途端、かかる重さが増した。
「わっ…!?」
耐えられず床に座り込む。一緒に床に膝をついたヴィスタから「ほんとに君は…」と心底参ったような声が聞こえ、ルレインの中の悪戯心が疼いた。見れば、銀髪から覗く耳が仄かに赤い。
──人間というのは、自分より程度が甚だしい相手を見つけると途端に冷静になれる生き物である。
腰に巻き付いていた腕をやんわり剥がし、体を離して肩に頭を預けるヴィスタの頬を先ほど彼がルレインにやったようにして包んで持ち上げる。そしてほんのり目元の赤い紫苑の眸を見つめながら意図的に口角を上げた。
「ちゃんと大好きだよ、ヴィスタ」
「っ」
ヴィスタの呼吸が一瞬だけ止まる。
顔を固定していた手を離すと、ぼふっと肩口に重さが戻って来た。
(なにこれ愉しい)
珍しいくらいに照れている夫にルレインは内心にんまりである。普段何かと振り回されることの多い彼女からしてみればまたとない仕返しの好機で、だからこそ怖いもの知らずで仕掛けたわけなのだが──ヴィスタの復活は思っていたよりも早かった。
「……さっきから思ってたんだけど、お菓子作ってたからかな。──ルレ、甘い匂いがする」
「ひっ」
耳朶に直接吹き込むように。吐息が耳たぶを掠める。首筋に鼻を押し付けられて小さく悲鳴が漏れた。
床に落ちていたルレインの手を探し当て拾い上げた彼は、そのままするりと指を搦めてきた。触れるか触れないかという絶妙な位置で、いつもより数段低い声が耳の奥に送り込まれる。
「ルレ。………好きだよ」
「っ、…」
「ああ違うな。好きって言葉ひとつじゃ足りない。──好きだよ、好き。可愛くて可愛くて仕方ない」
ヴィスタが喋るたびに唇が耳に触れる。自分の意思に関係なく、びくりと肩が跳ねた。
空いた手でするすると背筋を這う指に、「か、わいくはな…い」と絞りだした言葉までもが震える。
「かわいいよ。俺にとってはルレっていう存在がもう丸ごと可愛い。可愛くて可愛くて、──愛しくて仕方ない。好きって言葉じゃもう足りないんだ」
顔が見えないせいで聴覚が研ぎ澄まされ、掠れた声を敏感に拾い上げてしまう。ぞわぞわと背骨を這いあがる感触にルレインは身震いした。
ぷるぷる震える彼女に、何かを思いついたらしいヴィスタの声が容赦なく止めを刺しにくる。
「ああ、どれくらい好きって言ったら足りるようになるのか、…試してみようか?」
──限界だった。
ぶつり、と何かが切れる音がして、体に入っていた力が一瞬で抜ける。
糸の切れた人形のようの倒れ込んだルレインをしっかりと受け止めたヴィスタは満足げな顔だ。
「ルレ、耳真っ赤」
「…うるさい」
「りんごみたいになってるよ」
「誰のせいだと思ってるの」
「最初に仕掛けてきたのはルレじゃなかった?」
「…」
ぐうの音も出ない。
珍しくも彼が照れたように見えたのは夢だったのだ。その証拠に眩しいほどの笑みを浮かべているくせに、腰が抜けるまで甘ったるい言葉を囁き続けたその所業は悪魔も真っ青である。日頃の仕返しのつもりが、いつの間にか形勢逆転。倍以上に返されるという無様な結果に終わった。
「そもそもルレ、気持ちを伝える日がなんでりんごなのかちゃんとわかってる?」
「?」
逃げるために起こそうとした上半身を押さえて、中性的な相貌が見下ろしてくる。胡乱に眉を寄せると、彼は軽く頬を吊り上げた。──物凄く、嫌な予感がする。
「表向きはりんごの花言葉が『選ばれた恋』だから。でも実際は、りんごの実の花言葉が──『誘惑』だからだよ」
「……」
思いがけず『誘惑』してしまったルレインがその後どうなったのか。
それはヴィスタのみぞ知るところである───。
ヴィスタのほうが一枚上手